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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
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V-09.四半妖獣と退妖獣使

「うう……」


 懐かしい光景が急に途切れて、私ははっとして目が覚めました。その光景の中に、みのりが見えた気がします。でもそれは昔の話であって、今は違うということを理解すると、すっ、と頭がすっきりしてきました。霧が晴れたような気分でした。


「……起きたか」


 私はふかふかのベッドの上に寝かされていました。声のした方を振り返ると、さっき私を助けてくれた人がいました。確か名前は、ひなのんさんだったはずです。


「悪い、少し記憶を探りすぎたか」

「記憶を探る……」

「アタシがさっき電話をかけたので分かったとは思うが、アタシは花宮とつながってる。つながってると言っても大したもんじゃない。ただの商売相手ってだけだがな。その花宮に、この際だからオマエの記憶を探れと言われたんだ。夢を見ていたんだとすれば、それはアタシがオマエの記憶を知ろうとした副作用だ」


 そこまで言うと、ひなのんさんはスマホを手に取り、電話をかけました。相手が花宮さんだということは、今度は分かりました。


「もしもし?」

「今。大丈夫か?」

「別に。晩ごはんも終わったし、たくさん話すことがあっても大丈夫だよ」

「翠条……だったか。目を覚ました。話を聞くか?」

「うん、お願い」


 そこまで話すと、ひなのんさんは私に目配せしました。どうしていいか少し分からなかったので黙っていると、


「さっきも言ったが、アタシは今の今までオマエの記憶を探っていた。だからもしオマエ自身の口から話すのがためらわれるなら、アタシが代わりに花宮に話してやる、ってこともできる。どうする?」

「……ごめんなさい。お願いします」


 私は自然にそう言っていました。するとひなのんさんはまるで最初から私がそう言うと分かっていたかのように、すらすらと話を始めました。そして、それは私が覚えていることをほぼ再現していました。記憶を探っていた、という話は、本当だということが分かりました。


「……ああ、なるほど」


 花宮さんは一通りひなのんさんの話を聞いて、そう返事しました。


「人間を喰うことを嫌う四半妖獣は多くない。しかも、認知もされていないのが現状だ。そうなれば確かに、退妖獣使の猛攻に遭うことは不思議ではないんだが」

「言われてみれば確かに、かおるんが退治するような四半妖獣って、基本的に連携をとったりはしてないんだよね。みんな個人で行動してるっていうか」

「むしろ人を喰うっていう、多くの連中に嫌われるようなことをしてるんだ。集団でいた方がリスクが大きいだろ。一網打尽にされてはたまったものじゃないからな」


 ひなのんさんは勝手知ったる、といった言い方でした。私は気が付けばじっとひなのんさんの方を見ていたらしく、ひなのんさんはそれに気付いて少しため息をついて、私に向かってしゃべりかけてくれました。


「アタシは四半妖獣だ。それもオマエとは違って、人を喰うありふれた方のな。って言っても最近は血を飲むことくらいしかしないが」

「……!」

「驚いた顔をするなよ。四半妖獣の中ではオマエみたいな人間を喰わない方が珍しいんだぞ? むしろどうすれば人間を喰わずに四半妖獣が生きていられるのか、こっちが知りたいくらいだ」


 ひなのんさんは呆れたような、不思議に思っているような、その半々の表情を浮かべていました。ひなのんさんのその疑問に答えたのは、花宮さんの方でした。


「一番考えられるのは、半妖獣が人間を食べないような訓練をした時に、一緒にやっていたっていう説だね。それまでの主食を一切食べないような修行をするって、なかなかやろうと思ってすぐにできることじゃないし。だからこそ人間社会には多様な文化があるわけでして」

「オマエが言うといつも丸め込まれた気しかしないんだが」

「丸め込んではないでしょ。別にわたしの意見じゃなくて、一般的な学説だし。ね、しおりん?」

「ふぇっ」


 花宮さんとひなのんさんは結構な付き合いらしいので、どんな話をするのかと聞きっぱなしになっていて、反応が遅れました。構わない様子で、花宮さんが口を開きました。


「……じゃあしおりんって、わたしたちのことを知った上で、ここに来たってこと?」

「うん。……有名な退妖獣使がいるって聞いて、もしかしたら理解してもらえるかも、って思って」

「それはある種賭けなんだけどね。むしろ有名な退妖獣使の方が、四半妖獣を討伐しまくって成り上がった可能性もあるしね」


 これにはひなのんさんもうなずいていました。


「その方がむしろ普通だろうな。花宮の相棒は母親が有名な退妖獣使だったからだが、とにかく退妖獣使も四半妖獣も、裏で汚い関係を持っている奴は多い。大した力はないくせに憂さ晴らしで退妖獣使になった奴もいるらしい」

「そういう退妖獣使に襲われて、しおりんは死にかけたんだもんね」

「まさかこれほど死にかけた経験の持ち主だったとは思わなかったな。花宮といるとろくなことがない。オマエ、こういう面倒事に巻き込まれる才能だけは立派だからな」

「それは失礼じゃない?」

「考えてもみろ、退妖獣使数十人に攻め込まれた集落の生き残りだぞ? そんな奴と道端で遭遇する確率がどれほど小さいか」


「あ、あの」


 私を置いて花宮さんとひなのんさんが先に先に話を進めてしまうので、思わず遮るようにして私はそう言ってしまいました。


「ん? 何だ?」

「その、もう一人……みのりが今どうしてるのか、知りたいんです。まだ小さい頃だったから連絡手段もないし、それにみのりが無事じゃなかった時のことを考えると、怖くて」

「それはアタシに調べろと言ってるのか?」

「ひっ」


 ひなのんさんの声は少し怖さを帯びていました。


「ひーなーのーんー」

「……何だよ」

「怖がらせちゃダメでしょ、もともと怖いんだから」

「今のは聞き捨てならないな」

「だって四半妖獣のトップだもん、そう思われるのは仕方ないでしょ」

「今のアタシは人間や何やらを見たところで、取って喰ったりはしないんだが」

「それにしても気を付けた方がいいよ」

「分かった分かった。……翠条、覚えておけよ。本当に怖いのはアタシなんかじゃない、花宮の方だ。コイツは裏で何をしているかまるで分からんからな」


 失礼だなあ、と電話の向こうでぼやく花宮さんに構うことなく、ひなのんさんが私の方に向き直りました。花宮さんが裏でどんなことをしているのか気にはなりましたが、ひなのんさんが警告するぐらいだからよほどなのだろうと思って、聞かないことにしました。


「アタシの狩気能を使えば確かに、オマエの記憶の中に出てきたみのり、って奴が今どうしているのか、()ることはできる。今名乗っている名前さえ分かればいい。だが、オマエの言う通り死んでいるかもしれない。今では少なくなったが、四半妖獣のニオイを感じ取ることのできる退妖獣使がいるのも事実だ」


 ひなのんさんは少し苦い顔をしつつ、そう言いました。花宮さんは感じ取れるタイプだと聞いたことがありますが、他に心当たりがあるのでしょうか。

 ひなのんさんは私がじっとひなのんさんの方を見ているのを一瞬確かめて、話を続けました。


「その覚悟は出来てるんだろうな? アタシは生きていようが死んでいようが、淡々と言うだけだぞ?」

「……できてます。みのりはきっと生きてるって、私の中で確信があります」

「分かった。じゃあ今の名前を」

榊林希(さかきばやし・のぞみ)です」


 私がみのりの新しい名前を言うと、少し私には聞こえない声で何かをひなのんさんはつぶやきました。みのりが名前を何回も変えていなければ、たぶん今もこの名前のはずです。


「……いるな」


 数十秒もしないうちに、ひなのんさんが顔を上げてそう言いました。


「博多あたりで特に問題なさそうに暮らしているのが視えた。理解のある退妖獣使に出会えたのかもしれないな」


 私が遼賀さんや花宮さんに出会えたのと同じように、みのりも味方になってくれる退妖獣使に出会ったのかもしれない。

 私はそうひなのんさんから聞いて、安心して体から力が抜ける感じがしました。みのりはすぐに動揺して手足をケモノのそれに変えて威嚇してしまう癖があったので、私はいつも心のどこかで心配していました。


「……ん?」


 ふと、どこともなく私の方を見ていたひなのんさんが、何かに気付いたような反応をしました。少し違和感を覚えたので見てみると、またお尻のあたりから、タヌキの尻尾がぴょこん、と。時々ピクピクと震えて、私の意思に反してささやかな自己主張をしていました。


「あ……すみません」


 私はみのりと一緒に、持っているアヤカシの血に応じた動物の尻尾やら手足やらの特徴が出るのは珍しい、という話をしたのを思い出しました。幸い私は深呼吸をしたりして落ち着けば尻尾が引っ込むので、この時もそうしました。


「いや……オマエ、珍しいな」


 何が? とひなのんさんの疑問について聞こうと、花宮さんも電話の向こうで言いました。


「コイツ……狩気能はあるみたいだが、半分だ」

「半分? どういうこと?」

「左目しか赤くなってない」

「……右目は?」

「特に狩気を上げていない時と同じみたいだ。アタシが見る限り緑色のままだが」


 私は落ち着こうとしながら、特に気にするまでもなく二人の話を聞いていました。自分ではあまり気にしたことがありませんでした。


「そんなに珍しいんですか?」

「聞いたことはないな。まあ狩気を高めることと知的生命体としての理性を失うことは同義だから、完全に狩気能に支配されることが必ずしもいいとは、アタシも思わないが」


 だがそれも人間に近いとか、人間を喰わない理由の一つだったりするのかもしれない。

 そうひなのんさんは言いました。私は少しそれで安心しました。てっきり深刻な口調で言うものですから、何かの病気なんじゃないかと私は一瞬で心配になっていました。


「……まあいい。さぞショッキングだっただろう、別に文句を言いたいわけでもないし、ゆっくり休むといい」


 ひなのんさんは花宮さんとの電話を切って、私にそう言い残してから部屋を出ていきました。

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