64日目:さまよい、そして
「お、お名前」
その後、私は彼の協力もあって、無事に湖の外へと出ることが出来ました。その時の「あれ?神様なのに、外に出るの?」という、すったもんだは勿論ありましたけれど、そこまで重要なことでもないので省略しておきます。
彼の名誉の為にも。
ともあれ、外は水の中に比べて暖かかったものの、前の時の夏の暑さとは打って変わり、穏やかな温もりに包まれているような、そんな心地よさを感じました。
「じゃあ、俺は帰るから」
その時の彼の背中は、寂寥感と脱力感でいっぱいの、何とも悲しいそれでした。
なので、私は声掛けをせざるを得なかったのです。
声を掛けたいと、そう思ったのです。
「お名前、何と言うんですか?」
彼は、私の声に反応し、すぐに後ろを向きましたが、
「……俺の?だめですよ、神様とはいえ、あなたまでもが嫌われてしまいますから」
とだけ言って、前を向き、それから振り返ることはありませんでした。
彼の小さくなっていく背中に、何か言うことはできませんでした。
「……名前は、なんて言うのでしょうか。どうして、そんな寂しそうな背中をするのでしょうか」
そう呟いても、この森には誰もおらず、ただその声が響き渡るだけでした。
「おーい。柳橋ちゃんよー」
その声を、私は忘れるはずがありません。
「その声は、必路さんですね」
「そうだよ。君は、懲りずにまた転移して着ちゃったんだねぇ。また、同じことの繰り返しなのに」
「それは分からないじゃないですか」
これは、脊髄反射の反論で、ただ否定されたくないというだけの、わがままです。
「それが、分かっちゃうんだよなぁ。まあいいや、さっきの奴の名前、知りたいか?」
「え、教えてくれるの?」
何もない方向を見つめます。バレれば完全に不審者です。それこそ、中二病です。
「ま、教えねえけど」
「だろうと思いました」
「でも、そいつが通ってる学校は、教えてやろう」
「え、本当ですか?」
私は、そんな彼(彼女?)の優しさにも似た行動を鵜呑みにし、さっそく行動に移しました。
とりあえず、森を抜けぬことには始まりません。
どこから抜ければ良いのでしょうか。
おや、あちらの方に光が。
ちょっと行ってみましょう…かぁっと危ない!
ふぅ…、蛇でした。
蛇に関する情報を介さない私にとっては、どんな蛇であれ、敵であることに変わりはありません。毒蛇じゃない蛇とかも、いるんでしょうけれど……、やっぱり怖いものは怖いのです。
皆、ウロボロスみたいに自分のしっぽをのみこんで死んでしまえばいいのに。
さすがに、怖すぎますかね。
幸いにも、猪とか、熊とか、そういった類の動物は見られません。見られないと言っても、警戒は怠りませんけどね。起こってからじゃ遅いですし。
そおっと、そおっと。
「ぎゃぅっ!!」
カチッという音でびっくりしてしまいましたが、ただの折れた枝でした。
はぁ、びっくりした。
「あ、あの」
後ろから肩を叩かれ、私はもう終わったと思いました。ここで人生が終わるのかと。
「ぎゃぅっ!!」
変な声を荒げ、バッと後ろを振り返ると、そこには見覚えある少年がいました。
なんと、さっきの男の子です。
「あ、すみません!いやあ、帰り道が、こっちだったので……何してるんですか?」
ほんのちょっとしか迷子になっていないのに、どうしてこうもほっとするのでしょうか。
そして、なぜ人間は安心すると涙が出るのでしょうか。
「ええ!いやいや、泣かないでくださいよ。そんなに、歩いてませんよ。ほら、俺も一緒にいますから」
逆なんですよ。
あなたがここにいるから、私は泣いているんですよ。
「……いえ、もう大丈夫です。ごめんなさい、いきなり泣き出しちゃって」
「いやいや、こちらこそ。びっくりさせちゃいましたもんね。で、どこに行くんです」
「ええと」
とりあえず、彼が通っている学校の名前を伝えれば、なんとかなるでしょう。
嬉しすぎて、それ以外を覚えていないというのも事実ですが。
「それなら、ちょうど俺も行くところですよ。一緒に行きましょう!」
本当に、優しいお人です。




