69日目:元の世界に戻ろう会議
「……え、どうして?」
名前を知らない彼は、静さんと共に入ってきた私を見て、驚きの表情を見せました。
まるで、化け物でも見たような。
あるいは、化け物に見つかったような。
そんな、悔しさ交じりの表情を見せました。
「え、ええと、こんにちは」
私にも、どういった表情をしていたか、自分でもよく分かりません。
ただ、この空間―社会科室の入り口には、気まずい空気が充満していたことだけは確かです。
「よう、奥塚。珍しいな、ちゃんと来るなんて」
「久郷がうるさかったので」
「なるほど。じゃあ、柳橋ちゃん。隣へ」
「は、はい」
用意されていた席に、しっかりと座ります。
隣のおくづか?さんは、落胆の表情を見せています。
そんなにですか。
もしかして、嫌いなんですか?
「……だぁっ、いってえ!……はぁ、はぁ。すみません、準備していたら遅れちゃいました」
額の汗が胸元を伝って全身を濡らしている先輩が、自分のスピードを抑えきれずに扉へぶつかってきました。
猪突猛進とはこのことです。
「よし、皆いますね。では、さっそく始めて行きたいと思います」
切り替えが早いことは褒めるべきことなのでしょうが、というより称えるべき案件なのでしょうが、制服の汚れ具合が半端ないので、全然話が入ってきません。
「待ってください。ええと、あの、自己紹介を、ちゃんとしませんか?」
私の提案を、先輩は
「……ふうん、まあ、一応やっときます?」
と、少々投げやりに承諾してくれました。
「じゃあ、私から」
言いだしっぺではなく、先輩でもなく、もちろんおくづか?さんでもなく、最初に手を挙げたのは、静さんでした。
「私の名前は、笹指静。社会科全般担当。独身。スリーサイズは、内緒で」
静さんは、訊いてもいないことを、答えませんでした。
「訊かれてないからね。じゃあ、次、久郷」
「はい。高校3年の、久郷一風です。実は、ここだけの話。転生してここに来ました。いわゆる、異世界転生というやつです。トラックに轢かれかけて、気づけばここに」
「あ、聞いたことあります!」
そういえば、元の世界のテレビで、ニュースになっていました。
でも、それって小説というか、マンガの中の話で、現実的ではないのでは?
「そうなんです。だから、皆には信じてもらえなくて。唯一信じてくれたのが、先生なわけで。だから、こいつ、奥塚も信じてくれないんだよね」
ハハッと笑ってはいましたが、目は完全に笑っていません。
怖いです。
闇を感じます。
「じゃあ、その奥塚」
「……分かったよ。俺の名前は」
ようやく、聞ける!
「奥塚十哉。かの有名な両親を持つ、奥塚です」
そう言う彼の目は、切なさと怒りを兼ね備えたものでした。
「じゃあ、君の自己紹介を」
「は、はい!」
声の震えは、もう止められず。
皆の視線が、恐ろしく。
どうして、こんなに緊張しているんだろうか。
そんな事を考えながら、私は自己紹介しました。
「じゃあ、この4人で、開始するよ」
先輩は、手に持っていた何かを広げ始めました。
「何を何ですか?何を、始めるんですか?」
私の疑問に対して、答える気配はありません。
「ああ、私も。それを聞きたかった」
先生も賛同するも、やはり答えてくれません。
奥塚さんは、ため息をついています。
「ふふっ。では、第13回元の世界に戻ろう会議を開催します!」
すっごく、アホみたいなタイトルだなと、私だけでなく静さんも奥塚さんも思いました。
「だーかーら、お前の話には、なんの説得力もないんだって!」
奥塚さんは、声を荒げます。
「この世界に、何の不満があるのか知らないけど、そんな事の為に後輩を巻き込むなよ」
「それが、そうでもないんだよ。その子も、同じ体験をしているんだよ」
ガシャンという、椅子の倒れる音とともに、彼は私を見つめました。
「……本当なのか?」
「え、ええと、多分?」
「ついでに言うなら、この先生もだ」
「……全員そうなのか。じゃあ、話を変えなくてはならない。伝えなくてはいけない」
???
奥塚さんは、何かを知っているのでしょうか。
今までの発言では、転生というか、時間移動というか、そう言った類のものは無いと断言していたにもかかわらず、突然態度が変わりました。
否、最初からこのことは知っていたのでしょうか。
わざと、知らないふりをしていたとか?
「君たちは、あいつに歯向かってはいけない。抗ってはいけない。抵抗なんて、元の世界に戻ろうなんて、思わないでくれ」
「……どうして、ですか?」
私の疑問に、彼はこう答えました。
「俺の家に、その答えがある」




