98日目:後日談
それから。
あの装置からの脱出に成功したあたしは、妹の葬式で一度だけ開発助手の久郷一風さんと、シナリオライターの笹指静さんと話した。
周りからは「可哀想に。残念だわ」とか言われたが、この二人はあたしに対して、「よく頑張った」と言ってくれた。今までの我慢が砕けたかのようで、あたしは嬉しくなった。
「それにしても、彼女は本当にすごい人だったよ」
一風さんは、空を見上げつつ、そう呟いた。
空は、あの日と同じ快晴だ。
その空は、妹がこれからのあたしにエールを送っているようで、たまらず笑みがこぼれる。
「まあ、神様ってのは平等ですからね」
静さんの一言に、あたしは、そして一風さんはぽかんとした。
「どういうことですか?」
あたしの質問に、髪をかき上げながら答えた。かき上げるほどの長さは有していないと思うが、それでも彼女はそうして答えた。
「平等、じゃなくて、公平?かな。数学だとそういうの答えやすいんだけどな」
うーんと唸り、彼女は一息つく。先ほど買ったであろう缶コーヒーを飲み切って、投げ捨てた。
「つまり、イコールだってこと」
イコール。つまり、等しい。
「簡単に、ざっくりと式に当てはめるとしたら、寿命×才能=1みたいな。ああ、1っていうのは、特別な意味はないけどね」
才能があればあるほど、寿命が短くなる。才能がなければないほど、寿命は長い。
「……なんだか、前者は納得できるけど、後者はなんだかね」
一風さんは、胸ポケットから煙草を取り出しながら、感想を述べる。
「寿命が長ければ長いほど、努力できる時間が長いってことでしょ?」
静さんは、空を見上げてからこちらに視線を動かし、
「だったら、さっきの式に当てはめるなら、寿命=努力時間で、努力時間×才能=1ってことになるでしょ」
と、ニカっと笑いながら言った。
「……相変わらず、ぎりぎりのところで何言ってるか分からないですね」
一風さんはため息を吐く。
「……まあでも、才能がある人の方が、生き急いでいる感じはしますよね」
あたしは、妹のことを思い出しつつ、頷くように呟いた。
「……」
三人の間に、沈黙が流れる。
それぞれが、それぞれの思い出に浸っているのだろう。
科学技術の、開発者と助手。
新企画の、プロデューサーとクリエイター。
一般家庭の、姉と妹。
思うところは、各々にあって、各々が違う。
「俺たち凡人は、天才を社会の中に生かし続けないといけないんだよなぁ」
一風さんは、たばこの吸い殻をしっかりとあらかじめ用意していた箱に捨てた。
「私達も、天才の人生に見合った、努力をしないといけないのでしょうか。天才の人生とイコールになるような努力を、積まないといけないのでしょうか」
あたしの質問を、静さんは勢いのある笑いでかっ飛ばした。
「ハハッ。しなくていいんだよ、そんなもんは。みんなが皆堕落するってことは、この世界にはないんだよ。だから、一人くらい力抜いてもいいのさ。引きこもろうが何だろうが、社会っていうのはすぐに置いていくんだ。社会にしがみつこうとしていたら、絶対に振り下ろされる。どうしてか分かるか?」
「……さあ」
「社会、常識。そう言ったものは、全部平均値だからさ。天才も含めた全員の平均値。だから、私達凡人は、絶対どこかで足をすくわれる」
「……じゃあ、どうすればいいんですか?」
答えたのは、静さんではなく、一風さんだった。
「だから、追いつかなくていい。自分のペースで進めばいい。無戦姫のように。戦わず、成長せずで、生きればいいってこと。それくらいの心意気で、良いんだってことでしょ?静さん」
「ざっつらいと」
一風さんに指をさす静さん。
「君も、君だけの人生を歩むといいよ。行って帰ってこなくてもいい。生きっぱなしでも構わない。助けに行かなくたっていい。取りに行かなくたっていい。楽しい世界と楽な世界。住みたい世界はどっちかなってことよ」
楽しい世界と、楽な世界。
あたしの選択は。
迷うことなく、あたしはこちらを選ぶ。




