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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
八幕 翠条 真織(すいじょう しおり)- II
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VIII-02.予想外の再会

「……はい?」

「あ、しおりん? 元気?」


 花宮さんの電話越しの声はいつにも増して、元気な感じがしました。


「うん、でもちょっと、入院してて」

「また?」

「せっかく退院できたと思ったら、また同じ症状で倒れて……今度は何とか気絶はしなかったおかげで、ずいぶん気分はいい方なんだけど」

「……偶谷くんかな」


 花宮さんは私に何とか聞こえるか聞こえないかという声の大きさで、そうぼやきました。


「偶谷さん……ううん、兄さんが、どうかしたの」

「あ、兄さんって呼ぶんだ。っていうか、やっぱり偶谷くん、しおりんのお兄さんだったんだね」

「やっぱりって……どういうこと?」


 私が大きくなってから初めて兄さんと出会った時、気付いてしまった話。花宮さんにはまだ、話をしていないはずでした。


「前会った時の反応でだいたい分かった。それと、例の青い目が一緒ってとこで、確信したかな」

「そうなんだ……。一応、記憶はあって……昔は一緒にいたなあって。ずっと昔で、たぶん私が四歳くらいになる頃にはいなかったと思うんだけど」

「……そっか」

「それで、……兄さんがどうかしたの」


 花宮さんは兄さんが狩気能を使って、暴走してしまったことを話してくれました。なんでも、他人の狩気能を何でも跳ね返してしまうものらしく、危険なのは間違いない、ということでした。


「どうして、そんな能力を使ったの」

「実はいろいろあって、ものすごく強い四半妖獣と戦って。かおるんもわたしも、ケガして入院してたんだよね。わたしは比較的軽いケガで済んだから、もう退院してるんだけどね」

「じゃあ、遼賀さんは」

「かおるんはまだ入院してる。でも命に別状はないし、意識もすぐに戻ってる。大丈夫だよ」

「よかった……」


 遼賀さんは他の退妖獣使と比べても強いという話を聞いていただけに、どれだけ強い四半妖獣と戦ったのかと心配になりましたが、不安になりすぎる必要もないようでした。


「しおりんこそ。入院なんて、そんなに頻繁にするもんじゃないよ。気を付けてね」

「うん……」


 たぶん私のせいじゃないんだけどな、というのは心の中にしまっておくにとどめました。


「とにかく、問題なさそうでよかった。学校に来てみたらまた翠条さんが休んでる、って話だったから。この話したら、ひなのんとかさやのんも心配してたし」

「……そこまで?」

「それだけあんまり元気ないのが想像できない、ってことだよ。早く戻ってきて……とは言わないけど、気を付けてね」

「うん」


 花宮さんとお別れのあいさつをして、私は電話を切ろうとしました。


「翠条さーん」


 特に何も考えず通話を切るボタンに指を伸ばしたその時、病室のドアが開いて、さっきの看護師さんが顔を見せました。


「はい?」

「翠条さんに会いたいって人がいて。でも、翠条さんからは聞いたことないんだけど……」


 彼女も困惑している様子でした。彼女のそんな姿を見たことがない、というあたり、よほどのことなのだろうと私は警戒しました。


「……分かりました。通して、もらえますか」


心乃(ここの)……」


 その人は昔の名前(・・・・)で、私を呼びました。そんな呼び方をする大人の男の人は、一人しかいません。あれからもう何年も経つのに、記憶が急に鮮明になるのが分かりました。


「お父、さん……?」



* * *



「覚えてくれていたのか……」


 お父さんは驚いていながらも、どこか寂しそうな表情をしてそう言いました。


「今まで、どこで何を?」


 そもそも私たちの集落が襲われたあの日、私とみのり以外は全員亡くなったのではなかったのか。まずその疑問が浮かびました。


「あの日……いざという時の逃げ道は、事前に確認してあったんだ。もちろんある程度は逃げ遅れて犠牲になってしまったが、三分の一から半分くらいは助かっている。お母さんももちろん、逃げ切れた」

「それならどうして、私たちを放って、」

「それは、その方が安全だと判断したからだ。ニュースを見て心乃たちが生き延びていることは知っていた。だがもし下手に取り戻そうとして失敗したら、そう思うと何もできなかった」


 それは正しいことかもしれません。四半妖獣だと名乗るだけで過剰に反応されることも、しばしばあるのです。


「もちろん……戻ってきて欲しいとは、何度も思った。七馬を育てるのに失敗し、恐れて捨てたも同然のことをしてしまった。だから心乃だけは、……責任を持って育て切らなければならない、そう考えていた」

「……やっぱり、兄さんだったんだ」


 改めて他人の口から、その事実を聞いた形でした。兄さんは幼い頃から孤児ということにされ、施設で育てられたと。


「心乃にも、あの青い目が宿ったと聞いた……それは本当か?」

「……自分ではとても制御できないけど、でも時々目が痛くなって、」

「それは、七馬との狩気能の共有だ」

「狩気能の、共有……」


 偶谷家は代々、反鏡化という狩気能を持っている。一見他人の狩気能を跳ね返すだけのその能力は、退妖獣使の登場で四半妖獣の数が激減したことに危機感を覚えたアヤカシの本能が生み出した、自滅のための奥の手だ。妖獣たちがその狩気能で滅んだ時、その魔の手は人間にも及ぶ。そうして全員を死に追いやって最後に自分だけが残った時、すべての記憶を失って世界がリセットされる。


 お父さんの説明は、なるべく退妖獣使と四半妖獣の確執を避けるようにして生きてきた私には、とても理解の追いつかない話でした。でも、この狩気能が他人に迷惑をかける、危険なものだということは、十分私にも伝わりました。


「これまではリセットされるたびに、この狩気能に関する記録も消えていた。だからリセットを防げないまま、歴史を繰り返していた。だが、何年か前にこの狩気能の対処法を記録したものが残っていることを知った。その時点で七馬を助けられると判断して、植川くんたちに頼み込んだんだ」

「植川さん……」


 私の近くにいた植川さんがお父さんと密接に関わっていたということを知って、私は驚きを隠せませんでした。


「……心乃。七馬の行方を、知らないか。植川くんたちがこの近辺にいるということは、突き止めてくれた。だがその先は分かっていない」

「……友達で、兄さんを保護してる人がいるの。連絡は、できると思う」

「助かった。……心乃にまで反鏡化の影響が出ているのは、すでに七馬が自分で狩気能の制御ができなくなっている証拠なんだ。時は一刻を争う。これを」


 お父さんは私に、手のひらほどのサイズのメモ用紙を手渡しました。そこには住所が書かれていました。


「このホテルの五〇四号室にいる。引き続き周辺を探すが、すぐにここに向かってくれと、伝えて欲しいんだ」

「……分かった」


 そう言うとお父さんは時間が惜しいとばかりに、急いだ様子で病室を出て行きました。私もそれを見届けるなり、もう一度花宮さんに電話をかけました。


「……しおりん? どうしたの?」

「兄さんは?」


 以前私は、花宮さん本人の口から兄さんの話を聞いていました。いろいろ事情があって、今は花宮さんの家に居候しているという話でした。


「偶谷くん……それが、行方が分からなくて」

「え……?」

「偶谷くんもあちこちケガしてて、わたしたちと同じ病院に入院したんだよね。ケガ自体は軽くて、わたしより先に退院したんだけど、帰ってきたのを見てないって。わたしも退院してから探したんだけど、見つかってないの」

「そんな……」


 すぐに警察にも捜索願を出したものの、有力な情報は全く来ていないということでした。

 私はひとまずお父さんの居場所だけ教えて、見つかったら行って欲しい、と伝えるように花宮さんに言いました。


「うん、そうする。どこで何してるのか分からないのが、すごく不安なんだけど……」

「ごめんなさい、私まだ退院できそうになくて」

「分かってる。しおりんが気にしすぎることはないよ」


 それで通話は切れました。気にしすぎる必要はないと言われたものの、私の心の中には不穏な風が吹いていました。誰であっても、何日もいなくなったままどこに行ったかさえ分からないなんて、普通のことではありません。やっぱり自分の中では心配しているのかもしれません。

 私はひとまず朝ごはんの時間だから、と病室の扉を開けることで起きているのを示そうとしました。すると少しタイミングが遅かったのか、私が扉に触れるよりも先に扉が開きました。


「すみません、反応が遅くなっちゃって……」


 私は特に前を見ることもなく、そう返事しました。しかしそれに対する返答は返ってきませんでした。どういうことかと思いつつ前を向いてようやく、私は目の前で起きている重要なことに気付きました。


「……よかった。ここだったのか、入院してるとこって」

「兄、さん……?」


 それは偶谷七馬、まぎれもない、私のお兄さんでした。お父さんと入れ違うようにして、探している兄さんが来たのです。

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