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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
八幕 翠条 真織(すいじょう しおり)- II
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VIII-01.尻尾の出る妖獣

「……っ!」


 また、変な目の覚め方をしました。ここ最近ずっと、そうやって気分のよくないまま目が覚めていました。


「お水を……」


 もしも悪い夢を見て起きたなら、まずは水を飲んで落ち着きなさい。


 それは一人暮らしを始める前、私とみのりを引き取ってくれたおじさん、おばさんに教えてもらったことでした。悪い夢というのは起きてしばらくしても頭の中に残っているもののですが、起きてからまずは何も考えずにコップ一杯の水を飲めば、飲み干す頃にはドキドキも収まって、冷静になれるということでした。

 実際のっそりと起き上がって蛇口をひねり、出てきた水を飲むと、少し気分の悪さもマシになった気がしました。


「翠条さん、起きましたか?」


 ほっとしたのも束の間、ノックと同時にに看護師のお姉さんが入ってきました。私は引っ込みかけていたタヌキの尻尾を慌てて空いていた右手で後ろに隠しつつ、返事をしました。

 私は再び、入院していました。ついこの間、家にいる時に左目が突然痛くなって倒れてしまい、数日間入院することになってしまったのですが、退院できたと思ったら同じ症状で病院に逆戻りしてしまいました。担当のお医者さんに妖獣に理解のある方を選んだので、その方面の検査もしてもらったのですが、異常は全くありませんでした。体調を崩すような生活をしていた覚えもないので、結局理由は分からないままでした。


「だ、大丈夫です。ちょっと、早起きしてしまって」

「そうですか、もう少し寝ていても大丈夫ですよ?」

「いえ、二度寝は苦手なので」


 朝ごはんまではまだ時間があったので、私はベッドに腰掛けて、窓の外の景色を見ました。また入院生活か、と気分が沈んだ私を根拠もなく励ましてくれそうなほど、明るい青空でした。


「原因が、分かるといいんですけどね」


 私の気持ちを察したかのように、看護師さんが話しかけてくれました。

 本当なら看護師さんやお医者さんがそんなことを口にするなんて、おかしな話なのかもしれません。でも、いろんな検査をして何も異常がない以上、そう言っても仕方ない、と私は思いました。


「あら、その尻尾。かわいいですね」

「あ……」


 油断した隙にまだ私の後ろでぴょこぴょこ、所在なさげに揺れていたタヌキの尻尾を見られてしまいました。


「もっとためらいなく見せてくれても、いいんですよ?」


 そう言うと看護師さんもにこにこしつつ、ふわっ、とテン(・・)の尻尾を出してみせました。

 妖獣はアヤカシの血を継いでいるとはいえ、尻尾まで出るほど影響を受けている人は、現代では珍しい話です。その中でも、テンは非常に稀な血と言えます。


「ここでそんなことしたら……」

「ここ個室だし、誰も入ってこないでしょ」


 この看護師さんは、『尻尾を出せてしまう』特殊な体質ということで迫害されて、安心して暮らせる場所を転々とするうち、何とか今の病院で看護師として働けることになったそうです。私が迫害されていた理由はどっちかというとそれではないのですが、同じような境遇ということでいろいろお話をしました。


「翠条さんが尻尾を出せるって聞いて、安心した。ずっと怖がられて、育ってきたから」

「私も出したくて出してるわけじゃないですよ」


 昔は暗い性格だったという話ですが、今の彼女からはそんな雰囲気をまるで感じません。境遇が変わると、性格もがらっと変わるんだということを、改めて知りました。


「ちょっともさもさしない?」

「え、今ですか」

「今しかないって。もうすぐ朝ごはん運ばなきゃいけないし」


 看護師さんからの『もさもさ』の要求。私が彼女に近付いて、やっぱり引っ込みそうにない尻尾を見せると、彼女も同じようにして、私と背中をくっつけました。


「……そういえば」

「なに?」

東雲(しののめ)さんって、別にご存知ないですよね」

「またそれ?」


 私のアルバイト先の東雲さん。すぐに遼賀さんや私とスキンシップしたがる東雲さんとこの看護師さんの雰囲気が何となく似ている気がして、私は前に入院した時にもそう聞いていました。


「その東雲さんって人は、人間?」

「そのはずです。私が妖獣だってことも知ってますし、もし妖獣なら言ってくると思います」

「知らないけどなあ。見かけも似てる感じ?」


 彼女がすりすり、とお尻やその少し上あたりを私の背中にすりよせてきます。私もこんなことしていていいのだろうか、と心の中では少し思いつつ、尻尾で軽く彼女の背中をなでました。


「ひゃん!」

「……やめてください、なんか私が変なことしてるみたいじゃないですか」

「いや、つい……」


 彼女いわく、この『もさもさ』と呼ぶ行為をすると、なんだか落ち着くらしいのです。今の声が果たして落ち着いていると呼ぶのかどうか怪しいところですが、私もよく自分の手でご飯を作っている時に落ち着いているなあ、と感じるので、お互い様なのかもしれません。


「それで、本当に東雲さんって、ご存知ないですか?」

「うん、知らない。でも私に似てるなら、むしろ一度見てみたいかも」

「ドッペルゲンガーとかだったりして」

「やめて!」


 彼女は怪談が大の苦手だという話も聞いていました。私は少しいたずらするつもりで、そう言ってみました。


「もう、なんでそんなこと言うの……」

「あ……ごめんなさい」


 まさかそう言っただけで涙目になられるとまでは思わず、私は素直に謝りました。


「翠条さんだけ、朝ごはん減らしちゃおうかな」

「……それ、ずるくないですか」

「ずるくないずるくない。これは看護師権限です」

「えー……」


 なーんてね、冗談冗談、と言いつつ、彼女はあっという間に尻尾を引っ込めて、じゃね、と言い残して別の病室に向かいました。朝に採血が必要な患者さんもいて、本当はその人たちのために病室を回っていたのです。むしろ、私の病室に立ち寄ったのはついでの意味合いが大きいです。


「結構話しちゃったし……そろそろ朝ごはんの時間かな」


 時間を見ようと、私がベッドのそばにあるスマホを手に取ろうとした、その時でした。まるでそのタイミングを待っていたかのように、電話が鳴りました。相手は花宮さんでした。


「……はい?」

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