表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
60/80

V-13.想定外の出会い

「ごめんごめん。怖がらせちゃった。食べよっか」


 それからいくらかひなのんさんとやり取りをして、一段落着いたらしく、花宮さんもスマートフォンを伏せてパフェについていたスプーンを手に取りました。


「うーん、おいしい~」


 花宮さんは元から甘いものが大好きらしく、食べ始めたのは私の方が先だったのに、気付けば花宮さんの方があっという間に食べ終わってしまっていました。


「しおりんは食べないの?」

「え? うん、食べるけど……」

「あ……ごめん、ちょっと様子見てくるね」

「様子?」


 花宮さんは立ち上がって、厨房の奥の方へ行こうとしました。


「そろそろバイト終わりの時間だ、って言って使用人が来ると思うから、先に帰っててもらってもいい? ちょっとややこしくなりそうだから」

「え……うん……」


 花宮さんの顔には少し焦りさえありました。普段お気楽な雰囲気の花宮さんがそんな表情を浮かべるなんて珍しいことです。私はいったい何が花宮さんをそうさせているのか気になりましたが、結局聞けないまま、裏方の方へ去っていく花宮さんを見送る形になってしまいました。


「翠条様? お嬢様と薫瑠様は、どこへ行かれたのですか?」

「えっと……」


 それから五分も経たないうちに、花宮家の使用人の方がお店の近くに車を止めて、入ってこられました。私は困惑しつつも事情を話して、食べ終わったパフェの容器を残して自分だけ先に帰ることになりました。


「ややこしくなる……」


 直前にひなのんさんとやり取りしていたことと、関係がありそうだと私は思いました。半妖獣である花宮さんが、敵であるはずの四半妖獣のひなのんさんとあんなにバレやすいところでただの世間話をするのは、リスクが大きすぎます。私にさえ口外しないでくれと耳打ちしたくらいです。とすれば、何かあの場で話さなければならない重要なことだったのでしょう。


 花宮さんは私に先に帰っていてくれ、と言っておいて、私が素直に喜ぶと思ったのでしょうか。……と言えば言い方は悪いですが、もし私がいろいろ勘繰るようなことはしないと思ったのなら、それは間違いです。退妖獣使と四半妖獣の話は、私も敏感でいるつもりです。この街に来たのも、信頼できる退妖獣使を探すため。もしこの街にも本当に信用できるような退妖獣使がいないと分かれば、他のところに行くだけでした。


「何があったのか、私には知らせてくれないなんて」


 今回の話もきっと、四半妖獣か退妖獣使か、どちらかが関わっているはずです。そう考えると余計に気になるばかりでした。

 その時何が起きていたのか、花宮さんと遼賀さんが何をしていたのか。一週間ほど経って、私は理解することになりました。



* * *



 それは正式に梅雨入りが発表されてからのことで、その時を待ってましたとばかりに、連日のように雨が降っていました。私が湿度が高くてそわそわしていたのもあるかもしれませんが、ケルたち三匹も落ち着かない様子で、部屋中をうろうろしていました。中でもロスは窓に向かって止まない雨を見て、早く止めとばかりにうなっていました。

 私はいつものように、新聞の切り抜きを黙々と机に向かってしていました。その時です、インターホンが鳴って、映像が映し出されました。一番に目に入ったのは花宮さんでした。それから遼賀さんと、もう一人は知らない人でした。


「……はい?」

「あ、しおりん。ちょっと話したいことがあって。今大丈夫?」

「え? うん……」


 特に断る理由はありませんでしたが、全く知らない人が一人、一緒に来ているのが気がかりでした。しかも男の人。その人と花宮さんたちがどういう関係にあるのか聞きたいところでしたが、画面の向こうの花宮さんはそれ以上、答えてくれそうにありませんでした。

 花宮さん、遼賀さんの二人といるのだから、大丈夫なのかもしれない。私はそう思うしかなく、オートロックを開けて、さらに部屋のインターホンが鳴るのを聞いてからドアを開けました。


「この人は偶谷(たまや)くん。事情があってこの人も入れて、少ししおりんとお話がしたいんだけど。いい?」

「どういう関係……?」


 花宮さんの言葉だけではそのタマヤさんがどういう人なのか分からなかったので、私はそう返しました。すると花宮さんが私の耳元で、こうささやきました。


「偶谷くんは、四半妖獣だよ。それもしおりんと同じ、人間を食べない、ね」


 どくん。


 私の心の中で、何か思い当たることがありました。それをとっさに予感した時の気持ちでした。でも、その思い当たることが何なのかまでは分かりませんでした。分からないのに、脈が早くなって、耳の奥でどくどくと聞こえていました。


「あ、あの。……お話、聞かせていただきます。遼賀さんと花宮さんも一緒に。中に、どうぞ」


 聞いてはいけない気がするけれど、ここで話を聞かなければいけない予感もしました。私は三人を中に入れることにしました。


 その男の人が私と話をするうち、大きく目を見開いて驚く表情を見せました。それは植川さんがこのマンションに住んでいる、と言った時でした。


「あ、ちょっと……」


 その男の人は慌てた様子で私の部屋を飛び出していき、私たち三人はその後を追いかけるしかありませんでした。

 エレベーターホールの側にある郵便受けの前で、その人は一生懸命、植川さんの名前を探していました。それから、何の迷いもない、という風に、植川さんの部屋の前まで来ました。


「逃げたんじゃない? ほら、窓も開いてるし。いつ逃げたのか、それからどうやって逃げたのかは全く分からないけどね」


 その人と花宮さんは先にカギが開いていた植川さんの部屋に入っていき、中の荒れた様子を見て花宮さんがそう言いました。

 それは確かに、不自然なことでした。植川さんと朝にゴミ捨て場で会わなくなったのは、ここ最近急に植川さんが寝坊するようになったからじゃないか。私はそんなものとばかり思っていました。あるいは少し前に彼女さんと旅行に行く、と言っていたので、それを機にさらに仲良くなって、いろんなところに遊びに行っているのかもしれないとも思っていました。

 でももう何日もそこにいないらしい植川さんの部屋の様子を見てしまったのなら、話は別です。どういう事情があったにせよ、植川さんがいなくなってしまったのは事実なのです。


「植川さんは四半妖獣、なんだよね? それなら、ここから飛び降りても何とかなるのかも……」


 花宮さんたちの会話の流れから、植川さんまで四半妖獣だということが分かりました。植川さんだけは人間だと信じていた……と言いたいわけではありませんが、私にとっては驚きでした。四半妖獣はどこにでもいて、人間の中に何でもない顔をして紛れているという事実を、改めて思い知らされました。

 植川さんは割と最近までここにいたようだ、という話を花宮さんはしていました。花宮さんたちが植川さんの部屋に入るのについていくようにして、私も少し玄関に足を踏み入れましたが、すぐに食器を放置した跡と臭いがして、そこで私の足はとどまりました。

 その臭いを特に気にする様子もなく、男の人の方が真剣に植川さんの部屋で何かを探し回っていました。私は特に意識せず、その人が歩き回るのを何となく目で追いかけていました。


 その時でした。


 さっきは聞き流していた花宮さんの話が、急に私の頭の中で聞こえました。


『この人は、”タマヤ”くん』

『しおりんと同じ、人間を食べない四半妖獣だよ』


 さっき収まったはずの私の鼓動が、再びうるさくなり始めました。私は気が付けば、おそるおそる口を開いていました。


「……花宮さん」

「ん?」

「その……”タマヤ”さんって、どんな字を、書くの」

「今それ? えっと……偶然の偶に、谷底の谷だったっけ」


 どくん。


 より鼓動が激しくなるのが分かりました。今すぐここから立ち去って、確かめなければ。そのことで頭がいっぱいになりました。


「……あ」

「どしたの、しおりん」

「ごめんなさい、少し用事を思い出して」


 嘘でした。私はオーブンをかけっぱなしにしていると花宮さんに言いましたが、どれだけ焦っていようと、私は火の始末にだけは気を遣うようにしています。慌てて飛び出してきたといっても、オーブンをつけっぱなしにして出てくるなど、私にとってはありえません。


「ああ、そーいうことね。こっちこそごめんね、無理やり連れてきちゃって」


 私はそれを聞いて少し笑ってみせた後、自分の部屋に戻りました。


「タマヤ……偶谷……」


 私は一番に、勉強机の横に備え付けてある本棚の、下から二番目の段を探りました。そこには私が昔からの趣味にしている、新聞の切り抜きを貼ったノートがあります。


 昔から――そう、名前を変えて、暮らしていた集落を去る前から。


 その中にはもちろん、『一冊目』が存在します。お父さんが最初にノートを買ってきてくれて、これに自分の気になった新聞記事をどんどん貼っていくといい、そう言われて渡されたものです。当時自分の名前はひらがなでしか書けなかったので、代わりにきれいな漢字でお父さんがノートの裏表紙に名前を書いてくれていました。だからこそ、どこかにしまっておかずに、いつでも手に取れる場所に置いてあります。

 そこに書いてある、私の昔の名前。ヒスイのような髪と瞳の色だからと、つけられた今の名前とは似ても似つきません。

 私は半ば呆然とするようにして、その名前を見つめました。



偶谷 心乃(たまや ここの)





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ