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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
六幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)-II
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VI-13.妖獣の世界

「それは俺が自分から動いているわけではないからだ。俺は偶谷の連行を、偶谷の父親の指示で行っている」


 偶谷くんを連行しろという命令も。退妖獣使のもとから引き剥がせという命令も。全て実の父親が噛んでいる。私はそのことに驚きを隠せず、呆然として覆面の四半妖獣を見た。


「嘘だと思うなら植川に聞いてみるといい。きっと植川も、俺と同じことを言うだろう」

「植川……!?」

「今頃は目を覚ました花宮が、植川と対峙していることだろう。植川は全ての植物と意思疎通ができる、森の四半妖獣だ。俺がこの森にいるよう命じた」


 私は傷をかばいながら精一杯の力を込めて、覆面の四半妖獣を斬り伏せようとする。それをいとも簡単に受け止めて、脇に流した後すぐさま切り返された。傷が増えたのを体で感じた。


「いっ……!!」

「なぜお前は俺と戦おうとする? お前の頭でなら、俺に勝てる見込みがないことなどとっくに分かっているはずだ」

「それでも……私の力が及ばないのだとしても、偶谷くんを渡すことは、阻止しないといけない」

「これはお前たちのためを思ってのことでもある……奴の近くにいること自体が、危険を伴う。そもそもお前たちが何も考えず虎野の調査などに偶谷を同伴させ、狩気能を覚醒させたこと自体に問題がある。あの狩気能が発現していなければ、まだ救いはあった」


 経験から学んでいないわけではない。あの青い目が危険なことと、翠条さんも同じ青い目を発現させたことからあれが狩気能であるということも分かっている。


「救い……」

「あの狩気能の本当の恐ろしさは、四半妖獣の数が少なくなった時に初めて明らかになる……今はまだ、そのほんの一部を示しているにすぎない」

「どういうこと」

「本来は四半妖獣、あるいは退妖獣使が命を落とせば、その後には遺体が残る。その人物が死んだということを示す、確固たる証拠だ」


 覆面の四半妖獣の言うことは正しかった。討伐した遺体の数はそのまま、退妖獣使の強さの指標になる。信用性があることの何よりの証拠だ。


「……だがあの狩気能は違う。特殊な狩気能の持ち主でない限り、あの反鏡化によって命を落とせば、その遺体は即座に消滅する。遺体を一切残さないことは、四半妖獣と退妖獣使の数のバランスを不規則に崩すことにつながる」


 私にはその言葉の意味が分かりかねた。四半妖獣を討伐するのが退妖獣使の役目のはずだ。死に方がどうであれ、四半妖獣の数が減ることは人間にとって利益になるはずなのだ。


「四半妖獣の数は減れば減るほどいい。退妖獣使のお前であれば、そう考えるはずだ。しかし太古の昔にアヤカシが、何も考えずに人間に憑依したと、お前は本気で考えているのか?」

「……何も考えてないはずはない。けれど、人間の生態を見て興味がわいたから、って記録が」

「それはただの前提条件にすぎない」

「……!!」

「あの平安時代の段階で、すでに人間は地球上で最も栄えている種族であると言えた。数が増え過ぎればいずれは自分たちの首を絞めることになる。その前に、人間の数を調整(・・)することが必要だった」


 かつて恐竜が地球上を支配していた時代があった。しかしその時代が末長く続くわけもなく、恐竜はもれなく滅びて今に至る。同じ道を人間が歩かないように、アヤカシが調整していたというのか。


「退妖獣使が現れる明治時代まで、人口の増加率は芳しくなかった。それは栄養事情がよくなかったこともあるだろうが、アヤカシの仕組んだことであるのは間違いない。それが退妖獣使の登場によって、四半妖獣の数が目に見えて減り始めた。今も妖獣の血に宿るアヤカシが、この事態を看過すると思うか?」


 尋ねていながらも私に答えを求めているわけではないらしく、覆面の四半妖獣はそのまま話を続けようとした。しかし私と覆面の四半妖獣しかいないその空間に、別の声が響いた。


「かおるん!」

「香凛……!」


 はぐれたはずの香凛が、私に駆け寄って来た。私と同じく落ちた衝撃か、いくらか傷はあったが、決してぐったりした様子ではなかった。


「お待たせ……!」


 私に触れる前に香凛はその体を翼へと変えた。私の背中に走る、ちくっとするような、ぞわっとするような感覚。それに懐かしささえ感じた。


「耳は任せた」

「分かってる。思う存分、戦ってくれていいよ」


 視覚以外の四感を香凛に任せられるのは、揺るがない信頼がそこにあるからこそ。私はゆっくりとうなずいて、飛び上がった。


「……くそっ!」


 覆面の四半妖獣も後を追うように上空へと飛び上がる。にらみ合う場は空の上へと変わったが、今度は普段から香凛とともに飛び慣れている私の方が、有利に動けることが明らかになった。さっきまで直前で受け止めるしかなかった覆面の四半妖獣の猛攻を、読んだ上でかわすことができた。急に攻撃が当たらなくなったことに焦って刀が乱れ、さらにかわしやすくなる。


「四半妖獣の数が調整されている……それが事実だとしても、四半妖獣が人間を脅かすことに変わりはないわ。私がやるべきことは、変わらない……!」


 私は全力を込めて、覆面の四半妖獣を斬り裂くように短刀を振る。ようやく当たった実感がした。


「お前がその考えを変えるつもりがないならば、俺は構わない。……だが最悪の事態がいずれ訪れた時、後悔することになっても遅いぞ」

「後悔はしない。しないように、私は私が今、これからやるべきことをやる……!」


 私は狩気能を最大限に発揮して、覆面の四半妖獣の弱点を探し出した。そこに狙いを定めて、まっすぐに突っ込む。向こうも同じようにこの一撃で仕留めるとばかりに、急接近してきた。


「……っ!」


 これだけ消耗してもなお、覆面の四半妖獣の方が振りかぶる速度はわずかに速かった。間に合わないと瞬時に私は判断して、それを受け止める態勢に切り替える。それでも若干、ほんの若干向こうの方が速く、私は左肩からざくっ、と傷を受ける。体が痛みを感知する前に、私はそれ以上の傷を向こうに負わせた。


「が……っ」


 ついに覆面が斜めに真っ二つに割れる。しかしその素顔が見える前に、バランスを失って落ちていき、生い茂る木々の作る暗がりへ吸い込まれていった。


「は……あ……っ」


 その直後。私の体を耐えがたい痛みが襲って、私は気を失いかける。何とか持ちこたえるも私も同様にバランスを崩し、落ちてゆくのが分かった。


「かおるん……っ!」


 香凛の呼ぶ声も、だんだんどこか遠くのもののように聞こえ、そこから私の記憶は途絶えた。

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