88日目:ダメな理由
……なんという、世界。
私の目が驚きのあまりカッと開いたのを感じます。その先の世界は、私の想像をはるかに上回る世界で、視線を外すことなんてできませんでした。
壮麗な男性と華麗な男性。艶美な女性と妖艶な女性。
間に咲いた、薔薇と百合の花。
新たな世界の扉を開く、そんな漫画でした。
「……おおぉ」
幼馴染の男女の恋愛を描いているのかと思いきや、そこに同級生の男子と後輩の女の子が現れて、それぞれが同性同士、仲良くなっていき、ついには、その一線まで超えるという内容でした。しかも、そこに強引な感じは全くなく、自然な流れで、まるで異性同士の恋愛のように描かれていました。あまり本を読まない私には、とても新鮮に感じました。
今の世界って、こういうものが流行っているのですか?
「……ど、どうでしょうか」
「……えっちい」
「やっぱり!見せるんじゃなかったです!」
「いやいや、それだけじゃなくって!すっごくすっごくおもしろかったよ!」
「……本当ですか?」
涙を浮かべながら訊く彼女に、不覚にも惚れてしまいました。
心臓はないですけど、キュンとします。
「本当ですよ」
「……ありがとう、ございます」
「これが、ダメだったんですか?」
確かに、少しえっちいですが、それでも別に規制がかかるほどの物でもありませんし、大丈夫のような気がしますけど、やはり娯楽だからなのでしょうか。
「ええ、両親にはダメだったようです」
「理由は?」
「……あの人たち、変なところで差別的なんですよ。そもそも娯楽だからという理由でダメ出しを食らい、よりにもよって恋愛漫画だからとさらに潰しにかかり、最後には性的少数者に焦点を当てた作品など、そんなものは捨ててしまえと、私に言ってきたのです。主張してきたんです。彼らは、そういうところで差別的なのです。他にもいろいろとありますけどね。男女差別や性差別は勿論のこと、国籍とか、障がい者とか、そう言ったことでも差別をするんです。でも、それを否定したところで、何も変わってやくれない。変えるなら、殺すしかない。……すみません。ちょっと、言いすぎました」
彼女の視線は重く下へとうなだれているようで、私は何も言えませんでした。
差別というのは、色々なところで問題になっています。
私の持論を言わせてもらえるならば、それらのほとんどは差別ではないと思うんですけどね。
「……そう言う思想までなら、私達がとやかく言えるものではないと、思う」
香湖さんは、分かりやすくうなだれます。
「でも、それを超えたら、もうそれは別の犯罪だと思う」
「……犯罪?」
「たとえば、何人だからこうなんだ、っていう差別発言を公の場とか、公共の場で言ったらそれはもう名誉毀損だろうし、暴力をふるったらそれはもう暴行罪だし、傷害罪。迷惑を掛けられたら、迷惑防止条例違反だったりするわけで。だから、差別って本質的にはなくならないとは思うし、その思想自体は人間に備わったものだと思う」
私は、確信して、自信をこめて、言います。
「でも、やって良いことと、やってはいけないことが、あると思う」
どうして私がここまで熱くなるのかといいますと、私自身も何となくですが経験があるからです。正確に言えば、私はただの傍観者で、私の知り合いがいじめられていたというだけでしたが、それでも十分なほどの体験をしたのです。
小学生の時、彼女と出会いました。
彼女は、とある悪質な噂の流れた国とのハーフで、とても美人だったのです。見た目はクールな感じですけど、一度話せば、その優しさに包まれてしまいます。
しかしながら、彼女は嫌われていました。
美人であり、その国とのハーフであり、そして、片目が見えない彼女は、いわれのないことを言われ続けていました。
私だって、一緒にいた時は止めたり、悪いことだと窘めました。
しかし、一向に辞めることはありませんでした。
とうとう、彼女は自殺しました。
あっさりと、圧倒的に、あっさりと。
私は、そのあたりから何となく、そんな暗い感情が芽生えたのかもしれません。
とにかく、私はその日以来、差別というものは、いじめと同様なくなることは無いと考えるようになりましたとさ。




