35日目:全能王の最期
そういえば、柢沼さんたちの帰りが遅いですね。いくら買い物に出かけたとはいえ、さすがに遅すぎる気がするんですけれど…。まさか、なんかあったんでしょうか。もしも彼女らの身に何かあるのだとしたら、すぐにでも現場へと行かなければなりません。
ただ、それ以上に問題なのは、今のこの状況でしょうね。
なんで、こんなにも空気が重く沈み切っているのでしょうか。
「……どうして、あっさりと島流しを受け入れたの?」
震える手をぎゅっと握り直し、彼は尋ねました。
「僕も、同じことをしたって言うのに。共犯なのに、同罪なのに。どうして、お姉ちゃんだけが、こんな、こんな目に」
堪えきれなくなった彼は、大粒の涙を流します。
まるで、洗いざらいすべての罪を告白するような口ぶりで、彼は思いの丈をぶつけました。実の姉に。
「……だって、しょうがないよ。そうしたんだから」
実の姉である楓は、より一層姉らしく、諭すように優しく言いました。その優しさは、先ほど感じた空虚を思い出させます。
彼女は、本当のことを言う気が無い。
そんな気さえします。
「……ねえ、何があったのか、教えてくれない?」
うちは、彼の涙の理由と、彼女の空虚の理由が知りたかっただけです。ただそれだけの為に、彼女らの傷をえぐることになると、自分自身理解はしていましたけれど、それでもやっぱり聞かざるを得ないと思ったんです。聞いて、訊いて。知って、考えて。思って、答えて。それで初めて、彼女らと同じ土俵に立てると、思ったんです。
「じゃあ、僕から答えよう」
そう言ったのは、五雲でした。
「今でこそ、この国に数人しかい亡くなったけれど、それでも昔はそれなりの人口がいたんだ。覚えてないし、必要もないだろうから、正確な数字は言わないけれど、それでも一国機能するほどには人口がいたんだ。
「その人たちを統治していたのが、君もご存知、レイズ・パトリだ。
「さっき聞いた話だと、大体のことは知っているんだろう?
「全知ではなく、全能だった彼の周りには、全知であり、全能には無いにしても多能くらいには能力がある僕らがいた。まあ、それは彼の方針だったみたいだし、それを考えるくらいには、彼は馬鹿ではなかったんだろうけどね。
「中でも、この双子は彼に気に入られていたみたいだよ。
「もしかすると、この二人の能力を外に出したくないというのがあったかもしれない。
「それくらいに強力なのさ。
「そんな彼にも、寿命が来た。僕達もびっくりしたよ。こんな人に、寿命とかあるんだって。でも、会ったことは仕方ない。
「いや、そんなに訝しがられても、疑われても、怪しまれても、そうだから仕方ない。僕たちだって、そこはさっぱり分からないんだから。
「とりあえず、彼は瀕死の状態になった。
「国民が見守る中、彼は最期を迎えた。
「その体を保存すべく、彼が、つまりはハヤテ・クーゴが自らの能力を使ったんだ。
「それでできたのが、その紋章。
「紋章というか、もうブローチみたいになっているけどね。
「つまりは、そういうこと。」
そう言うと、彼女は自ら冷蔵庫の方へ向かい、お茶を取り出しました。
何で知ってるんですか。冷蔵庫の位置。
「な、なるほど…そんなことがあったんすねぇ」
一応相槌はうったけれど、それでも納得はできませんでした。なんといえばいいのでしょうか。理解はできても、納得はできない。そんな気分です。
もやもやしてたまりません。
「……ねえ、楓さん」
「ん?どうしたの?」
「彼…王様さんが死にかけたのって、楓さんが絡んでいるんじゃないですか?」
彼女の声が、空っぽである理由が知りたくてつい出た言葉は、意外にも的を得ていたようで、昔の罪を追及されているときのような顔をしました。
反省にも似た、青色。
謝罪にも似た、青色に、顔色はみるみる変わっていきました。
「……鋭いなぁ。君は」
「……いえ、そんなことは」
「そうだ。聞いていけばいい。私の黒歴史を。忘れたいし、捨て去りたい、黄金色の悪夢を」
彼女の顔は、そこで戻ります。
この前みたような、笑顔に。
「……すべては、私のために、したんだよ」
静かに呟く彼女は、そのことを淡々と語っていった。




