虚しい現実 三戦
遅くなってすみません....
「あぁ...めんどくせぇ」
魔法戦士協会内の寮の一室。
自室のベッドの上で仰向けに寝転び、手に持った資料をベッドに叩きつけながら、翔太ははぁ、と溜息をついた。
「任務を受けたはいいが、【アスモデウス】、【13の悪魔】のうちの一匹と俺1人でやり合うのか....くそっ、あの狸ジジィめ。俺が訓練生時代主席だからって面倒ごと押し付けて来やがって」
【アスモデウス】討伐の任務を出した教官長のニコニコとした笑みを思い出し、翔太は苛立って右手に持った資料をくしゃっと握った。
「いっそのことボイコットしてやろうか。それに気づいた教官長の顔は見ものだろうな」
あの憎らしい笑みを浮かべる教官長の顔が絶望に歪む顔を想像して、翔太は乾いた笑みを浮かべる。
だが、そんなことしても結局その災禍は己に降りかかってくると気づき、またはぁ、と溜息を吐いた。
「まぁ、俺1人でやるしかねぇか。Sランクが動かねぇ理由が理由だしよぉ」
翔太はその時の会話を思い出しながら、どこか諦めたようにそう呟いた。
『はっ、お断りだ』
【アスモデウス】討伐を言い渡された翔太は、それを戸惑いもなく断る。
『国を潰すほどの化け物だろ?それこそSランクを動かして取り掛かる問題だ。俺に頼むのはおかしい』
確かに【アスモデウス】の到来は緊急事態である。だが、その討伐はSランクの魔法戦士の任務であるはずで、翔太がやるべきところではない。
そこに、確かな実力があったとしてもだ。
他を当たれよ、と翔太は席を立とうとした。
だが次の瞬間、翔太の腰は椅子に吸いつけられた。
『なっ!』
突然の出来事に、翔太はなす術なく座らされた。
『君に拒否権があるとでも思っているのかな?』
ニコニコと意地悪げな笑みを浮かべ、教官長は立ち上がることのできない翔太を見る。
『ちっ、【ドローナー】か。事前に仕込んでたのかよ。めんどくせぇことしやがる』
椅子に縫い付けられた翔太は、僅かに漏れる光とその効果を見て、ちっ、と舌打ちをした。
『1つ聞かせろ。何でSランクを動かさず、俺に頼む』
逃す気のない教官長に翔太は諦め、少しの抵抗を含めた質問をする。
その質問に、教官長はサラッと答えを述べる。
『簡単な話だ。今のSランクの者達に奴を倒すだけの実力がないだけのことだよ』
濁りも、皮肉も一切混じっていないサラリとした口調で答えたそれは、内容との温度差が出来上がって異質なものに感じた。
そして、翔太はその言葉に引っかかった。
『今の?』
『あぁ、そうだよ』
翔太が口にした疑問を、教官長は肯定した。
『昔のSランクは、今のSランクとは比べ物にならないぐらいに強かった。その地位に就いてもひたすらに強くなろうとした者が多かったからね。当たり前だ、故郷を奪われて憎くないわけがない。大切な者を殺されて、恨まないわけがない』
感情が昂り、口調に熱がこもった教官長は、過去を思い出すように遠い目になった。
『彼等には復讐心があり、そして何より向上心があった。だから、強かった彼等はより強くなり、蝿の王【ベルゼブブ】に勝つことができた』
教官長は昔を懐かしむように、かつて魔法戦士だったころを思い出しながら、今から20年前の【ベルゼブブ】討伐の話をした。
だが、と教官長は柔らかかった口調を変え、少しばかり怒りが混じった口調になる。
『今のSランクはどうだろうか。その地位に就いたら、そこで満足して伸びようとしない。また、私達教官の意見を聞かず、小手先の技術ばかり覚えようとする。それが己の力を落とすことになると言うことを知らずに』
その時には、教官長の顔からは既に笑みは消え、諦念が浮かんだ無表情となっていた。
能面のように表情が死んでいた教官長は、まだ続けた。
『そして何よりも、昇格基準が変わってから実力がない者もSランクになってしまっている。その者達ももちろん、例に漏れず努力しない。そんな者達が、それ以上の実力を持っていた昔の者でさえ死者を出した【13の悪魔】の1匹を、倒せると思うかい?』
教官長は、力のない薄っぺらい笑みを浮かべると、翔太にそう投げかける。
『まぁ、無理だな』
『だろう?』
同意しか求められていないその問い。それを読み取れない翔太ではなく、また異を唱える必要もなかったため、無難に同意する。
案の定、同意を得られた教官長は、少しだけその顔に喜びを見せた。
『逆にSランクの奴全員向かわせて見たらどうなんだ?そうすれば力不足を理解させれるし、昇格基準のモニターにもなる。失敗しても消耗させられるから被害も減るだろうし、それはどうなんだ?』
『それができたら、私は君に任せないよ』
はぁ、と翔太の考えを切り捨てた教官長は、溜め込んだ苦労を吐き出すように溜息を吐いた。
『無理なのか?』
『無理だったんだ』
実際に案として出し、そして却下されたのか、がっくりとして過去形で答える教官長。
その答えに、翔太もまたがっくりした。
『Sランクというその言葉の価値がどれくらいか、君には分かるかな?』
本職を発揮して、教え子に質問するように教官長は問いかけた。
だが、その声には覇気がない。
それでも過去に戻ったように感じ、嫌そうな顔をする翔太だが、すぐにその答えを述べていく。
『国の最高戦闘力で、高難易度の任務をこなし、未開拓領域の奪還を目指し戦う』
『75点。まぁ、あと一つは魔法戦士の君からは分からないことだろうけど、それ以外は正解だ』
その答えを採点して、教官長は笑みを浮かべた。
その笑みは、まるで教え子が成長したのを喜ぶようだった。
だが、その笑みにもまた覇気がない。
『正解は、国民の心の拠り所だ。いつ死ぬか分からない今の世の中、守ってくれる存在がいる、ってだけでも心強い。それを象徴するのが、Sランクだ』
そう説明する教官長の顔は、少し不服そうだった。
『それで話を戻そう。何故ダメだったのか。それは、Sランク魔法戦士が全滅した場合、心の拠り所を失うことになり、国中がパニックになることを上の連中は恐れているからなんだよ』
真面目な顔に戻り、そう告げる教官長だが、その口調はどこか苛立っていた。
『ん?じゃあ【ベルゼブブ】の時はは何故許可が下りたんだ?』
過去の栄光と今の現状とのズレに気がついた翔太は、そう質問をした。
教官長は、苛立ちをさらに覗かせながら、その質問に答えた。
『元々【ベルゼブブ】討伐は、上は休眠期間に入るまでの被害を抑えるぐらいの気持ちでいて、討伐に向かわせるつもりはなかったのだ。それに耐えられなかった彼等が飛び出して、討伐という形になった。昔から、上は自分の座っている椅子のことしか考えていないのさ』
この語気には、かなりの苛立ちと怒りが込められていた。
それだけ、教官長は現状の腐れっぷりに歯痒い思いをしてきたというのがひしひしと伝わってきた。
ふぅ、と、昂ぶった感情を吐き出すように教官長は息を吐き、そして改まった態度で翔太に話しかける。
『今回も、上はそう判断するはずだ。Sランクは【アスモデウス】による被害を抑えるためだけに使われる。Sランクを失わないためにね。だが、それではダメなんだ。下手しなくても、国が潰れる。そこで、君に白羽の矢が立ったのだよ。Dランクで名を知られておらず、尚且つ訓練生の時既にSランクに届き得る実力を持っていた君にね』
真っ直ぐに翔太の目を見て、真摯に語りかける教官長。
『任務を、受けてくれるよね?』
その笑みは、翔太が受けてくれるという絶対の信頼からなる無垢を装った綺麗なものだった。
『何を買い被ってるかは知らねぇが、俺に【アスモデウス】を倒すだけの実力はねぇぞ。期待してるところ悪りぃが、俺はまだ死にたくねぇ、だから』
『【連結発動】、だっけな。君が上から研究を任されている技術【直列発動】の陰に隠しながら、上に黙って研究している技術は』
『っ!!』
『その2つあれば、十分渡り合えるんじゃないかな?』
『てめぇ....』
それでも、拒否しようとする翔太を、教官長はニッコリとして黙らせる。
それを受け、翔太は下手に口を開くことができず、ギィッと歯を食いしばるしかなかった。
『それじゃあ、引き受けてくれるよね?』
そう言った教官長の目は、底の見えない腹黒さを覗かせていた。
「確かにSランクの奴らの実力はそんなにねぇ。だけど俺だってそんなにあるとは思えねぇんだよな。何より、あの技術は完成間際とはいえ未完成だ。何があるか分かんねぇ。ってか、あの狸ジジィどこでその情報を知りやがった」
ぐちぐちと、ベッドの上で寝転びながら文句を言う翔太。
その声には焦りと苛立ちの色が混じっていた。
「でもまぁ、バレたもんは仕方ねぇか。あの技術は偶然の産物で趣味で開発してただけだ。上の連中にもそのうち提供する予定だったし、それが早まっても問題ないか」
ま、隠してたことについてはとやかく言われそうだけどな、とふぅ、と息を吐いて気持ちを落ち着かせた翔太は、いつまでもショックを受けているわけにもいかず、翔太は資料に目を通した。
「今はそれどころじゃねぇな。こいつをどうにかしないといけねぇ。俺はまだ死にたくねぇからな」
極彩色の蝶の写真が載った資料を読みながら、翔太はそう呟いた。
【アスモデウス】
それは、蝶、蛾種の王であり、世界を破滅の危機に追い込んだ13種の虫の王【13の悪魔】のうちの1匹である。
西暦3105年の大戦時には、単体でメキシコ周辺の国々を壊滅させるほどのポテンシャルを秘めており、今もなお現地ではその爪痕が残っている。
体長約14メートルの巨体を持ちながらも、時速200キロで飛行し、猛毒で鋭い鱗粉を撒き散らす。
その鱗粉には高い魔法耐性があり、その上色を変えることによって、その属性の魔法を完全に無効化することができる。魔力察知性能の高い触覚と組み合わせれば、下手な攻撃は通じないという。
また、蝶特有の高速かつ変則的な飛び方も目撃されており、ミサイルの追従さえ振り切るほどの飛行性能を誇る。
そして何より恐ろしいのは、【アスモデウス】周辺の土地では蝶、蛾種の発育スピードが上がり、その周りには無数の蝶、蛾種の成虫が護衛のように飛ぶことだ。それによってただでさえ厄介な攻撃に、周りの蝶、蛾の体当たり、鱗粉が加わるのだ。
その破格な性能とは裏腹に、【アスモデウス】その他【13の悪魔】は活動期間が短く、休眠期間がとても長い。
前回【アスモデウス】の被害に遭ったのは中国で3年前に甚大な被害が出ているが、それ以降被害が出ていない。
休眠期間の間はその鱗粉を落とし、体を透明にして周りに溶け込み、擬態する。その間は周囲の蝶、蛾種の発育スピードも元に戻る。そのため発見が困難になり、討伐ができず、次の活動期間にもつれ込む。
活動期間になると、鱗粉を落としたまま次の土地へ飛び、そこで鱗粉を復活させ、猛威を振るうのだ。
「ったく、性能ぶっ壊れすぎだろ。俺一人でどうにかなるんか?」
資料に目を通し終えた翔太は、極彩色の蝶を忌々しげに睨む。
「特に魔法耐性。鱗粉の色を変えてあらゆる魔法を無効化するとか常識破壊しすぎだろ」
これじゃ手の打ちようがない、と悩ましげに眉間を揉みしだく。
魔法耐性とは、人類が魔法を使うようになり、その存亡が危うくなった虫達の進化の過程で身につけた耐性、免疫のようなものだ。
虫達は一種類につき1つないし2つの耐性を持ち、特異種を除き同じ種類は同じ耐性を持つとされ、その属性を完全に無効化する。代表的なものは、以前翔太達が駆除したアゲハチョウの雷属性耐性だ。
魔法戦士は虫の駆除をする時にはその耐性を事前に頭に入れておき、有効な魔法を叩き込めるようにしている。
だが、この【アスモデウス】はその常識が通じない。
その触覚で魔力を察知し、その属性に合った色に鱗粉を変え、あらゆる魔法を無効化してしまう。たとえ合わせられなかったとしても、大幅に威力が減衰するという、まさにぶっ壊れ性能だ。
「っ!これを1人、かぁ。荷が重いぜ」
そう零す翔太は、その言葉とは裏腹に何かを思いついたのかニィッと口角を鋭く上げ、楽しげに笑っていた。
まるでいい実験材料を見つけたかのようなその目は、好奇心に満ち溢れていた。
「ま、とりあえずあの技術完成させなきゃな、話にならねぇ」
よっ、と上体を起こした翔太は机に向かい、鍵のかかるキャビネットに資料を入れ、鍵を閉めた。
「その前に、飯だな」
そして時計を見て、部屋の外へと向かった。
(そういえば、何故教官長が【アスモデウス】到来の機密情報知ってたんだ?)
翔太はふとそんなことが疑問として思い浮かんだが、外へ出た時には切り替えて、何処かへ追いやってしまった。
•••
木の葉が鬱蒼と茂り、陽の光がほとんど地面に届かないような暗く深い、とある森の中。
『シィィィィィ....』
『ミィィィィィィ....』
『チィィィィィィィ....』
そこには、色取り取りの蝶や蛾が、岩や木に止まっていた。
彼等は飛ぶことなく、時々触覚を動かし、まるで何かを待つようにじっとその場を動かないでいた。
そして、彼等の中央に【それ】はいた。
他の蝶達に比べ色こそ薄いが、多彩な色と大きさ、そしてその圧倒的存在感が、【それ】が絶対なる彼等の王であること示している。
彼等の中央にいる【それ】は口吻を伸ばし、目の前にいたゴマダラチョウの胴体に差し込んだ。
『チィィ......』
そして、チュゥゥと音を立てて中身を吸い始めた。
ゴマダラチョウは僅かながらの音を発しながら次第にその色は薄れ始め、しばらくすると、痩せて真っ白になり、絶命した。
力尽きて、倒れたゴマダラチョウは周りの蝶に外へと運ばれて行き、その穴を埋めるように今度はキアゲハが【それ】の目の前に進んだ。
【それ】は遠慮することなく、キアゲハにその口吻を突き立てて中身を吸い始めた。
そして吸い終えると、ブルっとその羽を震わせた。
すると、薄かった羽が少しばかり色が戻り、鮮やかさが増した。
『キキッキィィィィィ』
【それ】は新しい空を期待するように、僅かに陽の光が溢れる森の天井を見上げ、嬉しそうに音を出した。
話も大して進まず、ただの説明回みたいになっちゃいましたが、次は戦闘(というか研究)になります。そして早いところ更新したいです