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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
七幕 偶谷 七馬(たまや ななま)- III
75/80

VII-02.約束

「高原! どうしてこんな……!」

「……草壁だ」


 俺は涙が出そうになるのを必死でこらえ、無我夢中の思いで足を動かしながら、高原にそう尋ねた。返ってきたのは、遼賀の先輩にあたる退妖獣使の名前だった。


「……おそらく俺が狙撃して、遼賀と花宮が墜落していったのは見えたんだろう。非常事態と判断した草壁が、付近にいた退妖獣使全員を俺の方へ向かわせた。何かの仕掛けで俺を探知できるような狩気能を持った奴がいても、おかしくない」

「そんな……」

「この森は狩気能の探知が一切効かないはずなんだが、な……あるいは、自力で探し出したのかもしれない」


 森に生い茂る木々の中を抜けるといっても、限度がある。俺を邪魔するように地面から直接生える草が俺の足を絡みとってきた。何度も転びそうになったし、そのうち何回かは本当に転んだ。俺の逃げたあとをしつこく追ってきた退妖獣使に背後から斬りつけられ、背中が恐ろしいほど熱くなるのを感じた。


「ぐ……!」


 高原を直接狙うよりも先に、おぶっている俺を弱らせた上でじっくりとなぶり殺す。俺からすれば、それは卑劣極まりない話だった。話せば分かるかもしれない。だが、話を聞いてくれるかどうかも分からないし、そもそも理解してもらえるような話でもないのかもしれない。


「俺のことはいい……もともとここで死ぬつもりだったんだよ。さっきも言っただろ、これはお前を助けきれなかったことへの償いだって。責任とるとか、そういうかっこつけた言葉使って、悪かったな……けど、これは義務なんだよ。虎野を殺したあの日から、俺は今度は罪悪感に支配されるようになった……これ以上、答えの見えないことで頭を抱えるのは耐えられない。今ここで素直に死んでおけば、俺はその負の連鎖から解放される」

「……それでいいのか」


 そう言われても、俺が返すべき言葉は決まっていた。


「今お前が死んだって、その苦しみから解放されたりはしない。……確かに責任、はとれるかもしれない。けど、償いはできない。勝手に死ぬのが償いだなんて、俺にはとても思えない」


 どんなに傷つこうと。口から血を流すほどに出血して、意識もなくなりかけてふらついても。俺は高原の足を掴む手の力だけは、絶対に緩めまいと決めた。だんだん降った雨がたまってぬかるんできた地面を踏み損なって、足をひねるようにして転んでしまった。


「……やられて、たまるかよ」


 高原にもはや、自力で起き上がるだけの力は残っていないらしかった。俺は力の入らない腕に(むち)打って、再び高原を背負った。


「観念しろ四半妖獣!」


 その間にも退妖獣使たちは迫ってきていた。


「どけえええええええ……っ!!」


 俺は渾身の力を込めて叫ぶ。一瞬退妖獣使たちが怯んだ隙に逃げる。それでもすかさず追っ手が来て、俺たちを何度でも囲んだ。


「行け!」


 俺ではない。高原に向かって、追い打ちのように何本も矢が飛んだ。唐突に飛んできた旧世代的な攻撃に、俺はほんの少しだけ、意識を持っていかれてしまった。


「が……っ、あああ……っっ」


 一切の迷いなく、矢は全て高原の背中を貫いた。ついに高原から俺の背中に乗っかるだけの体力さえ奪われて、ずるり、と高原が地面に滑り落ちた。


「高原!! しっかりしろ……!」

「土台無理な……話、だっただろ? お前はさ……肝心な時に無茶、するんだよ……」


 こぽ……と小さな音を立てて、高原の口から血が漏れる。


「苦しい死に方……させてくれるじゃねえか……」

「おい高原! 死ぬとか言うなよ……お前が死んだら、俺はどうすれば……!」

「……親父さんに、会いに行け」

「親父……」


 高原はふっ、と自嘲に似た笑みを浮かべた。何もかも達観しているような、そんな目だった。


「親父さんはきっと、お前を救える方法を知ってる……お前が暴走する前に、みんなも、お前も死ななくて済む方法をな。俺たちはお前を救えなかった……やっぱりその後悔は、消えやしねえんだよ」


 高原の体から、力が抜ける。それは高原の意識がすでになくなりかけているという、何よりのサインだった。


「分かった……ああやって普段は何食わぬ顔しておいて、俺のことを一番よく思っててくれてたってことに気付いた……! 気付くのが遅すぎたことくらい分かってる! けど……お前が今ここで死んだら、俺はどうすれば……!」

「お前は、そんなに弱い奴かよ」

「……っ!」


 その声はすでに、弱々しくなっていた。やっとのことで絞り出したようなか細さで、高原は言った。


「俺はもうどうしようもねえなんて、一言も言ってない……お前が親父さんと向き合えば、まだ希望はある。確かにそれが、最後の可能性かもしれねえ……お前を捨てた、って認識してる親父さんと会うのが受け付けない、って言うだろうことも分かってる。けどそうやってお前が動かなかったら、可能性はゼロになる。俺は、お前がそうなることは望んでない」


 声がだんだん消えゆく。高原が血に染まった歯を見せて、ほんの少しだけ笑ったように見えた。


「お願いだ……親父さんに、会ってくれないか」

「……分かった」


 高原にそうまでして言われて、断ることなど俺にはできなかった。父親との確執がどうの、と言っていられないこともよく分かっていた。だからこそ俺は、高原の耳にしっかりと届くような声で答えた。


「……そうか。……よかった」


 高原の体から完全に力が抜けた。目を閉じて、それまでとは打って変わった安らかな笑顔になった高原の呼吸は、ゆっくりに感じられた時間の流れの中で止まっていった。

 その首筋に手を当てて、嘘のようにぬくもりが消えていくのを、俺は感じた。


「あ……ああ……」


 その揺るぎようのない、後戻りしようのない事実を、追って俺の体が受け入れた。


「あああああ…………っ」


 俺のほとんどを覆い尽くした絶望のように、黒く染まった俺の目が水をこぼすまで、数瞬もなかった。

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