1日目:先崎咲季から見た陽元王国
孤独にして孤高の旅人、先崎咲季からの注意だ!
タイトリングされてる日数は決してその通り進んでいるわけではないから注意してね!
実際、私がばらまいた時も「なんだよ、そういう毎日じゃねえのかよ」と言われたんだ。
まさか、それだけで証人喚問までしなきゃならんとは思わなかったけどな!
まあ、そういうことで、一日目、始まり始まり。
あたしは、現代に生きる旅人だ。そして、古代から生きている旅人だ。
名を、先崎咲季という。
これから語るのは、あたしが世界の始まりと終わりに対する答えを世界中に掲示したことで、歴史を書き換える羽目になった、その根源の話だ。
何を言っているかさっぱり分からなければ、こう考えてほしい。
歴史の流れは、現在二巡目である。
同じ道を、同じように、回っている。
数学者が、発明ではなく発見だというのは、つまりはそういうことだ。
それでも分からないって?だったらあたしが言えることはもう何もない。
この話でも読んで、考察してくれたまえ。
あたしは、皆で作る物語って言うのを一度やってみたいんだ。
さあさあ、始まるよ!あたしが見つけた世界の終りの話!結局の話!とどのつまりのお話!
初めの舞台は、陽元王国にたどり着いた海岸沿いから。
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歴史が歴史である所以は、ドーナツの成り立ちに近いと言える。
ドーナツとは、皆が知っているドーナツであり、あたしが作った料理でも、創った国でも、造った建物でもない。ドーナツはドーナツである。
未来の日本の中心部に位置する、未来で言う愛知県蒲郡市には似た食品があるようだが、それとは別のことを今回は指す。あくまでもリングドーナツのことである。
ドーナツ。小麦粉の生地に水や砂糖、バターに卵を加え、それを揚げて完成する甘いお菓子。しかし、そのドーナツを語るうえで、欠かせない要素が一つある。この要素がなければ、ドーナツはドーナツたり得なかっただろう。
何を隠そう、穴である。英語では、ドーナツホールとも言うらしい。つまりは、食べる部分と穴の部分が両者存在することによって、ドーナツというのは完成する。
あたしは、そういったドーナツの成り立ちと歴史というのは似ていると思っている。
なぜなら、歴史を一枚の紙にまとめても、あるいは本にまとめても、必ずそこには空白が生まれる。まあ、空白でなかろうとも、何かしらの情報不足が存在する。
それを悪いとは全くを以て思わない。むしろ、それこそが歴史だと思っている。
完全に制作されてしまっては、それはただの情報だ。どうでもいい、ロマンのかけらもない、授業もつまらなくなっていしまうような、情報の集まりになってしまう。
歴史とは、空白を含めたすべてであり、空白こそが人々の活躍を歴史として残していると言えよう。人間、面白くなければ覚えようとはしないのだ。
そしてもう一つ、これがあたしの歴史家としての持論を紹介しようと思う。なぜなら、旅の途中で暇だからということに他ならない。なにせ、この国は歴史の中に埋まったとはいえ明らかに大きく、だだっ広い。証拠を集めようにも、何かを並行してやっていないと退屈に押しつぶされてしまう。
それでは、紹介しよう。
歴史とは、人である。
歴史で言う宗教とは、人で言う価値観である。
歴史で言う戦争とは、人で言う喧嘩である。
歴史で言う文化とは、人で言う趣味である。
歴史で言う偉人とは、人で言う憧憬の人である。
歴史で言う史料とは、人で言う記憶である。
歴史で言う空白とは、人で言う忘れた記憶である。
忘れた記憶も、ゆかりの地へと足を踏み出せば、その時の感情を思い出せる。
同様に、史料を覗いてその時代を頭で巡らせれば、その時の彼らの信条が伺える。
つまりは、歴史とは人である。
あたしは、この二つから、人が人である所以は、空白にあるなんていう結論に至ろうとしているわけではない。
なんか、そっちの方が世界の真理に、世間の心理に近づいているようで、あたしとしてはあらぬ方向に論理が飛んでしまったなあとかのほほんと思っている。
なので、そろそろ主題に入っていきたいと思う。
このままで行けば、この国の二の舞になってしまう。
この国とは、これから語る国のことである。
歴史の荒波に飲まれ、歴史の中からもみ消された王国。
全てのものの始まりであり、その終わりを体現した王国。
国自体が、歴史そのものを体現せしめる王国。
名を、陽元王国という。
その陽元王国には、7人の守り人がいる。
彼らには、名称という縛りはなかったし、彼らと出会う時には、すでに己の身は失われているので、語り継がれることがないのだ。そのため、彼らは最後まで歴史に名を遺すことは無かった。否、正確を期した方が良いだろう。正鵠を射た方が良い。
彼らは、その国の文書には記されていた。しっかりと明記されていた。しかし、それでも同様に、そこには守り人の部隊の名前は書かれていなかった。
ゆえに、あたしのような一歴史家が便宜上、名前をつけなければいけないのである。
彼らの活躍を見ればあたしなんかがつけて良いものだろうかと考えてしまうが、それでもやはりこの事実を伝えるためには、名前は必須だろう。
奇跡的に現代まで残った史料を基に、肩書をつけよう。
なるべく嫌がられないように、格好いい名前を考えねば。
食刀の刀鍛冶―――柳生一花。
競技の先駆者―――水瓶丹香。
早殺の釣り師―――魚代三虎。
舌狂の落語家―――王師肆談。
浮浪の無力女―――必路五雲。
究極の仲介人―――均彩酉。
最強の無戦姫―――凍寺亥南。
「それにしても、なんでこんな広大な土地が誰にも知らされてねえんだろうなあ」
あたしは、海岸沿いをブツブツ言いながら歩く。
この国に最も近いのは言わずもがな、日本である。確かにそれでも、船で数週間過ごすことにはなるのだが、それでも遠いとも言い難い。
「世界は、どうしてこの国を無かったことにしているんだろう」
孤独に旅を続けて来た者として、全てを知っているという横柄な態度をとる気はないが、それでもあたしの知識は多い方だと思っている。
しかしながら、ここの情報は無い。
無さすぎるほどに、消えている。
誰かが手を加えて消したとしか思えないほどに、消えすぎている。
逆に、こんなあたしがどうしてここにたどり着いたのかと言えば、それは独自の調査の賜物と言って欲しい。言って褒めてほしい。
「別に、国に叛逆したいとかは、全く思ってねえけどな」
ただの趣味であり、自分の人生の軸なだけである。
まあ、鼻の高いうちに自慢をしてしまうと、開示してしまうと、意外や意外、そこまで難しいことはしていない。
皆がやることの、逆を辿れば良いのだ。
具体的に言うなら、まだ暴かれていない歴史の事象を一つ一つ摘み取ってつなぎ合わせたわけであります。すると、どこかもう一つ、世界を変えるような国がなければならないことに気づき、何となくそれが日本の近くにあったらいいな、なんて思っていたら、偶然にもその可能性があるっていうので、虱潰しに来たのである。
ちなみに、孤独とは言ったものの、あたしにだって友達くらいはいる。
「まあ、年末には帰りたいよなあ」
現在、偶然にも梅雨の合間の晴れ渡る空の元にいるあたしである。数字を提示するなら、6月12日。
あたしの歴史の辻褄合わせが、始まる日でもあった。




