発現 7
陽斗は独りでにぶら下がり、宙吊りになる。
「おぉおお?! 」急なことに叫び声を上げぶらりと吊られた陽斗は、少し先にいた刃を目で捉える。
刃は宙吊りにした陽斗……否、正確には陽斗の足首を握りしめている、刃以外には不可視の手に視線だけ寄越しそのまま走り去った。
俺は角を曲がり、数分ぶりに背後から赤髪の男が消えたのを確認し、思わず笑みが零れる。
(良し……良し! これで時間は稼げる筈だ! )
男を宙吊りにした様子を思い浮かべ、心の中でガッツポーズを取る。
この時ばかりは脇腹や足の痛みを忘れる事が出来た。
(……問題は俺の見てない手がどれだけ持つのか、だな。
あと20秒ぐらい持ってくれれば、逃げ切れ―――)
その時先ほどの路地からボッと火の手が上がる。
瞬間、先ほど足首を掴んでいた魔法の手《マジックハンド》の信号が途絶えた。
(嘘……だろ? 見てないとすぐに手が消えるのか? ……いや違う、消された? )
感覚を共有しているわけじゃないが、火の手が上がり直後に手が消えたということは一つ仮説が出来る。
(……俺の魔法の手はダメージを受けると消失する? )
自身の超能力について不本意ながら新たに知る事が出来た。
(……いや待て、今はそれどころじゃない)
奴の所に手を置いてきたせいで魔法の手による加速は出来ていなかった。
拘束していた時間と、元来の俺の速度を考えればもうすぐ追いつかれる。
直ぐ様新しい魔法の手を呼び出し、自分を引っ張らせる。
そうして走っていると細かな路地から抜け、前方に大きな2階建ての工場―――と言っても錆び付いたトタン板や、落書き、そして敷地内の雑草の背の高さが今は稼働していないことが容易に分かる―――が現れた。
左右に素早く視線を振るが、身を隠せるような場所はない。
背後から聞こえる足音が、男が此方に迫ってきているのを知らせる。
とても戻ることなんて考えられなかった。
(チクショーどうする!?
こんな平地だと炎を避けるのすら無理だ。考えろ俺! )
頭をかきむしりながら考えるが、これしか思い浮かばなかった。
(やり過ごすしかねぇ。となると……ここしかないよな)
俺は決意すると、魔法の手をもう1つ呼び出し、そのまま体を浮かせ、2階の割れた窓から転がるように中に入った。
刃が廃工場に転がり込んでから少し遅れて、陽斗は廃工場前の通路にたどり着く。
(……あいつどこ行きやがった? )
俺は首を左右に動かし人影を探すが見当たらず、草の伸びきった平地が続いているだけだった。
人の隠れられそうな場所はない。
(って事はここか? )
唯一人が隠れられそうな目の前の廃工場を睨みつけた。
待ち伏せの警戒もしつつ、中に入るためにぐるりと建物を回る。
出入り口は固く封鎖されており、抜け穴のようなものも見つからない。
(どこか壊した様子もないしどうやって入ったんだ?
……もしや逃げられたか? いや待てよ)
と俺は視線を上に向ける。
そこにはガラスが割られ窓としては機能していない、人一人ぐらいなら入れそうな窓枠があった。
(やっぱりか。……さてと。)中に入った確証が取れた俺は錆び付いたトタンの壁に両手をついた。
俺はさっき入った窓の下にある細い金属製の足場に伏せていた。
音を立てたくなかったしなにより、じっとしていたかった。
そうしていると呼吸も多少落ち着き始め、男が俺を見つけない事を願う位には心にも余裕が出来る。
だがそう上手くいかない事を、視界の端で赤くどろどろと溶け始めた壁を見て悟った。
(どうする逃げるか……? ……いやさっき一瞬とはいえ捕まえられたんだ。不意さえ突けば俺でも……)
ちらりと壁の様子を見る。
まだ多少考える時間はありそうだった。
(俺の超能力で男を倒すには……)そう考え自分の下、この工場の一階をしっかりと見る。
何も置かれていない金属の棚や、よく分からない機械、地面に散乱しているバケツ缶等が、ごちゃごちゃとしていて、死角がとにかく多いと一目で分かった。
(よしこれなら―――)
といくつか仕込みをして壁が開き男が入ってくるのを隠れて待った。