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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
六幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)-II
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VI-05.裏の思惑

 生温い風が、時々吹き込んでいた。梅雨がもうすぐ明けようか、という頃、夏真っ盛りになる手前に、こういう風が吹くのだろう。

 私は右手ではためく制服のスカートの裾を押さえつつ、目の前の人物をじっと見据えた。


「で、何? 要件は早く言ってくれないと分かんないよ」


 対して目の前の女は気だるげに、しかしこちらをしっかりと見つめ返していた。目が笑っていない、とはまさにこのことだ、と私は思っていた。


「どうして習獅野がいるの。翠条さんと何か関係が?」


 私たちがいるのは、病棟の屋上。一度呑気な声で雰囲気が和らいだ病室は、退妖獣使である私と、四半妖獣の代表である習獅野の妹、沙矢乃の対面で一瞬にして再び凍りついた。いきなり殴りかかるのは退妖獣使として恥ずべきだと考えた私は、香凛を病室に残し、とりあえず習獅野を屋上に呼んだのだ。


「何か関係が……って、そりゃ関係の一つや二つはあるけど。聞きたいの? それにそっちこそどうしてあそこにいるの?」


 質問を質問で返され、私は言葉に窮してしまった。どういう言い方をすればいいのか少し迷って、私は結局事実をそのまま言うことにした。


「翠条さんは人間を食糧にしない四半妖獣だから。香凛がそう言ってた」

「花宮がそう言ってたからって、すぐ信じるの? 嘘をついているかもしれないのに?」

「嘘……?」


 ほとんど考えたことのないような話だった。冗談ならもちろん何度かあったが、大事な話をしている時に香凛が私に嘘をついたことは、一度もなかった。


「でも、香凛には他の妖獣の性質を見破る力が」

「知ってる。花宮の家はもともと、そういう特性を持って生まれた家だしね。実際しおりさんに人間の血を差し出したことがあって、少し驚きはしたけど、飲もうとはしなかった。花宮の話は本当」

「……しおりさん?」


 そう呼べるほど、親しい仲だったのか。だとしても、どこで知り合ったのか。


「しおりさんはね、アルバイトから帰る途中に強姦常習犯に襲われそうになった。そこを姉さんが助けて事なきを得たけど、そもそもあんたが一緒に帰ってれば、そんなこと起きはしなかった」

「……!」


 あの時か、と私は思い出した。弟の璃浦(あきら)が宿題が分からない、と言っていて、教える約束をしていた。その日はあと少し残っていた後片付けを翠条さんに任せて、私は先に帰った。あの後、襲われたというのか。


「仮にも人間と敵対しない四半妖獣を人間や退妖獣使からも、同族の四半妖獣からも守ろうとしてるなら、もう少し気を付けないとね。人間を喰う、あたしたちみたいな普通の(・・・)四半妖獣に保護されてるようじゃ、あんたがいる意味はないよ」

「……どうして保護したの」


 習獅野家は四半妖獣の中でも最強、今でも積極的に人間を襲っている、という話だ。それでも退妖獣使が踏み込めないのは、その強さが大きな原因だ。権力の意味でも、戦闘力の意味でも。どんな意味で手を出そうと、どこかしらの方面から恨みを買われる。退妖獣使の仕事を賞金稼ぎとしか見ていないような底辺の退妖獣使は権力を恐れて、別に後回しでもいいような弱い四半妖獣ばかり討伐してお金を稼ぐ。そうではない、仕事に対して真面目で強い退妖獣使の方は、単純に強すぎて歯が立たない。退妖獣使が時代の経過とともに弱体化していったのも手伝って、もはや互角に戦える退妖獣使はいないとまで言われている。退妖獣使の由緒正しい家に生まれた、と言われる私でさえも、近くにいることまで分かっているのに、討伐できない。


「どうして保護した、って。保護しちゃいけない理由が?」

「あなたたちからすれば、人間を食糧にしない四半妖獣なんて、邪魔でしかないはずなのに。あなたたちなら翠条さんが襲われようとしてるその場面で、強姦魔の方に加勢してもおかしくないような立場のはずなのに」

「……もしかして、気付いてない?」


 習獅野は私の言葉に少しはっとしたような顔を浮かべた後、首をかしげつつ私に問うてきた。私が何に気付いていないというのか、そのタイミングでそう聞いてきた意図は何なのか、汲み取れずに私は聞き返した。


「どういうこと」

「あたしが天下の習獅野家の女だからなんでも知ってる、とか思ってた? もしそうなら大間違いだからね。あるのはあたしや姉さんと、花宮がつながってるって事実だけだから」



 腰が抜けそうになった。


 何か言い返そうとした私の口が、わなわなと震えているのが自分でも分かった。それだけ衝撃を隠せないということの、証左でもあった。


「香凛が、習獅野家と……?」

「……あー、知らないんだ。花宮も遼賀に唯一で、絶対にバレちゃいけない嘘だとか言ってたけど、勘付いてもなかったんだ。ある意味上手くいってるってことにはなるけど」

「どういうこと……?」

「花宮はあんたが思ってるような、間抜けな奴じゃないよ。笑顔の裏でどうすれば得をするか、常に計算してる。あの花宮ホールディングスの副社長の素の姿が、あんたに見せてるような顔だと思ったら大間違い」

「いや、でも……だって」


 考えたくない。

 香凛が、一番すぐそばにいた人が、私を裏切っている。しかもそれを本人ではない、他の人に知らされなければならないほど、私は鈍感になっていた。香凛には全幅の信頼を寄せていた。それさえ、間違いだったというのか。


「実はその辺の四半妖獣の考えてることって単純で、いかに退妖獣使に見つからずに人間を喰うか、大抵それだけなの。だからある意味、花宮が一番敵に回すと厄介」

「……敵に、回すと?」


 私は香凛に裏切られた、もとい、ずっと裏切られ続けていたのだと思い知らされて、涙が溢れかけていた。でもそんな中でも、目の前の習獅野の言うことにどこかおかしいところがあると気付いた。


「この際だから全部言うけど、別に花宮はあんたを裏切ってるわけじゃないよ。花宮は花宮なりの方法で、四半妖獣の撲滅をしようとしてるだけ。あんた、小さい頃に母親を殺されてるでしょ?」

「……どうしてそれを」

「あんたの母親が逆襲に遭って殺された時、そのことを指示して、実際に名だたる退妖獣使を殺して回ったのはあたしたちの父親だから。あんたにとってのあたしたちは、憎い敵の娘になる」

「え……?」

「それも知らないんだ。さすがに調べなさすぎじゃない? 母親を殺したのが誰かさえ知らないなんて」


 さすがにに知ろうとしたことは何度かある。だがいつも手がかりになるような情報さえ見つからず、結局諦めざるを得なかったのだ。


「それは……」

「まあ周りが隠ぺいしにかかってたってのは考えられるのかも。あれは二年前くらいってことを考えたら、まだ中学生にもなってなかったでしょ?」

「それを言えば、そっちだって」

「習獅野の女にまともな感情なんてないよ。人が死のうが生きようが、あたしたちには関係ないし。姉さんなんかそんな感情を人型にしたような、冷酷なひとだし。幼かったせいでトラウマになったから、とかそういう同情をあたしたちに求めても無駄」

「……」


 ふう、と習獅野がここで一息ついた。それから不敵な笑みを私の方に向けて、口を開いた。


「救いはあるよ。さっきも言ったけど、花宮は別にあんたを裏切ろうと思ってあたしたちとつながってるわけじゃない。四半妖獣の運命がめんどくさい、くらいに思ってる四半妖獣に協力を仰いだ方がいい、って考えてるだけで。あんたの敵とつながってるのに少し後ろめたさを感じて、頑なにバレないようにしてる、それだけだと思う」

「そんなことを……」

「疑うなら本人に聞いてみればいいんじゃない? あたしが病室に入ってきて凍りついてたのを見るに、たぶん戻ったらビクビクしてると思うよ」


 習獅野が敵ではないのかもしれない。

 香凛だって頭が悪いわけではない。仮にも中学受験に受かって、名門の花宮学園に通っている子だ。思う所があって本来敵であるはずの習獅野と組んでいるのだということは、納得がいった気がした。


「……香凛が習獅野たちと裏でつながってるかもしれないって話は、少しは信じられる。今の話が全くの嘘じゃないってことも、何となく分かった。でも本当に信じるのは、香凛に話を聞いてから。そうでないと、始まらない」


 私は目の前の習獅野にそう言って、屋上を後にした。目指す先は、もとの翠条さんの病室だ。

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