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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
六幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)-II
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VI-07.早く退妖獣使になりたい

「姉ちゃん、ちょっといい?」


 じー……、と虫の鳴く声を聞いて、梅雨明けしたとテレビで言っていたことを思い出しつつ、私はのんびり学校の宿題をしていた。暑いから、ということもあって、開け放っていた部屋のドアの前から声がしたので振り向いた。何やら分厚い本を持った弟の璃浦(あきら)がいた。


「なに?」

「今忙しい?」

「別に。長くかかりそう?」

「まあ、場合によっては」


 璃浦は私より一歳歳下の、中学一年生。私が退妖獣使の仕事をしているのに憧れたのか、いろいろ熱心にその手の本を読んでいる。だが男子は体格の安定しだす高校生にならないと退妖獣使にはなれない、という決まりがあるので、退妖獣使の話をすると時々不機嫌になってしまう。そんな璃浦が、自分から私の部屋に来るのは珍しいことだった。


「これ。なんて読むの」

「それは自分で調べなさいよ」

「うっさい。辞書に載ってなかったんだよ」

「嘘つけ。これくらい載ってるでしょ」


 特に専門用語というわけでもない、高校生くらいになれば読めるようになるだろう熟語の読みを、璃浦は聞いてきた。自分で調べろと言いつつ、私は結局読み方を教えてしまった。

 璃浦が読んでいたのは、明治時代の記録を中心とした、四半妖獣と半妖獣のあつれき(・・・・)の歴史をつづった本だった。妖獣の歴史全体からすれば比較的最近の話で記録もよく残っていて、また退妖獣使、という職業が生まれた前後の話なので、とにかくいろんな人が研究していて、また本もたくさん出ている。どうやら今の璃浦は、それらを片っ端から読み漁っているらしい。


 私はそういう本を読む間もなく実際に退妖獣使になってしまって、しかもそこそこ仕事はできていると感じているので、退妖獣使になるために必ずしもそういう本を読む必要はないと思うのだが、せっかく本を読んで勉強しているのを邪魔するのは忍びないと思って、何も言わないことにしている。ただ、男性の退妖獣使と一緒に仕事をすることがたまにあるのだが、女性の退妖獣使より妖獣に関する本を多く読んでいる影響か、討伐の仕方というか、どうやれば効率的か、というところは、割と理論的になっている気がする。


「ありがと、姉ちゃん」

「で? 本題はここからでしょ」

「よく分かったな」


 実は璃浦が私の部屋に入ってきた時点で、ちょっとめんどくさいことを言ってきそうだな、という予感はしていた。入ってくる前に長くなるか、と聞いて返事があいまいになったのも、たぶんそういうことだろう。


「どういう話?」

「オレに稽古をつけてほしいんだ」

「稽古?」


 なんでもお前はなんで退妖獣使にならないんだ、とからかわれたらしい。普段から軽口を叩かれることはあるらしいが、璃浦本人がはっきりバカにされた、と感じたのは、その日の友達との会話が初めてらしかった。

 男の退妖獣使が高校生以上しかなれない、というのはあくまで暗黙の了解で、成文化されているわけではない。退妖獣使でさえ、何気なく話すとそうだったのか、と驚く人もいる。普通の人間で知っているのはまずいないと言っていい。


「……じゃあ、悔しいんだ。からかわれたから、強くなりたいって」

「オレだってバカにされたままでいたくないんだ。まだ退妖獣使になれないことなんて知ってる。分かってる。けど今から強くなるための練習くらいしてもいいだろ。だから」

「私に付き合ってくれ、ってことね」


 璃浦はよくぞ分かってくれた、とばかりにぶんぶん首を縦に振って肯定した。私は少し考えた後、手に持っていたシャーペンでびしっ、と璃浦の方を指して言った。


「いいよ。じゃあ今度のバイトの日、おじいちゃんの喫茶店で」



* * *



「いや、だからさ。なんでだよ」

「まずは基礎体力をつけないと」

「つけるとこ違うだろ!」


 翌々日。

 私は璃浦を連れて、祖父の喫茶店のバイトをしていた。事前に祖父には事情を説明して、璃浦は鴻池さんの分の制服を借りさせて手伝ってもらった。


「……ったく姉ちゃん、これでチャラにするつもりじゃねえだろうな」

「あきらくーん、パフェちょうだーい」

「姉ちゃんに言えよ!!」


 当然璃浦は不満タラタラである。璃浦が短刀の扱い方とか、そういう実戦的なことを教えてくれると期待していたのは、私も分かっている。分かった上でやらせている。それを快諾してくれた祖父と、当日知ったにも関わらずノッてくれる香凛と翠条さんには感謝だ。


「ったく、つれないなあ」

「パフェの作り方なんて知らねえよ、姉ちゃんに聞けよ」

「じゃあ作るのはかおるんでいいから、あきらくんが持ってきて」

「回りくどいわ!」


 翻弄される璃浦を見事に操る香凛。さすが私を長いことだましていただけあって、そういうのは得意なのかもしれない。ちなみに今のは別に嫌味ではない。


「璃浦」

「……なんだよ」

「お客さんに対する口の利き方。気を付けなさい」

「……分かってるよ」


 祖父が璃浦に注意した。

 これに関してはそこまでナーバスにならなくても、とは思う。もちろん口の利き方は気を付けるべきだが、香凛に対してなら正直……。


「かーおーるーんー」

「なに」

「今変なこと考えてたでしょ」

「別に。香凛なら別にいいんじゃないの、ってくらいは考えてたけど」

「それダメなやつね」


 香凛にすぐ気付かれてしまった。


「璃浦くん、お皿洗いを手伝ってくれると嬉しいです」

「……はいはい」


 私とくっついている香凛に対しては勝手知ったるという感じで、ぶっきらぼうな言い方をするが、さすがに初対面の翠条さんに同じことはできなかったらしい。翠条さんも翠条さんでお願いの仕方がやんわりしているので、璃浦も断るに断れない。


「璃浦くんは、何年生なの?」

「……オレですか。一年生です。姉ちゃんの一歳下です」

「学校は?」

「近くの普通のところに。姉ちゃんがお嬢様学校に行ってるから、お金がなくて」

「そうなんだ……」


 会話はぎこちなかったが、何だかんだで翠条さんと話している時が、一番璃浦の落ち着いた時間だった。


「どう? 璃浦くんもアルバイトしない?」

「……す」


 何やら璃浦が口ごもった。


「す?」

「そ、その、翠条さんがいるなら、いいんですけど。でもうちの中学校、バイト禁止なんで」

「分かりやすいね〜」


 ツッコんだのは香凛だ。


「うるさいな。どちみちバイトできないんなら一緒だろ。……でもまあ、高校生からなら、考えてもいいかもしれない」

「今日は薫瑠が連れてきたから、小遣い代わりに璃浦にも給料、出すぞ。ただ薫瑠、次からは勘弁してくれ。中学校からクレームが入るかもしれないから」

「分かった」


 祖父が私に言った。さすがに二度はこの手が通じなくなってしまった。ただ、バイトだけでも結構大変だということ、それを退妖獣使の仕事と両立するには、結構工夫がいることは分かってもらえたと思う。


「あとはこれだけ、かな。ありがとう、璃浦くん。助かったよ」


 翠条さんが最後のグラスを手にして、璃浦にはにかんだ。目に見えて璃浦が顔を赤くし、うつむいた。

 しばらくお客さんが来なさそうなので、翠条さんの仕事がひと段落ついたら休憩しよう、と祖父が提案した。その翠条さんもグラスを一つ洗えばいいだけだったので、すぐ終わるはずだった。


 がしゃんっ


 しかしそのたった一つの音で、店の中の空気が丸ごと凍りついた。音がした翠条さんの方を、みんなが注目した。


「いっ……!」


 翠条さんは左目を押さえてうずくまっていた。流しに落として割れてしまったグラスのことさえ、気にする余裕がないらしかった。


「この前と同じ……!」


 偶谷くんと同じような、青い目。その目を見れば自分の持つ狩気能が跳ね返されて、思うような身動きが取れなくなってしまう。せめて見ないようにと思いつつ、私は璃浦と一緒に店の奥にある和室に、翠条さんを寝かせた。


「なんだよ、何があったんだよ……っ」


 璃浦がそう言いつつ、翠条さんが手でふさぐ目を覗き込んだ。


「璃浦! ダメ……!」


 手遅れだった。璃浦は私が二度陥ったのと同じように、頭を押さえて苦しみ始めた。璃浦にも私と同じ狩気能があるから、同じような症状が出る。


「姉ちゃん……!」

「離れて!」


 私が璃浦に翠条さんから距離を置くよう指示し、璃浦がその通りにすると、ようやく璃浦が落ち着いた。


「なんだったんだよ……」


 一番状況が理解できていないのは璃浦だ。私は呆然とする翠条さんに、今日はもう上がった方がいい、と勧めた。


「……いいの?」

「そんな状態じゃ無理だろうし。今度は私が送っていくから」


 まだ立ち上がれないらしい翠条さんの代わりに、私は店の奥へ行って、翠条さんの分の荷物をまとめようとした。翠条さんからロッカーの鍵を借りて、中からかばんを取り出した。


「おっと」


 かばんのチャックが開いていて、一番上にはいっていた分厚いノートが床に落ちてしまった。拾い上げた拍子に、裏表紙に書いてあった名前が目に入る。それは翠条さんの名前ではなかった。


「これは……?」


 ありふれた苗字ではない。その漢字で読み方の名前の人がそうそういないことは、何となく分かる。まさか、と私は思って、そのノートだけしまわずに、かばんとノートを翠条さんのもとへ持って行った。


「聞かなきゃ」


 見てしまったものは仕方ない、こうなれば本当のことを知るしかない。私はそう思っていた。


『偶谷 心乃』

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