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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
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V-07.分かり合うこと

 みのりは怯えた表情で、そのままへたり込んでしまいました。私もみのりも発見されていないとすれば、本当に人間を食べる四半妖獣の存在は、確認されていないことになります。


「どうしよう……」


 私もそう言いたい気分でした。最後に退妖獣使の襲撃を受けて逃げ出したのは、数年前。でも、その時でさえ、襲いに来る退妖獣使の顔を直接見たことはありませんでした。


「あれは……無理だよ」


 その意見に関しては、私も同じ思いでした。先頭にいた男が人間の遺体を見つけて、確認するように後に続く人たちに呼びかけていましたが、それ以前に入念な下調べをしたに違いありません。でなければ、こんな険しい山を越えようとは思わないはずなのです。しかも、連れてきたのも選りすぐりの精鋭と見て間違いありません。


「きっとまたあそこも、退妖獣使に襲われて、みんないなくなる。私たちが戻っても、無駄」


 狩気能もまともに使いこなせない、素の体力もない私たちが今家に戻っても、できることはない。それならこの山を越えて、逃げ出した方が、生き延びられる確率は高い。みのりは、そういう意味のことを言いました。


「そういやあの死体、妙に新しかったんだよな」


 その時でした。退妖獣使の集団が進んでいった方向から、何人かが話す声が聞こえました。おそるおそる見ると、一斉に私たちの集落を襲撃しに行ったはずの退妖獣使が数人、戻ってきていました。話している内容からして、この近くにまだ四半妖獣が潜んでいる、そう見たのかもしれません。実際その見立ては、恐ろしいほどに当たっていました。


「……逃げるよ!」


 私はここまで来れば、見つかって殺されるのは時間の問題だ。そう考えて、何も考えずに走って山を越えることを決めました。これまで一度も使ったことのない狩気能を、ここで使うことになりました。


”ここにいる人たちはみんな、人間を食べない四半妖獣だ。誰かに危害を加えるなんてこともしない。そんな四半妖獣に、人を襲うためだけにあるような狩気能は、いらない”


 私のお父さんは私やみのりに、何度も諭すようにそう言っていました。確かにそうです。狩気能は四半妖獣が人間を効率よく襲うために持ち合わせているものにすぎません。できることならば人間と一緒に幸せに生きていきたかった、そう願う私たちには、必要のないものなのかもしれません。でも、私はこの時ほど、狩気能を持っていてよかったと思ったことはありません。

 狩気を上げるべく集中すると、少し体のバランスが崩れて、ふらっとする感覚に陥りました。車で遠出した時と同じような、酔いが私の体を襲いました。その感覚こそ、狩気能が発動できるようになった、というサインでした。


「……っ!」


 戻ってきていた退妖獣使が一瞬、こちらの方を見ていなかった隙に、私たちは草むらから飛び出し、一心不乱に走り始めました。何も持っていないとは言え、足音で退妖獣使たちには気付かれました。退妖獣使たちはすぐさま私たちを四半妖獣だと決めつけたのか、狩気能を使った攻撃を駆使して、私たちを捕らえようとしました。

 私の狩気能は、食べたものの栄養吸収効率をよくして、一時的に体力を上げるものです。三時間一定の体力を保っていたのを、二倍の体力にして持続時間を一時間半にする。当然早くお腹は空きますが、相当のハイペースで走り続けられました。もちろんその時の私にそんなことはとても理解できなかったので、この狩気能を使えば少しだけ元気になる、その程度の認識でした。


「みのり……!!」


 みのりもこの時は狩気能を使っていました。みのりの狩気能は少し特別で、手足をケモノのそれにして、走力を上げるものでした。みのりはチーターと豹の四半妖獣で、人間業とは思えない速さで走ることができました。


「乗って! そっちの方が速い!」


 みのりは手足だけがチーターのものに変化していましたが、走る姿は四つん這いでした。私はうなずいて、途中から狩気能を使うのをやめ、みのりの背中に飛び乗りました。とたん、車に乗っているように私は感じました。もしかすると車に乗っているより早かったのかもしれません。周りの景色がどんどん自分の後ろに流されていくのを、ただ目の当たりにするしかありませんでした。


「……! 止まって!」


 真夏のギラギラと照りつける太陽の光を、私たちは全身で浴びていました。その中で全速力で走って感じる風が気持ちいい、と感じていた、矢先のことでした。


「おい! 四半妖獣だ! 捕まえろ!」


 ちょうど山を二つ越え、都会に近い場所までやってきたところに、さっきとは別の退妖獣使が十数人、待ち構えていました。事前にあの山に戻ってきた退妖獣使から連絡を受けていたのか、それとももともとそこにいて”取りこぼし”がないように策を練っていたのか。とにかく、あれよあれよという間に私たちは囲まれてしまいました。


「話は聞いている。山にいた四半妖獣のガキ二人だな? ここから逃げ切れると思うなよ?」


 連絡を受けていたというので、間違いありませんでした。確かに十数人がきれいに私たちを囲んでいて、どの方角もとても突破できそうにはありませんでした。


「そうやって……また、殺すんですか。罪のない四半妖獣を」

「あ? 何言ってんだクソガキ」


 まだみのりの背中に乗っていた私は、正面にいた退妖獣使にそう言いました。しかし返ってきたのは嘲笑と、吐き捨てるような言葉でした。


「四半妖獣は全員悪なんだよ。人間を手当たり次第喰うことが、どれだけやべえことか分かってんのか?」

「……っ!」


 動揺を見せたのは私ではなく、みのりの方でした。みのりの体は、その言葉を聞いてから急に、わなわなと震え始めました。

 みのりは悪くない。みのりは主体的に人を襲って食べているわけではないし、人を襲おうとも思っていない。でも、みのりが生きるためには、人間を食べなければならない――。

 その矛盾が、私の頭を駆け巡りました。私の下で嗚咽を漏らすみのりの代わりに、私がその退妖獣使に何か言わねばと、思いました。


「あなたたちは分かってないんです……四半妖獣にだって、いい人はいるのに。人間を食べなきゃ生きていけないけど、食べることがおぞましくて、そのせいで飢え死にした人だっているのに。人間を食べない、食べたくない……食べられない四半妖獣だって、いるのに!」


 私は気付けばみのりの肩をがっしりと掴んで、汗と涙が混じったような何かを流して、そう叫んでいました。最初はその退妖獣使も、私の語調に圧倒されてか、黙り込んでいました。しかし、


「知るかよ」


 私の言葉を聞き終わりもしないうちに、その退妖獣使はそうやって吐き捨てました。私がはっとして周りの退妖獣使を見ると、みんなその人と同じように、嘲るような笑いをかをに浮かべていました。


「人間を喰わない四半妖獣? 心の優しい四半妖獣? 知るか。四半妖獣が実際どうだかなんて俺たちに関係あると思うか? え?」

「……そんな」

「そもそも俺たちがどうして、四半妖獣の言うことを聞いてやらなくちゃいけねえんだよ? 考えてもみろ、格好のエサを前にした奴がみすみすそのエサを見逃すってのか? そんなはずはねえよな?」

「エサ……?」

「退妖獣使なんて今時、正義感でやるようなおめでたい仕事じゃねえんだよ。賞金稼ぎでやるに決まってんだろうが。四半妖獣を殺せば殺すほど金がもらえるし、生活が楽になる。将来人間を喰い殺すガキならなおさら付加価値がつくってな。俺たちも生きるのに必死なんだよ、四半妖獣の命乞いに構ってるヒマはねえ」


 この人には何を言っても通じない。

 私はとっさに、そう感じました。と同時に、退妖獣使の中にも四半妖獣に例外がいることを理解してくれる人がいるかもしれない、と考えていたのは間違いだったと悟りました。少なくともこの場にいる十数人は、私たちを殺して、お金をもらうことしか頭にないようでした。


「……みのり」

「任せて」


 私は相変わらずニヤニヤしていた退妖獣使の方はもう見ずに、みのりに呼びかけました。みのりも私が何をして欲しいか、分かってくれているようでした。


「ちゃんと掴まっててよ」

「分かってる」


 みのりはケモノのものと化した手を確かめるように何度か地面に擦り付け、それから少し、涙を拭うような仕草を見せました。


「私はあなたたちなんて、絶対に許さない……でも、殺したりなんかはしない。どんな時であれ、人を殺すのはダメだって、お父さんに教わったから」


 私のその言葉を合図にして、みのりが再び、走り出しました。猛烈な勢いで正面の退妖獣使にぶつかって、退妖獣使の囲いはあっという間にバラバラになりました。


「逃げるぞ!」


 そのうちの一人が尻もちをついた状態でそう言いました。でもみのりは止まりません。退妖獣使のいない、誰かが守ってくれる場所があるはずだ。私もみのりもまだ、そう信じていました。

 みのりは私を乗せて今越えてきたばかりの山からどんどん遠ざかり、人の多い都市部へと突き進んでいきました。

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