発現 3
俺は台所まで行くと、まず炊飯ジャーを開いた。
保温状態でそのまま食べられそうだ。
(あとはおかずだが……)と近くの冷蔵庫を開ける。中には、夕飯の残り物、青椒肉絲がラップされて入っていた。
それを手に取り、電子レンジで加熱する。
そしてコンロに置かれていた手鍋に入っている卵スープを暖めながら、壁掛け時計を見る。
短針が三の数字を指していた。
(あーもう3時か。そろそろ寝ないと明日キツいな)時間を確認したばっかりになんとも言えない倦怠感が体を襲う。
ぐぐっと体を伸ばし軽くストレッチをしていると、突然リビングのドアが開く。
「なにしてんの? 」と聞きなれた声の主、すなわち俺の母さん―――真九呑地 葉羽―――は寝ぼけ眼をこちらに向ける。
「い、いや夜食にでもと思って。……もしかして起こした? だとしたらごめん」
(いつも起きないのになんでこう間の悪い……)
突然の登場に俺は驚くが、出来るだけ平静を保つように心掛ける。
「んーん、喉乾いたから起きただけ」ふわぁと欠伸をしながら冷蔵庫の方へ向かい、中からお茶を取り出すと小さいコップに入れる。
それを一息に飲み干すと、「こんな時間まで起きてたら明日辛いよ」と俺に忠告して、おやすみと言いながらリビングへと戻っていった。
いや正確にはそのリビングを挟んだ奥にある寝室にだ。
そうして台所はまた静けさが取り戻された。
母さんと話している間にレンジは仕事を終わらせていたようだ。
そのまま俺はスープを見に行き、程よく暖まっているのを確認する。
火を止め、白飯、青椒肉絲、卵スープと器に装い盆に載せる。
魔法の手で盆を浮かせながら、俺は二階へと戻る事にした。
ドアノブを捻り中に入ると豆丘さんは机に座り、漫画とにらめっこしていた。
「とりあえず持ってきたよ」
俺がそう言うと此方を振り返り「ごめんね、ありがとう」と漫画を閉じ、盆を取りに来る。
「あ、それが刃君の超能力? 」
と盆を持たせている2つの手首を不思議そうに見る。
「……まあそんなところだよ」
(やっぱ2つとかってなると見えるのか。外じゃ使えるのは1つだけだな)
「んー、さっきは3つあったように見えたけど……」
そう言いながら盆を取ると机に置き、備え付きの椅子に座った。
そして「あの……頂いてもいい? 」こちらを恐る恐る見ながら彼女は訪ねる。
「どうぞ」
「頂きます」と豆丘さんは手を軽く合わせ、青椒肉絲を口に運んだ。
猛禽類の足を思わせる尖った指で器用に箸を持ち、もぐもぐと口を動かしている様子を、俺がぼんやりと眺めていると、ごくりと飲み込み「これ、凄く美味しいね」豆丘さんは此方をキラキラとした眼で見てきた。
その視線でなんとなく気恥ずかしくなって、「ふ……普通だよ普通」と顔を背ける。
「私の食べてた物と違って食感も良いし、味もしっかりしてる」本当にお気に召したようで箸が休むことなく、盆の上をせわしなく動いていた。
「……いつもなに食べてたの? 」
「なんか良く分かんない、パサパサしたブロックみたいなのと水とかだったよ」
「……へぇ」
なんか少なくとも、まともな人間と暮らしてたわけじゃないみたいだな。
豆丘さんは一体どこから逃げ出してきたんだ……?
「御馳走様でした」彼女が静かに手を合わせ、呟く。
皿の中身は綺麗さっぱり無くなっていた。
「食べ終わった? 」敷き布団を敷きながら彼は言う。
「うん。本当にありがとう」
「良いよ気にしなくて」欠伸をしながら枕を布団の頭元にぽふっと放り、机の方へと向く。
「盆片付けてくるから先寝てて良いよ」
そして親指を敷いた布団へ指差した。
「……もしかしてい、一緒に寝るの? 」顔を赤らめながら彼をちらちらと見る。
ぶふっと吹き出し「ち、違う違う! 」手を左右にと振り否定する。
「……で、でもそうしないと寝れないよ? 」
「いやいや、ほら俺は椅子にでも座って寝るから、気にしないで良いって」
「じ、じゃあ私が椅子に座って寝るよ」
「いいからいいから」と彼女を布団の縁に座らせ、「じゃあおやすみ」と盆を持ち、彼は下へ降りていった。