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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
七幕 偶谷 七馬(たまや ななま)- III
74/80

VII-01.その覆面が、剥がれる時

 どこまでも、深い奈落の底に落ちていく感覚だった。意識がはっきりするにつれてどんどん深く沈んでいく、不思議な感覚だった。


「はっ……!」


 俺はそこで目が覚めた。しかし目を開けても、目の前が真っ暗なのに変わりはなかった。見渡すとどうやら俺は、深い森の中の木にもたれかかっているらしい、と分かった。どうしてこうなったのか、記憶を探って思い出す。


「あの後、覆面の四半妖獣に」


 俺は嬉しかった。俺には狩気能がないと言われていたのに、結局どんな形であれ、狩気能があったことが分かったのだ。人とは違うことがあると違和感を覚えてしまうあたり、日本人らしいのかもしれない。

 その狩気能を遼賀たちに見せた後、突然覆面の四半妖獣が現れて、俺を連れ去っていった。奴のつかむ力はかなり強く、身動きらしい身動きがまともにとれなかったのは覚えている。その時に、何らかの方法で俺は眠らされたのだろう。少し鈍い痛みが腹に残っていることからすると、殴られたのかもしれない。


「……いないな」


 さらに少し歩いてみて、どうやら近くには覆面の四半妖獣がいないらしい、ということを知った。それならば、あとはここから脱出するだけだ。


「ここは、どこだ……?」


 ただ、今自分がどこにいるのかは分からなかった。それはどうしようもないとも言えたが、それは諦めていることに他ならない、と感じた。

 幸い俺が寝かされていたのは森を突き抜けるらしい一本道だったので、ズボンのポケットに突っ込んでいた懐中電灯を手に、俺はその道を進み始めた。


「……無理か」


 スマホが圏外で使い物にならないことも確認した。十数分歩いたが、いっこうに森を抜けそうな気配はなかった。もう少し進んでみるか、それとも道を引き返すかと迷い始めた、その時だった。


「これは……?」


 その道に何か落ちているのを見つけた。近付いて拾ってみて、俺はすぐに気付いた。真っ二つに割れていたが、あの覆面の四半妖獣の被っているお面だった。他にそうそうないようなデザインで、他の人が落としていったものとは考えにくかった。


「この先に、いるのか」


 鮮やかに割られていたそのお面を見る限り、斬撃を受けたので間違いなさそうだった。遼賀がやったのか。

 俺はお面を拾い上げたタイミングで示し合わせたように降り始めた雨に構わず、道をそのまま走った。


「あれは……人か」


 いくらか走ると、黒い影が見えた。倒れ込んだ人で間違いなさそうだった。俺は駆け寄って、その人物の顔を見た。黒装束を着たその男の顔が、懐中電灯の明かりに照らされる。


「偶、……谷」

「お前……!!」


 幼い頃から、俺が唯一の友達として認識していた男。ふざけた奴だと思いながらも、何だかんだ信頼できた男。俺よりも親しみやすくて、ずっと交友関係も広かった、頼りになる存在。


「バレちまったか……ま、しゃあねえ、よな」


 高原文也(たかはら・ふみや)。普段はひょうひょうとした顔をした高原が、血まみれの状態でそこに倒れていた。




「高原……」

「いつから、気付いてた……って、お前のことだから、今の今だよな」


 覆面の四半妖獣の正体を探る気は、最初から俺にはなかった。俺を裏切った虎野を、目の前で殺した奴だ。すぐに敵視はできなかった。


「遼賀に……遼賀に、やられたのか」

「ああ。よく知ってるな」

「よく知ってるなじゃねえ……なんで正体を明かさなかったんだよ……! このお面を剥がしてたら、高原だって俺が分かったのに……!」

「償いだよ」

「償い……?」


 口端から血を垂らした状態で、高原は言った。


「前に言っただろ……俺たちは全員虎野に操られて、お前を殺すように仕向けられてた……ってな。俺も鷹取も、植川もだ。鷹取は元々人を喰う方で、たまたまお前を知らなかっただけの完全な被害者、だけどな……」

「……植川さんが?」

「俺も植川も、人なんて喰わない四半妖獣だ。お前と一緒なんだよ。……けど、お前の親父さんがお前を捨ててからしばらくして、呼び戻してくれって言い出した」

「父さんが、俺を?」


 父親が生きているということ自体、俺には驚きだった。俺が施設に入れられたということはつまり、両親と死に別れたのだとばかり思っていた。


「そうだ。俺も植川も、勝手な話だと思ったさ。面倒見切れずに捨てた息子を、今さら取り戻したいなんてな。けど、お前の狩気能が問題だった」

「反鏡化、か」

「お前はその狩気能の恐ろしさを、分かってない。……お前の狩気能が本領を発揮するのは、四半妖獣が滅んでからだ」


 四半妖獣が滅んでからというのは、どういうことか。退妖獣使の役目が終わった、目指すべき未来ではないのか。


「お前の狩気能は、“能力”を持つ全ての人間を消滅させる……妖獣だけじゃねえ。普通の人間でさえ対象になる。“呼吸すること”を能力と、認識してな……」

「人間も、対象になる?」

「そうだ。その先に待つのは、お前以外誰もいない世界だ。それから、四半妖獣の数がリセットされる。人間とのある一定の比率で、全ての記憶が消去された状態で元に戻る。ただ、お前に関わった奴は死んだまま、戻って来ない」


 理解するのに、時間がかかった。いや、どれほど時間をかけようと、とても完全には理解できない。理解できる範疇(はんちゅう)を、あまりにも超えていた。話のスケールが大きすぎた。


「そもそも退妖獣使の登場自体が、アヤカシにとっては想定外だった。だから“リセット”することで、四半妖獣の数が減るのに対応しようとした。……その結果生まれたのが、お前の狩気能だ。人間が滅ぶか、退妖獣使の存在自体がなくならない限り、お前が現れて、同じことを繰り返す。お前の親父さんが、そのことに気付いたんだ」

「俺が……みんなを、死なせる?」


 俺に関わった人。高原や遼賀、花宮、翠条だけじゃない。俺の面倒を見てくれた全ての人が、いなくなってしまう。それはあまりにも非現実的で、とても想定したくない話だった。


「そうだ……でも親父さんは同時に、お前を助けられる方法も考えた。周りの奴らが死なずに、お前も無事でいる方法がな。だから親父さんは面識のあった俺たちを使って、お前を呼び戻そうとした」

「じゃあ、植川さんは」

「植川は何も悪くない。俺たちにとってただ一つ、想定外だったのは、虎野が出てきたことだ」


 虎野の父親である佳和(よしかず)は、かなり名の知れた退妖獣使だった。しかし二年前に亡くなって以降は、娘の方がその仕事を継いだ。そう聞いていた。


「お前の親父さんは俺と植川にこのことを話すと同時に、何人かの退妖獣使にも協力を呼びかけた。そのうちの一人が、佳和さんだった。佳和さんはこのことに協力的だったけど、その中で娘が四半妖獣だということに気付いてしまった。勘付かれた虎野は実の父親を喰って、その死を隠した」


 それから俺を連れ戻す計画に、死んだ父親の代わりとして参加した。しかし俺が人間を喰わないことを知った時、虎野の中で俺を殺す計画に変わった。手始めに虎野は高原たちを洗脳して、全員が俺を狙うように仕向けた。


「……どうして、虎野は俺が邪魔だったんだよ」

「分からない。虎野を始末した、今となってはな……けど、虎野に理由を求めるのは無意味かもしれない。あいつは気分で人を殺すような奴だ、理由なんてないかもしれない」


 虎野を始末したことで、ようやく全員の洗脳が解けた。それでも、植川さんが一度でも俺を殺したこと、高原が全てを知っていながら俺を助けようとしなかったことは変わらない。だから高原が責任をとって、今回のことが起きるように−−”覆面の四半妖獣”の行方を追って、遼賀が高原を討伐するように、計画したのだ。そういう意味のことを、高原は言った。


「……誰が、許さねえって言ったんだよ」

「……」

「俺が気付かないように後をつけておいて、それで失敗したから勝手に責任とって、死ぬっていうのかよ。俺はそうやって責任が取れたと思ってるお前の方が、許せねえ」

「……!」

「今の話だって、俺はだいたい理解したつもりだ。俺の狩気能が危険だってことも、ようやく分かった。けど今までの話で、お前が死ななきゃいけねえ理由はどこにもなかったはずだ。少なくとも俺は、そう思う」


 俺は立ち上がる。それからぐったりと倒れ込んでいる高原を起こして、慎重におぶった。


「お前のことは俺が説明する……お前は何も悪くない。そうだろ」

「……いいのか」

「ああ」


 俺は高原を背負ったまま、道を歩きだした。どう行けばこの深い森から出られるのかは分からない。でもこの道をひたすら行けば大丈夫だ、という自信があった。


「その傷じゃ苦しかっただろ……もうあんまり、しゃべるなよ」


 俺は高原にそう釘を刺して、少し足を速めた。



 そうやって進みだした俺たちの耳に、つんざくような甲高い音が聞こえた。それと同時に、野太い声が響いて、俺たちがまばゆい光で照らされる。


「見つけたぞ! 覆面の四半妖獣だ!」


 それを合図にぞろぞろと、白装束の男たちが姿を現した。


「あの遼賀と相討ちになった奴だ、用心しろよ」

「久しぶりのデカい案件だ、こりゃ賞金も跳ねるぜ」


 俺の本能が、これ以上ない危機を察した。俺はとっさに脇の茂みへ逃げ込む。高原を背負ったまま、ただひたすら、逃げることだけを考えた。逃げることしか、考えられなかった。

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