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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
七幕 偶谷 七馬(たまや ななま)- III
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VII-03.狂気と恐怖

「……覆面の四半妖獣の死亡を確認。同伴している未確認の四半妖獣の処理にあたります」


 無情な声が、俺の耳に届いた。


 高原を殺した。

 高原を殺した退妖獣使が。

 高原を殺すだけに、飽き足らないというのか。

 高原が人間を喰わない四半妖獣だと認識さえしないまま、殺したのに。

 高原が他とは違う四半妖獣だということが分かっていれば、話し合う余地もあったかもしれないのに。

 高原を殺せさえすれば、話し合いなど必要ないというのか。



「……許さねえ」


 気が狂いそうなほどの激しい感情が、俺を一瞬で支配した。いや、もう気が狂っているのかもしれない。気が狂っている状態で、自分がそうだと認識することなどできないはずだ。恐ろしい勢いで俺の中に沸き上がる怒りを、俺はそのまま目の前の退妖獣使たちにぶつけるしかなかった。


「狩気が上がっている……警戒しろ!」


 その群れのうちの一人が、慌ててそう叫ぶ。しかしそのタイミングは、あまりにも遅かった。


「あえいおjgひgじrgsふぇあ」


 その男は意味をなさない文字列を口から発して、泡を吹くと同時にぱったりと仰向けに倒れた。そのままどす黒い粒子となって、遺体をひとかけらも残さず消え去った。


「に……逃げろ!! 撤退だ!」


 一番近くで見ていた別の退妖獣使が、腰を抜かしながら恐怖にまみれた声で叫んだ。それを合図に、バタバタと逃げる足音が聞こえる。俺が怒りの矛先を次に向けたのは、腰を抜かしてしまった奴や、逃げる途中でぬかるんだ地面に足を取られ、転んで動けなくなった奴だった。俺が近付いて首根っこを掴む間もなく、夜に吹く冷たい風に流され、(ちり)となって消えた。いや、首を掴む前に、一瞬だけもがき苦しんだ男の姿は、きれいさっぱりなくなっていた。


「てめえ! どういう能力で……!!」


 悔しまぎれに叫ぶ退妖獣使も関係ない。口をあんぐり開けたまま、さらさらと消えてゆく。そこに「死」という概念はないに等しかった。あるとすれば、それは「消滅」。


「お前らが……! お前らが、高原を殺した! お前らさえいなければ……!!」


 俺の狩気能が退妖獣使たちを消滅に追い込んでいることは、辛うじて理解していた。それほど必死で、ものを考える余裕もなかった。

 俺が追いついた退妖獣使から順に消えてゆき、すぐ後ろを逃げる退妖獣使が消えたのを見た別の退妖獣使が腰を抜かして、そのまま餌食になる。それを繰り返すうち、俺と高原を囲んでいたはずの十何人もの退妖獣使たちは、残り一人だけになっていた。


「たっ……頼む……ころ、こ、殺さないでくれ!!」

「高原をああやって複数で囲んで殺して……いざとなったら命乞いか」

「ひ、ひっ……!」


 退妖獣使の醜さをまざまざと見せつけられた気がした。それが、俺の怒りにいっそう油を注ぎ込んだ。


「……俺が一番許せねえのは、お前だ」


 倒れ込んで絶望的な目をするその男の首筋を、俺は掴んだ。力をいれる間もなく、砂が流れるようにして、その男も消えた。殺したという実感さえ、なかった。



「……!」


 そうやって十何人もの退妖獣使たちを殺してしまってから、俺はようやく我に返った。

 俺は妙に落ち着いた頭で、自分がしてしまったことを一つ一つ理解して、飲み込んだ。


「俺は……」


 俺が一瞬にして、ただの一般人から殺人鬼になってしまった事実を完全に受け入れることはできなかった。自分がやったのに、どこか他人事のように、見つめてしまっていた。


「どうして、こんなことを」


 高原を目の前で殺されたことを、どうしても許せなかった。だが、退妖獣使たちを殺すつもりはなかった。いや、今は(・・)そう思うだけで、さっきまでの自分はそうでなかったのかもしれない。自分が何をしたかったのか、自分でも分からなくなっていた。


「……ここを、出ないと」


 俺は特にどこへ行くともなく、さまようように歩き始めた。ここにいては自分さえも死んでしまうだけだと、気付いたのだ。しかし五分も歩かないうちに、俺を呼ぶ別の声が聞こえた。


「偶谷くん……!」

「花宮……?」


 こちらに向かってまっすぐに走ってきたのは、花宮だった。こんな四方八方を木々に囲まれて、方角はおろか自分が来た道さえすぐに分からなくなってしまうような場所を、一切迷うことなく進んできていた。


「ごめん、偶谷くん……ケガはない?」

「少しだけなら。けど、大丈夫だ」


 そうやって俺に聞く花宮も、ところどころ傷を負っていた。


「……帰ろっか。みんな、待ってるよ」



* * *



 暗く、うっそうとした感情が迫る。

 目の前いっぱいに広がる明るい光景、談笑する人や活発な町並みを押しつぶすような闇。

 その闇はチクチクと心を針のようなもので刺す。最初は何も感じなくても、その痛みはやがて、無視できないほどに膨れ上がる。


 明るいものを取り入れていた視界が、ぐらりと歪む。


「ああ……あああ……っ」


 俺を呼ぶ声が聞こえる。きっと頭の中から金属をこすり合わせたように叫んでくる声に耐えられなくなって、頭を抱え倒れこんでしまった俺に対するものだろう。だがそれに返事する余裕はなかった。そして、ぶつん、と髪を切るように、意識が切断された。



「……くん」


 どれくらい経ったのだろうか。それからすぐだったのかもしれないし、長い時間がそこにあったのかもしれない。


「偶谷、くん……」


 もう一度、俺を呼ぶ声が聞こえた。


「……っ」

「偶谷くん……」


 さっきまでの苦しみはすっかりどこかへ消えていた。その証拠に、俺は難なく目を開けて、周りの様子を見渡すことができた。しかし俺が目の前に広がる光景を目にした時、あまりの景色に俺は震え上がるしかなかった。


「そ、んな……」


 もう日が暮れてからそれなりの時間が経っていたのに、街灯はところどころに灯って明るかった。行き交う人もまだまだたくさんいた。

 それなのに、今俺の目の前に広がるのは、暗くてどうしようもない景色だった。街灯は熱で融けたようにぐにゃりと歪んで地面に伏せって、人影は俺と花宮のもの以外、一切なくなっていた。

 さっきまで楽しそうに行き交っていた人たちが突然こうもいなくなるはずはない。いなくなるにしても、また別の人がいないのはおかしい。妙に冷静になった頭でそう考えた俺の頭を、恐怖が支配した。

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