68日目:久郷一風先輩
「じゃあ、今日から君は中学1年だ。と言っても、あんまり実感ないかな?でも、いつまでも小学生気分でいられたら困るからね!」
もやもや霧がかかったまま、私は職員室へと連れていかれました。
この職員室は、何と言えば伝わるでしょうか。
壁までしみているコーヒーの香り。
充満する、たばこの煙。
常に鳴り響く、壊れかけの印刷機。
テンポよく鳴る丸つけの音。
生暖かい空気。
子供がいてはいけないんじゃないかと思わせるような、ある意味で大人の世界が広がっていました。
「私、たばこあんまりなんだけどね。それぞれが自由にやっているから、まあしょうがないよね」
周りを見ながら、彼女は少し悲しそうにそう言いました。
「まあ、酒飲みながら仕事しているから」
それは止めましょうよ。
「もちろん、ウォッカとかじゃないからね?日本酒でもないし。ちゃんと、濃度低めの奴にしてるから」
「そう言う話じゃなくてですね」
「はいはい、分かったって」
「絶対分かってない時の台詞じゃないですか!」
「じゃあ、明日からちゃんと学校に来るんだよ」
「分かりましたっ!!」
「そんな怒らなくても」
職員室を後にし、私は廊下をだらだらと歩いていました。
私は、そのまま帰ろうとはしませんでした。
まあ、帰ると言っても、どこにという話ですが。
「部活とか、見て行こうかな」
確か、1階に掲示板のようなものがあったはず。
ここは2階なので、ちゃちゃっと見に行きましょうか。
階段を降り、掲示板の方へと体を向けた時、たまたま歩いていた人と正面衝突してしまいました。何たる失態。
「ごめんなさい!」
謝ったときにはすでに遅く、彼が手に持っていた書類は廊下にばらまかれてしまいました。
「いえいえ、こちらこそ。ごめんなさい」
片づけるよりも先に、謝ってもらってしまいました。
一緒になって片づけていると、その中の、クリップで綴じてあった書物が私の目に飛び込んできました。
無意識に手が伸び、それをじっくりと読んでしまいました。
『時間旅行は可能か』
タイトルは、そう書いてありました。
作者は……きゅうごう?
「久郷です。久郷一風と言います。あ、それもですね。拾っていただき、ありがとうございます」
ええと……一風さんは、年上なのでしょうか?
結構身長高いですし、大人の風格さえ感じます。
そして何しろ、高校の制服にも見えるのですが……。
「えっと、柳橋咲菜です。中学……」
先ほど言われた学年を、そのまま、コピー&ペーストで伝えます。
「中学、1年です」
「そうか、君は後輩だったのか。僕は高3だから、あんまり会えないかもしれないな」
その言葉に、一瞬ドキッとしました。
会ったばかりでも、会えなくなるというのは、寂しいじゃないですか。
わがままな私は、出逢った人皆と、友達になりたいのです。
「じゃあ、僕はこれで」
「あ、あの」
お得意の、「あの」で、彼を引き留めます。
「何でしょうか?」
「時間旅行は、可能なんですか?実は、その。奇想天外というか、荒唐無稽というか、非科学的な体験をしていまして」
ここだけ聞くと、凄くかわいそうな子に見えてしまいますね。
痛い子、頭のおかしな子、お花畑の住人と言われても仕方ありません。
でも、私には、確固たる証拠があります。
動かぬ証拠。
いや、動く証拠。
静さんがいるのです。
「……え!?」
その時の表情は、私の予想を大きく裏切るものでした。
嬉しそうな笑顔を浮かべています。
しかも、それは好奇心とか、スターに会った時のような喜びではなく。
まるで、同郷の人と出会った時のような。
そんな、笑顔です。
「君も、この世界に飛ばされた人なのかい⁈」
「え、ええ。まあ」
「そかそか。社会科室分かる?職員室の隣の」
「……はい」
「じゃあ、そこで待ってて」
そう言うと、彼はダッシュで廊下を駆け抜けていきました。
注意する暇もありません。
「え、ええと……じゃあ、行きますか」
またしても、あの部屋に行くことになってしまいました。
もう一度階段を昇り、2階へと到着すると、静さんがそこにいました。
「あれ、帰ったんじゃないの?」
「いやあ、それが一風?先輩に、声を掛けられまして」
「一風って、久郷か?」
「はい」
「お前、とんでもないのに引っかかったな」
「やっぱり、そうなんですかね」
「でも、これからどうせ関わるだろうなとは思っていたから、むしろ好都合かもしれないなぁ。じゃあ、今日は行くとするかな」
どうやら、真相に一歩近づくかもしれません。




