発現 9
俺が家に着く頃にはもう日は沈み薄暗くなっていた。
「ただいまー」
「お帰り。今日遅かったわね? 」
母さんの声が台所の扉を通して聞こえた。
恐らくもう夕食を食べている時間だ。
とすれば、台所に調味料かなにか取りに来た所だったんだろう。
「あーちょっと友達と遊んできたんだ」
「そうなの。ご飯作ったけどどうする? 」
「軽く食べてきたから、残しといて貰って良い? 夜食べるよ」
「分かったー」
俺は母さんがリビングへ戻ったのを見計らい、痛む足を魔法の手で支えながら、自室へと向かった。
階段を上がりきると俺の部屋から微かに鼻唄が聴こえる。
漫画を読みながら上機嫌な豆丘さんが歌っていた。
椅子を回転させ此方を振り向き「刃君お帰り。あの……ごめん。とりあえず勝手に出ていくのもまずいと思ったから帰ってくるまで待っ―――」そう言いかけて
「どうしたの?! 」俺の姿を見て目を白黒させる。
そりゃ土埃まみれで、足引き摺ってたら驚かれるよね。
「あーいや、ほらちょっと怪我しちゃってね。こけちまった」とぼけたように笑顔を作り俺は彼女に言う。
少なくとも彼女は追われてる身。
……本当の事は言わない方が良いだろ―――
「……もう追っ手が来たの? 」
わお、察しの良いことで。
「お、追っ手? 何のこと? 」
「陽斗でしょ? 赤い髪の男。所々服が煤けてるし」俺の服装をじっと見て、彼女は真剣な顔でそう言う。
「……名前は知らないけど火を使う奴に襲われた」
とても誤魔化しきれないと思った俺は素直に白状し、とりあえず腰を下ろす。
布団はきっちり畳まれていた。
彼女はやっぱりと呟き、苦々しい顔になる。
そして俺に頭を下げた。
「……ごめん、私のせいで。」
「良いよ、おかげで俺の超能力の事も新しく知れたから。」
……俺は笑いながら出来るだけ軽く言ったが、彼女は納得していないみたいだ。
なんとも気まずい雰囲気が部屋に充満する。
俺はそれに耐えかねて「……あー、ちょっと氷持ってくる。」
患部を冷やすために持ってくると口実を作り、部屋から一度離れることにした。
実際冷やしたかったのも本当なのだが、誰がどう見ても気まずくて退散した情けない奴だった。
俺がビニール袋に氷水をいれ足首に当てながら自室に戻ると、此方に背を向け豆丘さんが窓から身を投げ出そうとしていた。
「ち、ちょい待ち! なにしてんの? 」慌てて肩に手を置き止める。
「……これ以上迷惑はかけたくないなって」
「いや、だから俺は気にしてないって言―――」
「私がいなければ刃君は怪我せずに済んだでしょ? 」
豆丘さんは今にも泣き出しそうな表情で此方を振り向いた。
そんな様子に思わず目を見張る。
俺以上に怪我のことを悔やんでいるようだった。
「……だから私出ていくね。ご飯とお布団ありがとう。……また追っ手が来たときはこないだのビルにでも行ったって言っておいて。それで大丈夫なはず」
木葉は無理に笑顔を作るとそのまま外へ飛び出した。
そうして夜空に羽ばたこうとした瞬間、宙に浮かんだ3つの魔法の手が木葉の動きを止める。
「い、いや駄目だ 」刃は首を振りながら、ゆっくりと部屋の中に木葉を引き込む。
「ど、どうしたの? 」
「お、俺は男を鉄パイプで殴り倒してるからな。仮に豆丘さ……君がここをばらしたりしたら大変なことになる」
「わざわざ教えたりしな―――」
「き、君は人質だ! だから外出なんてさせない! 」刃はそう叫ぶと窓の鍵を閉め、窓の前に仁王立ちになる。
「……本当にどうしたの? 」木葉は正に困惑といった表情で刃を見る。
「う、うるさい。……とにかくじっとしとくんだ。」興奮した様子で刃は続ける。
「とにかく俺は飯だから! 勝手に出ていくんじゃないぞ」キッと木葉を睨みつけドアノブを捻る。
そうして不規則な足音が1階へと降りていくのを木葉は聞く。
「……本当にどうしたんだろう? 」
刃の変貌に、思わず首をかしげながら彼女は一人呟いた。