30日目:彼女(彼)
「じゃあ、気をつけてね。そっちの人に宜しく」
灼熱の太陽は、いつまでもうちらの世界を照らしているわけではないようで、今日は雲に覆われた、割と涼しい天気となりました。何でしょう、確かに動きやすいといえばそれまでなんですが、不気味さがより際立つというのが率直な感想です。
相も変わらず先輩の居場所は特定できずにいますが、それよりもまずこの紋章の謎を解き明かさなければなりません。
それより先に、この紋章について話さなければならないことがあります。
今までの、刀や球は、それぞれ持ち主がいて、そこからいただくという形でした。しかし、今回の場合はちと違うのです。何が違うかと言われれば、その最初が違うのです。
というのも、この紋章は最初からうちが持っていたものなのです。持っていたというと、若干の語弊がありますが、正確を期すならば、受け継いだものなのです。曾祖母から祖母へ。祖母から母へ。そして、母からうちへ。そんな風にして、受け継がれたものなのです。
親指くらいの円形。
向日葵のような黄金色をしている外側。
13本で描かれるスパイラル状の曲線。
コバルト色に染まっている内側。
中央に描かれた、天秤。
あまりアクセサリーとかをつけないうちではあるのですが、なんかこの紋章だけは気に入っていて、いつも襟元に着けています。密着ではありませんが、装着しています。かちゃっと。
だから、この紋章の件については、ついでみたいなものだったんです。刀や、球のついでであって、たまたま先祖代々継がれているから、なんか歴史的なものかなと思って、聞いただけだったのです。最初は。
結果は、ご存知の通りです。
閑話休題。
これくらいの説明で、とりあえずは十分でしょうかね。簡単に言ってしまえば、この紋章は初めからうちの家系のものだったということと、神のような王様と悪魔のような双子が関係しているということです。
さあ、行きましょう。
どうしてこんなに出発前にもかかわらず喋っているのかと言えば、それは……その、ほら、緊張、するじゃないですか。最初って。
しませんか?緊張。
うちはします。先輩と出会った時なんて、緊張しっぱなしでしたよ。緊張に緊張を結んでいくような、数珠つなぎでうちの体へと巻き付く緊張感は、とどまることを知らず、ただ喉を潰していくだけでしたよ。ああ、人間って緊張するとこんなにしゃべれなくなっていくんだと感じた初めての経験です。貴重な体験です。
ともあれ、準備は整いました。心も整いました。行きましょう、あの国へ。
人間とは意外なもので、まあだからこそ楽しいし面白いのですが、今回もまたそれを実感することが出来てしまいました。
あれだけ出発前にグダグダ、うじうじ、躊躇い怖気づいちゃっていたにもかかわらず、いざ乗ってしまえばあっさりと、しかも乗り気で舟をこいでしまうのだから、人間とは不思議です。意外以外の何物でもありません。
「よおし、着いたっ!」
先輩の話によれば、今の陽元王国には、ほとんど人はおらず、代わりに守り人がいるんだとか。住民も国さえないも同然なのに、守り人はいったい何を守っているのでしょうか。
そんな事を考えながら街をぶらぶら歩いていると、ある少女と出会いました。
少女……というべきなのかは定かではありませんが、取りあえず、見た目的にそう直感したので、そう言いました。はい、すみません。
正確を期そうと思うのも、正鵠を射るような答えを出したいという考えも、もちろんうちの心の中には十分すぎるほどにあるんですけれど、でも彼女(彼)の場合は、どちらなのか分かりませんし、どっちも持っているような、そんな気がしました。
肩にかかるくらいの髪の毛。透き通るような肌の白さに少しため息を漏らしつつ、そっと下の方へと視線をやります。すると、普通の人間とは明らかに一線を画したその姿に、もう一度顔を見上げてしまいます。もしかすると、この瞬間うちは変態野郎と思われてしまったかもしれませんが、やむを得ないでしょう。
だって、左右で胸の大きさが違うんですもん。
向かって左は、明らかに大きくて。
向かって右は、明らかに小さい。
それは、100人見ても同じ感想を持つと思います。それくらい、くっきりはっきりしています。火を見るよりも明らかで、水に触ると濡れるというくらいに言葉通りの状況でした。
もう一度顔を見た結果、先ほどは気付かなかった矛盾点がいくつも発見されてました。矛盾点というとなんか意味が異なりそうですが、イメージと齟齬をきたしそうですので、相違点と言っておきましょう。
彼女(彼)と、一般人の相違点。
向かって左は、右に比べて髪の毛が長い。これは、別にそこまで特筆するべき案件でもないですけど、わかりやすいのは目の形でしょう。
向かって左目は若干たれ目であるのに対し、右目は若干切れ目です。
また、よくよく見れば、左目は優しい茶色をしていますが、右目は吸い込まれそうな黒色をしています。
その他、耳の形や鼻孔、歯並びや、肩の形まで、左と右とでは若干ではありますが、違いがみられました。
ぱっと見では気づかないような、でも気づいたら違和感で気持ち悪くなりそうな、それくらいの違和感です。
「……」
表情一つ変えず、彼女(彼)は、去っていきました。
うちは、未だに目を見開いたまま、そこに立ち尽くしていました。
「陽元王国って、怖え」
ただ、それだけをつぶやいて。




