70日目:現象の正体
「人に巻き付き、時に巻き憑き、世界に取り憑く蛇神様。始りが終りを飲み込む、永遠の蛇にして、無限の蛇。完全で、完璧で、全能な蛇。通称、ウロボロス。それが、この一連の流れの正体だ」
外を見ると、視界が悪いです。
「うわぁ……」
つい、そんな声が出てしまいました。
面倒だなぁ。
あ、持ってきたっけ。
まあ、いいか。
学校を出ると、途端に会話は途切れました。
いえ、話はしていました。しかし、その大半が「え?なに?」というものでした。会話をしても聞こえない、聞こえないからする気が無くなる、そしてついに途切れました。
しかし会話が途切れる理由は、決して「お、野球部頑張っているねぇ」とか、「お祭り、盛り上がってんなあ」とか、そう言ったポジティブな意味合いではなく、もっとネガティブな意味です。
ネガティブというか、つらい。つらいというか、めんどくさい。
べたべたして、じめじめして、だるい。
現代の人だったら、そう言うと思います。
そういう日です。
「あの……、奥塚さん」
「ん?なんだ?」
「あなたは、いったい、何者なんですか?」
「……どういうこと?」
「いや、ええと、さっきまでは、自分の名前も明かさない好青年っていうか、そんな感じだったのに、転生してきたっていうのが分かると、血相を変えて、本気の目をしています。まるで、人が変わったみたいな、そんな表情をしています。何者なのか、よく分からないのです」
「……ああ、それなら、ちゃんと後で説明する」
それだけで、終わってしまいました。
たどり着いた家は、家とは言えぬものでした。
「家じゃないよね、もう」
静さんは、ただ呆然として、呟きました。
「いつか、家を建てたいとは思っているんだけどな」
どうぞ、と言いながら、彼は私達を導いてくれました。
家の中も、家と言うよりもアスレチック施設のようでした。
登って、下って、掴まって。足を引っかけて、体を持ちあげて。腕を伸ばして、蔦を持って。腰を痛めつつも、歩いた先にはようやく座れるところがありました。
「じゃ、ここに座って」
言われるがままに、私達は座りました。
すると、彼はもう本棚とも呼べないような、荷物のたまり場みたいなところに手を伸ばし、辞書のような、辞典のようなものを取り出した。
「ウロボロス」
唐突に、彼は呟いた。
呟く背中が、なんだか寂しそうです。
「それが、君たちの現象の名前だ」
辞典をこちらへと提示し、彼は続けました。
「人に巻き付き、時に巻き憑き、世界に取り憑く蛇神様。始りが終りを飲み込む、永遠の蛇にして、無限の蛇。完全で、完璧で、全能な蛇。通称、ウロボロス。それが、この一連の流れの正体だ。
「俺は、そいつをちゃんと見たことは無い。感じたこと、触ったこと、そいつの声を聞いたこともない。ただ、そいつの正体は、俺が一番よく知っている。
「理由は、いずれ。
「あと、どうして超常現象についてよく知っているかといえば、それは両親から叩き込まれたからだ。そして、命を受けたからだ。
「この世の、神様や妖怪や、そう言った類に悩まされている人を、片っ端から救っていく」
真剣なまなざしは、本当に私の心に刺さったかのように鋭かったです。
「ただ、君の場合は、助けられないかもしれない」
「……え、え?どうして、ですか?」
「そういうところだよ」
そういうところだよ、と言われると、どんなことを言われていたとしても、嬉しい気持ちにはなりません。恥ずかしさと怒りの混ざる、嫌ぁな感情だけが残ります。
さっきの感心、返してください。
「そういう、甘えられる人って言うのは、なんだかんだ言って、最終的に助かっちゃうんだよ。俺みたいな力が無くとも」
「……それ、褒めてます?」
「褒めてる、褒めてる。可愛い子には旅をさせよというけれど、君ぐらいまで可愛いと、可愛がられていると、旅をさせても経験値は伸びないと思うんだよね」
「やっぱり褒めてないじゃないですか!」
「で、あの……いいかい、二人とも」
制裁に入ったのは、静さんではなく、久郷先輩でした。
「仲が良いのは分かったからさ。で、本題に入りたいんだけど」
反論しようにも、奥塚さんは、笑顔を取り戻していたため、下手に否定できな状況になってしまいました。
べ、別に、私だって楽しくないわけじゃないんだからねっ!
あれ、これじゃ、そのまんまか。
「どうやったら、俺たちは、元の世界に戻れるんだ?」
「ウロボロス以外の可能性も吟味しないと本当はいけないんだけど、何かが取り憑いているわけでもないから、とりあえずウロボロスだろうと仮定して話すね」
フランクさを取り戻した彼は、流暢に優しく、諭すように解決案を提示してくれるのかと思いきや、そうは問屋が卸しませんでした。
「元の世界の自分と同じようなことをしている分には、二度と戻ることは無いよ」
突きつけたのは、救いようのない、現実でした。
「何かの始まりであり、永遠であり、無限であるウロボロスの効力というのは、能力というのは、いたって単純で、簡単なんだよ。
「それは、君たちを物語の主人公にしようという、能力なんだ。
「行って帰る物語って知っているかな。
「物語を作るときの鉄則でね。もう一つ、喪失と回復ってのがあるんだけど、今回は『行って帰る』方なんだけどね。
「ざっくりいうなら、日常世界から、非日常世界に行って、何かを得るなり、成長するなり、生まれ変わるなりして、元の世界に戻る。
「それが、『行って帰る』の鉄則。
「そして、君たちはそれを成し遂げない限り、元の世界には戻れない。
「でも、君たちを見る限り、成長はおろか、自分の力をフルに使おうとして、失敗している。
「ウロボロスだからさ、それじゃ、永遠に終わらないよ。
「生まれ変わって、次の世界。生まれ変わって、次の世界。
「永遠に回り続けるウロボロスの輪。
「それが、君たちの現象さ」




