VI-04.二人の共通性
翠条さんが倒れた。
その知らせを私は直接ではなく、香凛から聞いた。
「まああんな元気な子が突然二日連続で学校に来なくなるなんて、よほどのことなんじゃないか、とは思ってたんだけどね。しかも今日入れれば三日になるし」
私たちが虎野と出会ってから三日経っていた。その間翠条さんは連続で学校に来なかった。昔は外でよく遊び回っていて、学校も休んだことはなくいつも皆勤賞だった、という話を聞いていたので、確かに不思議には思っていた。
「申ヶ岩駅の近くの病院に入院してるんだって。今日にでもお見舞いに行こっか」
「入院? そんなにひどかったの?」
「ひどいかどうかは知らないけど、そこまで大事でもないと思うよ。しおりん、特に調子悪いみたいな話はしてなかったし」
「特に調子悪くなくても、突然体調が悪化するなんてこともあるでしょ。脳梗塞とか心筋梗塞とか、くも膜下出血とか」
「なんでそこで若い人があまりならなさそうな病気ばかり挙げるの?」
「え? いや、特に……思いついた順」
「しおりんに限ってそういう病気にはならないでしょ。食べ物には気を遣ってるって話だし」
「そう?」
そろそろ雨が降らない日も出てきて、梅雨明けも近いんじゃないかと言われていた。私たちは下校してから一度家に荷物を置いて、少し遠出して申ヶ岩駅まで向かった。
* * *
翠条さんが入院しているという病院は、翠条さんの住むマンションとは駅を挟んで反対側にあった。駅を出てしばらく住宅街の真ん中を突き抜ける道を歩くと、少し開けた場所に出た。その真ん中に鎮座するように、大きな大学病院があった。敷地は広く病棟がいくつも並んでいて、それぞれのエントランスに受付がある、辺り一帯の地域の総合病院の役割を果たしているらしかった。
「三号棟の三〇四号室、だって」
私は駅の改札を出て以来ずんずん進んでいく香凛についていく形で、病室まで行った。確かに香凛の言った通りの病室の奥のベッドに、翠条さんが寝ていた。私たちが来たのに気付いて翠条さんの顔がぱあっと明るくなり、起き上がって出迎えてくれた。
「二人ともわざわざ、お見舞いに来てくれたんだ……ありがとう」
「ううん、全然。突然三日も学校休んでたから、心配してたし」
「それが、心配するほどのことでもなくて。少し調子が悪かっただけで、意識を失って倒れたせいで救急車で運ばれることになっちゃったんだけど、大事を取って入院って話だから」
「じゃあもう退院できる感じ?」
「うん。今日じゅうには退院できるって、お医者さんも言ってた」
大きな総合病院ということもあってお医者さんにもいろいろいるらしく、妖獣のことに理解のある人に主治医になってもらったらしい。妖獣しかかからない病気がある、という話は聞いたことがないのだが、念のため主治医を選ばせてもらって、いろいろ検査した結果特に異常はない、とのことだった。
「ま、そういうこともあるか。香凛も昔はまあまあ貧血で倒れてたもんね」
「昔はね。最近は一応狩気能でカバーできてるし」
じゃああまり長居してもあれだから、と私たちはお見舞い用にと駅の売店で買ったお菓子を置いて、翠条さんの病室を後にしようとした。その時だった。
「……っ!」
声にならない程の短い悲鳴が、病室に響いた。私はその時には気付けなかったが、隣にいた香凛が振り返ったことでようやく気付いた。
「どうしたの!」
さっきまで特に何でもなさそうにベッドに腰かけていた翠条さんは、左目を押さえてうずくまっていた。
「目が……」
「目?」
「見せて」
私が一瞬呆然としてしまった間に、香凛が翠条さんに近寄って、押さえていた手をそっと下ろさせた。
「……!!」
現れたのは、いつもの透き通ったような緑色でも、狩気能を発動させた時の赤でもなかった。無機質な感じを前面に押し出した、少し濃いめの青色をした目だった。私はその色、それどころかそれと同じ目を、よく知っていた。
「その目は……!」
まさしく、偶谷くんと同じ目だった。特別な狩気能・反鏡化を使う時の、あの青い目。
しかし狩気能を使えば、普通は目は赤色に変わる。青色に変わるような狩気能などまずないはずで、しかもその狩気能はあの覆面の四半妖獣が言っていたことが本当なら、普通の妖獣が持ちえるような狩気能ではないはずだ。なのにそれをなぜ、翠条さんが持っているのか。それに、今このタイミングで狩気能を発動させようとすること自体、おかしいはずだった。
「……これ。偶谷くんと、同じ目だよね」
私が思っていたのと同じことを、香凛が口にした。するとはっとしたような顔で、翠条さんがこちらの方を見た。
「偶谷……さんが、何か……関係あるの?」
私たちはその青い目と、目を合わせてしまった。
「……っ!?」
同じ感覚だ。普段は意識することさえないようなささいな情報たちが、群れをなしてどっと頭の中に流れ込んでくる。生命活動をするために必要な脳の活動さえ圧迫して、それでもなお情報の洪水が私の頭を襲う。私の隣でひゅっ、と息を吸い込んで、苦しそうにもがく香凛の姿が見えた。
「香、凛……!」
頭がパンク寸前の私より、単純に呼吸のできなくなった香凛の方が危ない。それは以前にも感じたことだった。私は混乱するあまり正常に動くことさえできなくなった体にむちうちながら、ベッドに倒れ込む香凛に近寄った。また私から香凛に、などと考える余裕もなかった。
「しおりさーん」
それは私と香凛の顔の距離が最短まで近付いた瞬間だった。張り詰めていたその病室の空気が、その一声で和らいだ。
「さやの……ちゃん」
ふっ、と私の全身から力が抜けた。頭の中がぐちゃぐちゃになるような感覚も、きれいさっぱり消え去った。何事かと顔を上げると、翠条さんの目は、すっかり青ではなくなっていた。
「“さやの”……? いや、まさか」
私は声のした、病室の入口の方を見た。全国的にもそこそこ有名な和菓子屋さんの紙袋を提げた金髪の女が、そこに立っていた。直接見たことこそなかったが、その顔はよく見て知っていた。
「習獅野……!?」




