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幾重もの戦いの先に  作者: ^_^チータ
2/3

明かされる事実 二戦

 西暦3105年、世界は戦火に包まれていた。

 人々はその手に武器を取り、敵対する勢力にその力を振るい、敵を屠り、そして命を散らしていた。


 だが、それは過去の歴史で綴られてきた人と人との争いではなかった。

 人と対していたのは、突然変異した『虫』だった。


 ある日を境に、巨大化、凶暴化した奴らは、生存域を奪われてきた恨みを晴らすかのように人類を襲い、生活域を奪っていった。

 人類は最初の頃こそ勇猛に奴らに向かって武器を振るった。


 だが、資源は有限である。


 そして、奴らは潰せど潰せど湧いてくるように出てくる。

 銃や爆弾、ミサイルを湯水のように使い何とか奴らを食い止めていた人類は、資源の枯渇によってじわりじわりと押されていった。そして、反撃できなくなった国から、虫に潰されていった。


 西暦3108年、この事態に直面し、資源に少しばかり余裕があった大国達は、奴らに反撃できる新技術を開発した。

 それが、【魔法】である。


 人間の体内のエネルギーを魔法エネルギー、通称魔力に変換し、指向性を持たせ、体外へと放つ技術を、人々は【魔法】と呼んだ。


 だが、欠点もあった。

 それは、莫大なエネルギーを必要とし、1つの魔法を放つだけで命の危機に瀕するのだ。

 それを補うために、国は【魔法】を放つのに適した者に手術を施し、常人よりも莫大なエネルギーを溜めることができるようにした。


 その手術を施され、奴らと戦う人を、人々は【魔法戦士】と呼んだ。

【魔法戦士】の出現により、防戦一方だった人類は奴らと対等に渡り合うようになった。

 そして、西暦3126年。今もなおその戦いは続いている—


 •••


「しっかしまぁ、久々に共闘したが、柚子は相変わらずアホだな。あんなミスするなんて」


 そのせいでこんなにも蛹が湧いた、と男は大量に抱えた蛹を一箇所に纏めながら嘲笑う。


「うるさいわねぇ、これでもMWO (魔法戦士協会)のランクBのトップなのよ!それに、多少のミスぐらいあったっていいじゃない!」


 同じように蛹を抱えた少女、柚子は言われたことが気に食わなかったのが男に食ってかかる。


「そのミスで、下手すりゃ俺達は死んでたんだぜ?少しは重く見ろよ。ってか、協会のランクどうこうで威張るな」

「万年Dランクの翔太にだけは言われたくないわよ!」


 威張ることすらできないのに!と、怒りのあまり、柚子は手に残った蛹を男、翔太に投げつけた。

 翔太はそれを避けることなく、円を描く。

 すると、円の中が空洞になり、それと同じものが柚子の後ろに現れた。

 そして、投げられた蛹はその中に吸い込まれ....。

「いったぁい!」

 後ろの空洞から出てきて、柚子の頭に衝突した。

 蛹を頭にぶつけられた柚子はその場で蹲り悶絶して、キッ!と翔太を睨む。

 だが翔太は、その視線を無視する。


「協会の昇格基準、任務達成数だっけ?なんて気にしてねぇからな。それを上げようと努力してねぇだけだ」

「ただ任務をこなしていないだけじゃない!普通にこなしていれば、今頃あんたならAランクまでいけてたでしょ!」

 気怠げに言う翔太を、柚子は叱責する。

「あんた訓練生時代主席だったでしょ?一体何があったっていうの?」

「仕方ねぇだろ。訓練生終了間際に新魔法開発しようとしてたら事故って実践室潰して協会に目つけられたんだから」

 過去を懐かしむわけじゃなく、ただ事実を述べた翔太は蛹を拾って、蛹の山に投げる。


「今回だって1年ぶりのまともな仕事だ。まったく、あの連中め....」

 忌々しげに呟く翔太の眉間には皺がより、怒りが垣間見える。

「その間、何してたの?」

「協会の中でお勉強だよ。ったく、おかげで身体が訛ってしょうがねぇ」

 右腕ををぐるぐる回しながら、苛立たしげに柚子の問いに答える。

 その答えに、柚子は首を傾げた。

「そう?かなりいい動きだと思ったけど」

「ま、完全に後衛のお前には分からんだろうな」

 ふんっ、と見下すように鼻で笑った翔太は、不意に北の遠くを見つめる。


「こんな雑魚狩りしてる間にも、Sランクの奴らは奪われた領土を取り返すのに必死こいて成虫の群れと戦っている。そこに参加できずに、近場で間引き程度の雑魚処理している自分が情けねえ」

 翔太はそう言うと、ふっ、と悲しげに笑った。



 虫の突然変異が起こった頃、日本は資源が少なく、また領土が狭かったため、現存している国の中で1番領土を奪われた。

 国が潰れる前に、何とか技術を開発し、そして奪還に向け魔法戦士達が駆除に赴いているが、今もなお、国土の約60%が未開拓領域として虫に占領されている。


 だが、奪われた領土を奪還するのはかなり難しく、並みの者では太刀打ちできないため、D〜Sまであるランクの中でもSに分類される者しか参加できない。

 しかも、Sランク魔法戦士の数は少なく、それも相まって領土奪還は遅々として進まない。

 故郷を失い、だがそれを奪い返せない現状に、多くの者が歯噛みしている。



「今頃福島辺りでやってんだろうな。早く参加できるようになりたいもんだ」

「とりあえず、あんたは任務を回してもらえるように努力することが先ね」

「わぁーってる。だから無能なお前と組まされても文句言わずに任務こなしたんだよ」

「な、なんですって!」

 無能呼ばわりされ、柚子は怒って立ち上がった。

 その目には散々バカにされたことへ対する恨みが籠っていた。

「一々うるせぇ。まだ任務は完遂してねぇ。とっとと片付けるぞ」

 そんな睨みつける柚子をスルーして、翔太は蛹の山に近づく。


「幼虫の期間は原種と同じぐらいだが、蛹の期間は1時間に短縮されている。早くしねぇと『羽化』しちまう。その前にちゃっちゃと片付けるぞ」

 翔太はそう言うや否や、円を描き、手を突っ込んでその手に剣を持った。

 そして、まだ睨みつけていた柚子を見て、呆れた。

「何してやがる。ちゃっちゃとお前も準備しろ」

「わ、分かったわよ」


 翔太に促され、柚子は翔太とは反対側に行って円を描き、その手に武器を取る。

 彼女の手には、翔太と違い、白色のライフルだった。


「生半可な火力じゃこいつらは死なねえ。第5系統魔法【マギ•ブースト】を使って火力を底上げしろ」

「それくらいはわかってますよーだ。ったく、蛹になったら第9系統魔法をブーストさせなきゃ死なないなんて、めんどくさいったらありゃしない。カブトムシでもこんな苦労しないのに」

「選択をミスったお前のせいだがな」

「う、うるさい!」


 ぎゃあぎゃあと言い合いながらも、二人は円を描き、蛹の山を挟んで睨み合うようにそれぞれの獲物を構えた。


「勝負しましょう。お互いに撃って威力で負けた方が、スペシャルランチを奢る。乗るわよね?」

 そうやって勝負を仕掛けた柚子は、どこか自信ありげに翔太に声をかける。

「あぁ望むところだ。懐の心配しとけよ?」

 それを翔太は何のためらいもなく受ける。

「ふん、言ってなさい」

 互いにニヤッと笑うと、翔太は剣を振るい、柚子は引き金を引いた。


 ドオオオオオオオオオオン!

 黒炎と白炎が衝突し、天に届く火柱となり、辺り一面を熱風が撫でた。

 轟音が響き渡り、余波で地面がひび割れ、吹き飛ばされる。

 しばらくして、轟音が鳴り止み、火柱が消えると、そこにあったはずの蛹の山が綺麗サッパリ消えていた。

 そして、2人はと言うと。


「ま、俺の勝ちだな」

「くぅっ.....」

 翔太が余裕そうな顔で立っていて、柚子は数メートル先に煤だらけで尻餅をついていた。

「な、何でよ。こっそり【マギ•ブースト3rd】使ったって言うのにぃ」

 自信ありげな態度は何処かへ行き、代わりに自信があった策が通じなかった翔太を睨む。

 そんな柚子を、翔太はふんっ、と鼻で笑う。

「蛹の駆除に不足があるといかんから俺も【マギ•ブースト3rd】使ってたんだよ。そんでもって第9系統魔法に込めた魔力を一発に込めた。まぁ、勝てるわけねぇよな」

「くっそぉ......」

 翔太はドヤ顔で柚子を見下し、柚子は顔を赤くして悔しがる。


「約束、忘れんなよ?」

「なっ、ああああ......」

 そして翔太によって突きつけられた現実にトドメを刺され柚子は絶望の表情を浮かべた。

 そんな無様な格好の柚子をみて、翔太はくくくっ、と笑って、彼は顔の前に円を描く。

 白色の魔法陣が展開されるのを確認すると、翔太はそこに話しかけた。


「こちらチームアゲハ3。アゲハチョウの幼虫及び蛹の殲滅を確認。任務完了。これから帰還する」

『了解』

 すると、魔法陣から男性の声で返事が届いた。

 それを確認すると、翔太は未だへたり込んでいる柚子の方に顔を向ける。


「ほら帰るぞ負け犬。早くしねぇと置いてくぞ」

「ちょ、この鬼!鬼畜!人でなしぃ!」


 倒れている柚子を一切助けない翔太に、柚子は怒りのあまり口から止めどなく罵詈雑言が溢れ出す。

 だが、翔太は気にも留めることなく彼は周りに円を描いた。

 それを見て、慌てて柚子は立ち上がり同じように円を描く。


 円からは白色の魔法陣が展開され、上下に拡張されて筒状になり、彼等を覆い尽くした。

 次の瞬間、ぱっと眩い光が放たれ、2人の姿が消えた。


 •••


 むせ返るほどの熱気に包まれている、東京のビル群。

 その一角を占めている、黒色の巨大な建物、魔法戦士協会本部の前に翔太は降り立った。

 翔太達魔法戦士はそこを活動拠点にして各地に飛び回っているため、帰還する時はここに帰還することになっている。

 だが、あたりを見回しても柚子の姿が見えなかった。


「柚子のやつ、飛ぶ先間違えたんじゃねぇか?」


 同じタイミングで第7系統魔法【テレポート】を使ったのにも関わらず、未だ来ていない柚子に翔太はそんなことを思う。

 特段苦手としている系統ではなかったはずだが、この【魔法】でよくある事故に遭ったのかと、頭の片隅で考える。


「まいっか。勝負に負けたことが悔しくてすぐに戻って来たくないだけかも知れんしな」

 しかし、訓練生時代、負けず嫌いだった柚子を思い出し、翔太は考えるのをやめた。


「や、やっと着いた.....」


 すると、翔太の後ろに疲れ顔の柚子が着地した。


「よぉ負け犬。恥ずかしくて反対側のブラジルでも行ってたか?」

「ち、違うわよ!ただ飛ぶ先を間違えただけよ!流石にそんな恥ずかしい真似はしないわ!ブラジルに飛んだことは事実だけど....」


 最初の威勢はどこへ行ったか、ゴニョゴニョと尻すぼみになっていく柚子。

 その顔は、少しばかり青い。


「もしかしてお前、群生地帯に突っ込んだのか?」


 その様子を見て、翔太は柚子が群生地帯(駆除が追いつかず、成虫が大量発生しているところ)に突っ込んだと判断した。

 それを肯定するように、柚子の顔はさらに青くなる。

「ご、ゴキブリの群生地帯に.....」

「そりゃ災難だったな」

 柚子の口から出たその虫の名前に、翔太は思わず顔を歪め、そして、黒くテカテカした気持ちの悪い虫が大量に湧き、埋め尽くされているところを想像した。


「とりあえず、中入ろうぜ。こんなとこにずっと立ってたら蒸し焼きになっちまう」

「そうしましょう」


 想像したゴキブリの気持ち悪さと、うだるような暑さに耐えきれなくなった翔太は、魔法戦士協会のビルに入る。

 それに続いて、柚子も入った。



 魔法戦士協会、通称MWO。

 それは、魔法戦士を管理し、突然変異した虫と戦う専門機関である。


 その役割は、魔法戦士の派遣や全国の虫の発生状況の統計、領土奪還や開拓、15歳の徴兵で適性が認められた者の育成などがあり、政府と並ぶ日本の中心機関となっている。


 そこで活動する魔法戦士は、MWO によってD〜Sのランクを付けられ、それに応じた任務を与えられる。

 その任務をこなした数によってランクが上がり、与えられる任務の幅が増え、様々な特権を得ることができる。そして給料も増える。

 魔法戦士は名誉と国、そしてお金のため、日々一生懸命任務をこなしているのだ。


 

 ビルに入ると、冷房の効いた涼しい風が翔太達を出迎えた。

「ふぅ、生き返る...」

「極楽ね...」

 滲んでいた汗がすっと引き、熱を持っていた身体が冷えるのを感じ、そう呟くと、2人は受付に進んだ。


「チームアゲハ3。帰還した。【テレパス】で伝えたように山梨のアゲハチョウの幼虫と蛹の殲滅を確認した」

「かしこまりました。すぐに上へ伝えます。」

 受付の女性はそれを聞き、電話をかける。

 それを確認した2人は、受付を離れ奥へと進む。


「相変わらずチーム名どうにかならないのかしらね」

「どうしようもねぇだろ。一々付けてたら時間の無駄だ」

 柚子は付けられたチーム名が不服そうで、むぅ、と顔をしかめさせた。


 ちなみに、このチーム名は何を駆除するかによって付けられ、同じ虫を駆除する場合は番号で分けられる。

 今回翔太達はアゲハチョウを駆除する3番目のチームということで「チームアゲハ3」となった。


「まぁいいけどさ。それより翔太、MWOが新魔法を開発したって知ってる?」

 気持ちを切り替えた柚子は、先ほどまでの雰囲気とは打って変わって明るく翔太に喋り掛ける。

「ん?あぁ、確か第6系統魔法だっけ」

「そうそう!魔法名は忘れたけど、確か対象の体液を暴走させるって....」

「中々えげつないものを開発しやがる。実際に使えるかどうかは分かんねぇけど」

 少しばかり期待するような表情の柚子に比べ、翔太は達観した表情だった。


 魔法戦士協会では、魔法研究所も兼ねているため、新魔法の開発も行なっている。

 より早く、より効果的に効率的に虫を駆除するために、日夜研究が行われている。


 そこで開発された魔法は、その効果によって大きく9つに分類される。

 それが、系統魔法だ。

 第1系統、バレット。第2系統、レーザー。第3系統、シールド。第4系統、トラップ。第5系統、ブースト。第6系統、ジャミング。第7系統、ワープ。第8系統、ストラテジック。第9系統、クリエイトの9つの系統は、魔法の土台となっている。

 それを基に、魔法は開発されるのだ。


「ま、その魔法を俺達が使えるようになるのはもうちょい先だろうな」

「それもそうね。早く使えるようにならないかなぁ」

 新魔法は、まずSランクの人が使ってみて、そこからAランク、Bランクと降りてくるため、下位の者が使えるようになるには時間がかかる。

 それを待ちわびるように、柚子のその顔に期待に満ち満ちていた。

 そんな柚子を見て、翔太は思わず苦笑した。


「やぁ武藤君。藤井君。久しぶりだね」


 すると突然、後ろからかけられた。

 それを聞き、翔太達は立ち止まり、振り返った。

 見ると、そこにはニコニコと薄っぺらい笑みを浮かべながら、近寄ってくる40近いおっさんがいた。

「お久しぶりです!教官長!」

「まだ生きてやがったかこの狸ジジィ」

 歩み寄ってくるおっさん=教官長に、柚子はぱっと表情を明るくさせ、翔太は悪態つく。

「相変わらず口が悪いな、武藤君。それで、任務はどうだったかな?」

 そんな翔太の態度にも関わらず、教官長はにこやかな笑みを浮かべ、翔太に尋ねた。


「無事完遂したよ、教官長。アゲハチョウに【蒼穹の天罰】を放つこいつに足引っ張られたが、アゲハチョウの『羽化』は阻止した」

「ちょっ、翔太!それは」

「そうか、無事完遂したか」

 柚子の言葉を遮り、どこか安心したような表情で教官長は2人を見る。


「どうした教官長。あれぐらいの任務、遂行できて当然だろ?」

 そんな教官長の様子に違和感を覚えた翔太は、はっ、と鼻で笑いながら問いかける。

 それを受け、教官長は困ったような笑みを浮かべた。

「いや、ここ最近アゲハチョウを中心とした蝶、蛾系の駆除の完遂率が思わしくなくてね。それで思わず聞いてしまったのだよ」

「えっ、そうなんですか?」

 その話に飛びついたのは、柚子だった。

 失敗したのが自分だけじゃない、と希望を持った眼差しで教官長を見る。


「あぁ、そうだよ。今日だって、アゲハ1とモンシロ3が失敗している。だが安心してくれ。その2つは失敗を確認してから派遣したAランクの人達に処理をしてもらった。群生地帯にはなってないよ」

 まぁ、藤井君みたいにアゲハチョウに電撃魔法を放つ者はいなかったがな、と柚子の希望を教官長はにこやかにへし折る。

 その言葉に、なんだぁ、と柚子はがっくりとして、翔太は笑いを必死に堪えていた。


「ところで武藤君。君は何故まだDランクなのかな?君は訓練生時代主席だったはずだろ?」

 先程までの和やかな雰囲気は何処かへ行き、ピリッとした雰囲気を纏った教官長は、まだ笑いを堪えている翔太に話しかける。

「教官長も知ってんだろ?俺が実践室潰したの。そのせいで目つけられて任務が全然回ってこねぇんだよ」

「確かに潰したね、君は。でも、それはそんな大ごとじゃなかったはずだよ。少なくとも、任務を回されなくなるほどのものではない」

 翔太の答えを、教官長は変わらない笑みで叩き斬る。

 何処か居心地の悪さを感じ、翔太は教官長を睨む。

 睨まれた教官長はそれに対して、ニッコリとした笑顔で返す。


「サボってるんじゃないかな?」

「んなわけねぇだろ狸ジジィ!」

 笑顔で職務怠慢を疑われ、翔太は堪ったもんじゃないと教官長に食ってかかる。

 それを笑顔のままスルーして、教官長は柚子に目を向ける。


「今からこの子にお説教をしなきゃいけないから、君は先に行ってていいよ」

「あ、はーい」

「何勝手に話を進めてやがる!っておい柚子!テメェ俺を売るつもりか!」

 教官長にそう言われて、だが翔太には引き止められるも、柚子は教官長の言葉を優先してそそくさと軽やかに先に進む。

「おい!あの約束忘れんじゃねぇぞ!」

 軽やかに進む柚子に、翔太は大声で釘を刺す。

 忘れるつもりだったのか、柚子はちっ、と舌打ちをして、トボトボと歩いていった。


「さて、君はこっちだよ」

「うおぉい!」

 教官長はそう言うと、翔太の襟首を掴み、ズルズルと引きずる。

 そして、道を曲がり、壁を押した。

 すると、隣の壁がスライドし、部屋が現れた。

「さぁ、入るよ」

「どうでもいいからとりあえずその手を離せ!」

 教官長は翔太を無視し、襟首を掴んだまま、無機質な白色の部屋に入る。

 そうして2人が部屋に入ると、壁はスライドし、元に戻った。




「で、わざわざ人払いしてまで話すことは何だ?」

 備え付けられた椅子に座わらされた翔太は、ギロリと教官長を睨み、不機嫌な表情で翔太は問いかけた。

「おや、やはり気づいていたのか」

「ったりめーだ。不自然すぎんだよ。ってか、あんたは理由知ってるだろ。それで、話はなんだ?」

 思惑がバレても悪びれる様子がない教官長に翔太は焦れ、催促する。

「なに、今回のアゲハチョウの駆除の件についてだよ。ただ、他の人に聞かれるとちょっとまずいことだ」

 だがそれを気に留めず、教官長はニコニコと話を進める。


「今回のアゲハチョウの駆除、武藤君が何か感じることはなかったかね?」

 悪意のない笑みが何か企んでいるような笑みへと変わり、そう問いかける教官長。

 翔太はその笑みを見て、諦めたように溜息を吐いた。

「数が多すぎる。アゲハチョウの幼虫は群れたとしても30匹。それ以上増えることはない。餌を食い尽くすからな。だけどあそこには500匹はくだらない数がいた。その証拠に、あそこの土地が草1つ生えない更地になってた」

 あの異常なまでに幼虫で埋め尽くされた更地を思い浮かべ、翔太は語る。


「それと、俺達が駆けつけた時には蛹になりかけていた。アゲハチョウの幼虫の期間は1ヶ月あるはず。なのに既に蛹になりかけていた。孵化が確認されてから蛹になるまでの期間が短すぎる。幼虫に何かしら変化が起こらない限りこんなことにはならねぇ」

「流石は武藤君。よく気がついたね。訓練生時代主席だっただけあるよ」

 翔太の答えを聞き、教官長は満足気な笑みを浮かべる。

 そんな教官長に、翔太ははっ、と笑った。

「それは関係ねぇよ。誰だって気がつくさ」

「それが同じようなところに行った人、ほとんど気がつかないんだよ。数が多いってところに気がつく人はいるが、それ以外のところに気がつかず、大きな問題として取り上げられてない。気がついているのはごく一部の人間だけだよ」

「ん?ってことは、他にもあんなことが起こってるってことか」

「あぁ、そうだよ。それもここ最近は顕著に」

 教官長は浮かべていた笑みを消し、人畜無害そうな雰囲気をピリピリとしたものに変え、机の上で手を組んだ。


「アゲハチョウに限らず、モンシロチョウやキアゲハなどの蝶種、そして蛾種の大量発生が確認されている。そして、どれも派遣された時には蛹になりかけている。駆除に失敗して、既に5箇所、群生地帯となっている」

「...まじかよ」

 教官長の言葉に、翔太は驚きを隠せない。


「半年前まで、日本で確認されていた群生地帯が20箇所。君達魔法戦士のおかげでここ数年増えることなく、徐々に減らしていたが、それが5箇所増えた。これは紛れもなく、異常事態だ」

 重く、ずっしりとした言葉が、2人しかいない部屋に響き渡る。


「原因は分かってんのか?こうも続くとどんどん群生地帯が増えていくぞ」

 その事態に危機感を覚えた翔太は、教官長を責めるように質問する。

「......」

 だが、教官長の口は重く閉ざされていた。

「おい、まさか分かんねぇわけじゃ」

「蝶の王【アスモデウス】が、日本に渡って来たことが確認された」

「なっ!?」

 教官長から発せられた言葉に、翔太は衝撃を受けた。

「そして、Dランクでしがらみがなく、訓練生時代主席だった君の腕を見込んで極秘任務を行ってもらう」

 そして、教官長の重い口から、翔太にとって衝撃的な言葉が紡ぎ出された。



「【アスモデウス】の討伐だ」



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