発現 8
トタンがどろどろに溶け人が通れるほどの穴が空くと、そこから陽斗は入りこんだ。
視線の先には2階の通路。
1階からでは角度的に見えない箇所もあり、手をかざしながらじっと見つめ警戒している。
「なぁ出てこいよ。もういいだろ? 俺も疲れたから、場所だけ教えてくれりゃなにもしねーって」
そう言うとごうっと音をたて両手の炎を大きくする。
それは米国で立てこもり犯に対して、ポンプアクションショットガンの音を聞かせるかの如く、心を折るための威嚇行動だった。
その時工場に響く一つの音。
何かを引き摺るようなそれと共に一階にあった棚が大きく傾いた。
がたぁんと隣の棚に当たり、さながらドミノ倒しのように2つめ3つめと倒していく。
その先に陽斗。
チッと舌打ちを鳴らし、大きく飛び退く。
埃やバケツ缶を吹き飛ばしながら棚は倒れた。
まともに当たれば大怪我だっただろう。
完全な拒絶、そして明らかな攻撃に対して苛立ちを隠さずに陽斗は叫んだ。
「もう容赦しねえか―――?! 」
瞬間、陽斗の脇腹に衝撃が走る。
陽斗が思わずそちらを見ると、手首辺りまでしかない拳が、脇腹に叩き込まれていた。
ぐらりと体制を崩したそれを好機と見たか、棚が倒れた方からも拳が現れ、陽斗の方へ飛んでくる。
だが陽斗は冷静にそのまま脇腹の拳を握り燃やし、顔へ飛んできた拳を首を傾け避ける。
そうして避けられて後ろに飛んでいった拳に対して、片手で炎を薙ぎ払い消し去った。
「てめぇ降りてこいやオラぁ! 」
2階の通路への錆び付いた階段にバケツ缶を蹴り飛ばしながら走り出すと、その勢いのまま階段を上がる。
1階からは死角になる2階の物陰に隠れていた刃は、その様子を見て慌てて窓枠へと走りだす。
陽斗が階段を上がりきると同時に、刃は窓枠から体を乗り出そうとして、ぴたりと止まる。
想像よりも高かったのか、刃はおろおろと戸惑う。
だが手を刃の方へかざしている陽斗を見て、炎を食らうよりはましだと思ったのか、目を瞑りわぁぁあと情けない声を出しながら、飛び降りた。
「っ……」
刃は足を押さえながら蹲っていた。
飛び降りた時に下手を打ち足首を捻挫したらしく、苦悶の表情を浮かべる。
だがそれでも動かなければという意思はあったのだろう。
足の痛みを無視して起き上がり、足を引き摺るようにして敷地から出ようと動き出す。
「待てよ」
背後から聞こえた声と共に刃の頭上を飛んでいく火の玉は、敷地の出入り口辺りに落ちると瞬く間に広がり
、内からも外からも近寄るのすら困難な熱の檻がそこには出来上がる。
敷地から出ることは不可能となった。
「様子から察するに着地に失敗して足首を捻ったか。……わざわざ無理して降りたって事は、もうさっきの気持ち悪ぃ手は使えねえと見ていいよな? 」くっくっと喉を鳴らし陽斗は笑う。
刃はくるりと陽斗の方へ向き、「さぁ……? 」と笑いを浮かべる。
その笑みが強がりなのは誰が見ても明らかだった。
「写真の娘は何処にやった? 」
……刃の返答は沈黙だった。
「早く答えねえと死ぬぞ。」
炎をかざし(これで答えなけりゃ本当にぶっ放す)
と奴を睨みつけ―――奴に違和感を覚えた。
なんとも不気味な違和感を。
(……どこ見てやがる? この状況で俺以外の、何を?……後ろか? ……まさかっ?! )
脳裏によぎる足首を掴まれ宙吊りにされた時のあいつの目の動き。
振り向かざるを得なかった。
踵を返しぐるりと振り向こうとしたその時、後頭部に衝撃が走る。
地べたに崩れ落ちる俺が見た最後の景色は、独りでに浮いている鉄パイプが俺の血に濡れていた事だった。
(……死んでないよな? )
力加減なんて分からないから、魔法の手による工場に転がっていた鉄パイプでの後頭部へのフルスイング。
本来は脇腹、顔面と殴りつけた後に止めとしてぶつけるつもりだった。
だが顔面への拳が避けられ脇腹の拳ごと燃やされた時、生き残っていたあの手を呼び出して飛び降りようとした。
仮に最後の魔法の手を逃げるのに使ったら、飛び降りの際怪我せずに済んだかもしれない。
だが1つの魔法の手であいつから逃げ切れるとは到底思えなかった。
だからわざわざ無理をして飛び降りたのだ。
相手の油断を誘うために。
(……とりあえず逃げないと。この男が生きてようと死んでようと、どちらにしてもこんな所にいたらまずい。)
刃は倒れている陽斗を一瞥し、敷地から出ていく。
炎の壁はいつの間にか無くなっていた。