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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
六幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)-II
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VI-01.裏切りの真相

 その声はさっきまで翠条さんがいた、植川の部屋の入口から聞こえた。


「久しぶり、偶谷。生きてる姿を見られて、私は嬉しいよ」


 その声色は、近付いてくる足音に耳を澄ませていた偶谷くんを怯えさせるのに十分だった。しかし偶谷くんは、それ以外のことにも驚いているようだった。


「虎、野……?」


 植川、鷹取の二人に直接偶谷くんを殺せと指示した、虎野。四半妖獣であることを示す、真っ黒い装束を着た女が、そこに立っていた。件の虎野だということは、偶谷くんの反応で分かった。


「どうしてこんなところに来たの?」


 身構えていた香凛が虎野に尋ねると、あははっ、とその場に見合わない心底楽しそうな笑いを浮かべて、虎野が答えた。


「どうして? 偶谷に会いに来たからに決まってるじゃん。それ以外にどうして、こんな廃墟みたいな家の前に来なくちゃいけないの」


 次の瞬間、虎野はこちらに向かって突進してきた。換装もしていない状態で反応が遅れ、私は反射的に目をつぶってしまった。


「……!」


 そして目を開けた時、虎野の姿はそこになかった。虎野だけではない。偶谷くんもいなくなっていた。慌てて部屋の入口から外へ出ると、翼を生やして空を飛び、偶谷くんを無理やり連れ去る虎野が小さく見えた。


「香凛!」

「分かってる!」


 私が呼びかけるより前に、香凛は翼へと姿を変えて私の背中に潜り込んだ。少し焦っているからか、背中に潜り込む時に変な感触がした。が、そんなことを気にしている場合ではない。

 どうやら虎野には何か鳥のアヤカシの血が宿っているらしく、クジャクほどに大きな翼を背中から生やしてみるみる遠くの方へ飛んでいっていた。対して香凛の翼は小さい。姿を見失わないようには飛べるたが、追いつくなど到底できなかった。


「どこへ行くの……?」


 虎野は偶谷くんを殺そうとした張本人だ。このタイミングで私たちの前に現れたということは、何らかの方法で偶谷くんが生きていることを知って、改めて自分の手で殺そうとしている。それが一番考えられることだった。

 ただ、どこへ行こうとしているのか。そもそもこの辺りの土地勘のない私には分かるはずもなかった。


「かおるん! 大丈夫? 見失ってない?」


 周りの様子が見えない香凛がそう尋ねた。私は少し水滴を頬に受けつつ答えた。


「大丈夫。姿は見える。追いつけないけど……」

「姿だけ見失わないようにして。どうしても無理なら、狩気能を使えばいいから」


 それは本当に奥の手だ。狩気能を使えばある程度体力も増強されて、追いつくことも可能かもしれない。だが狩気能は戦闘の時に使うもの、というのが暗黙の了解だ。


「雨は大丈夫? ちょっと降ってきた」

「勘弁してほしいね。スピードが落ちるよ」


 香凛そのものとはいえど、翼は翼だ。雨などで濡れると重くなって、うまく羽ばたけなくなる。

 しかしその心配は必要ないようだった。虎野の姿を見失うどころか、私にどんどん近付いて見えた。


「この辺でいいかな? ねえ偶谷」


 かすかに虎野がそう言う声が聞こえた。虎野は偶谷くんの首根っこを乱暴に掴んだまま、空の中に止まっていた。偶谷くんは気を失っていて、返事をすることはなかった。

 虎野に追いついて触れられる。そう思った瞬間だった。


「……!?」

「どうしたのかおるん! かおるん!?」


 急に私の全身から力が抜けた。抜いたのではなくて、意図せずして力を奪われた、そういう感じだった。自分の体を宙に浮かせるために、翼に入れていた力が全て失われて、私は重力に従うようにして落ちていった。


「かおるん、しっかり……!」


 たとえ私が力を入れていなくても、すぐに真っ逆さまに落ちることは考えにくい。香凛自身が力を入れればいいからだ。しかしそれもままならないようだった。私たちはともに、急に力が入らなくなって高度を瞬く間に落としていった。


「どうして……?」


 こうなった以上はもはや、いかにダメージを最小限に抑えて着地するか、それしか考える余地はなさそうだった。せめて頭から突っ込むことはないようにと香凛が精一杯の力を込め、横向きに倒れることはできた。


「あはは、みじめだよね。そうだよね?」


 私が倒れ込んだ側に虎野が降り立った。手にはゴミ袋を持つような持ち方で、偶谷の体を掴んでいた。


「どうして……」

「それは今あんたがそうやって倒れ伏すしかなくなってることについて? それとも、偶谷を殺すことについて?」


 虎野は全て理解している。理解した上で、挑発するように私たちに尋ねているのだ。


「そもそも偶谷を殺すのは植川の仕事だったのにさ。肝心なところでヘマして、生き延びてる。どんな方法でもいいから息の根を止めろ、って言ったはずなのに」

「……どうして」


 その声は虎野の手元から聞こえた。偶谷くんが目を覚ましていた。


「どうして、俺がそんなに……殺されないと、いけないんだよ……」

「知りたい?」


 虎野は楽しそうな声でそう言った。


「四半妖獣の中で人間を喰わない裏切り者だから、って理由じゃないのは知ってる。本当の理由を言って」


 私は付け加えるように、虎野に向かって叫ぶように言った。何が原因なのか、私は退妖獣使として知っておかなければならないと思っていた。


「その理由も合ってる。ただ、それが全てじゃないってだけでさ。そもそも四半妖獣なんてそこら中にいるんだし、裏切り者だなんていちゃもんをつけ始めたらキリがないじゃん。私だって四半妖獣として活動し始めたのはごく最近の話。そうだね、二年前くらいからかな。あの父親を喰い殺してからだから」

「「……!?」」


 何でもないことのように放たれたその言葉に、私と香凛が著しく揺さぶられた。

 虎野佳和(とらの・よしかず)。退妖獣使で知らないという人はいないだろう、それほど有名な退妖獣使だ。単純に強いこともあったが、それ以上に降伏した四半妖獣に対して容赦がないことでも知られていた。四半妖獣はどんな事情があろうと見つけ次第殺す、命乞いなど無意味と言い切るような、ある意味残虐な人でもあった。

 その佳和さんの娘が、目の前にいる虎野だということは容易に想像がついた。苗字もそうだが、何より顔つきが似ている。決して純粋とは言いがたい、醜いとも形容すべき笑顔が、ほとんどそのままだった。


「父親は四半妖獣を誰よりも嫌っていた。嫌っていたくせに、母親が四半妖獣だってことを見抜けなかった。怖いよね、女って。ちょっと正体隠して優しく近付けば、あっという間に引っかかってくれるんだもの」

「父親を、だましたっていうの」

「もしかしてだます方が全部悪いとか言っちゃう? 言っちゃうんだ。でも仕方ないよね。父親は確かに退妖獣使としては優秀だったかもしれないけど、残念ながら女を見る目はなかったってわけ」


 虎野はここにきてもまだ笑顔だった。


「お前……!」


 私は反射的に虎野のもとに飛びかかろうとした。しかしその直後、私は叩き付けられるようにして地面に伏せってしまった。私自身はそうするつもりはなかったのに、ねじ伏せられるようにして倒れた格好だった。


「あはは、ムリムリ。私に逆らえる人なんていないんだからさ。私がこの”誘惑化”で、どれだけの人を服従させてきたと思ってるの」

「誘惑化……!?」

「偶谷は危険だから殺す……だから協力してってさ、そんなバカバカしい平和的な話し合いで私が触れ回ったとでも? ないない。私の父親がカリスマ性ってうそぶいて退妖獣使たちを従えるのに使った狩気能を、使わない手はないよね?」


 狩気能はほとんどの場合遺伝するもの。虎野が誘惑化という狩気能を持っているなら、確かに佳和さんも持っていたはずなのだ。


「私はいろんな人を服従させて、偶谷を殺すように仕向けた。直前に鷹取がわざわざ警告してきたのはなぜ? 鷹取が同じ妖獣だと分かれば、周りには意外と妖獣がいて、自分も含めて守られてるって改めて安心できるから。でしょ?」

「お前、どこまで……」


 私は上から押さえつけられて立ち上がれない、そんな感覚を全身で味わいながら、ただ絞り出すような声でそう言うしかなかった。


「何言ってるの。この場で一番偶谷について知ってるのは、まぎれもなく私だから。どうせ偶谷が転がり込んできても、ああ珍しい、人間を喰わない四半妖獣なんて、くらいにしか思わなかったんでしょ?」

「……!」


 まるで私たちのことを最初から、全て見ていたかのような言い草だった。虎野の発言は全て、私たちの背筋を凍らせるようなことばかりだった。それと同時に、怒りが沸いてくるものでもあった。それなのに、一番肝心であるはずの攻撃ができない。私は無意識のうちに、こぶしをこれでもかと握りしめていた。


「……さ。先に偶谷を殺してもいいんだけど、それじゃ面白くないしなあ。先にあんたたちから殺すよ。私の父親が、一番信じてた人に裏切られた時のあの顔、思い出すね」


 ゆっくりと、虎野が私たちの方へ歩いてきた。よぎったのは根本のあの醜い笑顔。虎野の父親は半妖獣だったはずだ。私はあの時と同じように、食べられるかもしれないという恐怖で目の前が真っ暗になったように感じた。ダメだ。また同じことの、繰り返しなのにーー。


「……待て」


 信じられない光景だった。その声に振り向いた虎野でさえ、驚きを隠し切れない様子だった。


「俺なら別に構わない……けど、遼賀と花宮には手を出すな……!」


 偶谷くんだった。虎野の狩気能の影響を受けているはずの彼が、しっかりと自分の足で立ち上がっていた。そして、虎野の方をじっと見据えていた。


「……!」


 ほんの一瞬だけ怯んだ様子を見せた虎野を、まばゆい光が覆った。バックドラフトのように、大きな炎が立ち上がったように感じた。


「偶谷……!!」


 冷酷な、青。燦々(さんさん)とした深い青の輝きを、偶谷くんの左目が発していた。

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