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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
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V-06.みのりの秘密

 みのりは両親を亡くした、孤児と呼ばれる存在でした。

 みのりの話によれば、住んでいた街は私が住んでいるところと同じような、人間を食べることを嫌がる四半妖獣たちの集落で、退妖獣使の集団に襲撃され、命からがら私たちの集落まで逃げてきたそうです。


 私たちの集落を囲む山々は、とても普通の人が歩いて越えられるようなものではありません。素人はもちろんのこと、山登りに慣れている人でさえ、滑落して命を落としたり、力尽きたところをクマやその他猛獣に襲われる事故が後を絶たない、そんな場所でした。本当にいろんな山を登り慣れている人からすれば、危険すぎて近寄れない、という認識になってしまっているそうですが、それも正しいのです。私たちがわざわざ、そういう簡単に外部の人たちが入ってこれないような場所を選んで住んでいるのです。それでも山を登ろうとするのは、あまり下調べをしない、それでいて少し山を登り慣れてきて自信だけは一人前、そんな人たちです。


 そんな山を、みのりは歩いて越えて、私の家の前で倒れ込んでいるのを発見されました。最初は得体の知れない子どもだから殺してしまえ、と主張する人も少なくありませんでしたが、近くの集落が退妖獣使に襲撃されたというニュースを聞いて、そこの生き残りだと気付いた私のお父さんが一緒に住まわせることを決めたのです。


「ありがとう、守ってくれて……」


 最初の頃のみのりは、いつも私や、私の両親にそう言っていました。

 みのりが私たちと同じ境遇にあるのだと分かった一番の理由は、そのしゃべり方でした。この辺りが近畿地方というのもありますが、私たちはみんな一様に、少しきつめの関西弁をしゃべります。それは互いに特別な四半妖獣だと確認するための、一つの手段でした。


 けれどみのりは違いました。この辺りに住み始めて何年か経つのに方言に染まらない。それはつまり、過去に何度も退妖獣使に迫害され、住まいを転々としてきた、ということを示していました。私たちの集落に住んでいる人の中にもそういう境遇の人はいました。ちょうど人間で言えば、サラリーマンの転勤族。それよりもっと短いスパンで、全国の僻地を転々とする四半妖獣もいました。みのりはおそらくそうだ、と私のお父さんは言っていましたし、みのり本人の口からも同じような話がありました。


「……もう、我慢できない。秘密……言ってもいい?」


 みのりと一緒に暮らし始めて、何ヶ月か経った頃でした。いつものように二人で遊んでいた時、みのりが急に涙をこぼして、私に言ったのです。その時の光景は、よく覚えています。いやにきれいな夕焼けの光がみのりの背中を照らして、まるでその日を境に二度と会えなくなるんじゃないか、そう私に思わせるような景色でした。もしかするとみのりがその時秘密を言ったことで、”その時の”みのりとは、永遠の別れになってしまったのかもしれません。


「ごめんね、黙ってて……私、人間を食べないと、生きていけないの」


 その後もみのりは、ぽつぽつと誰にも言っていなかったことを私に言ってくれました。

 確かにみのりは人間を食べない四半妖獣と一緒に、迫害されるたびにあちこち逃げ回っていた人たちのうちの一人でした。でも逃げ回った回数の中には退妖獣使による迫害だけではなくて、”実は人間を食べる”ことによって、仲間であるはずの四半妖獣からも仲間外れにされ、居場所を追われたのも含まれていたのです。みのりのお母さんとお父さんは人間を食べないのに、みのりが人間を食べないと生きていけない体質に生まれてしまったことで、結局家族全員、四面楚歌になってしまった。そうみのりは打ち明けてくれました。


「じゃあ、お父さんとお母さんは……」

「前の集落が退妖獣使に襲われた時に、一番に見殺しにされた。あそこは退妖獣使に狩られても問題ない家だから、って。家が焼けてる中で、二人とも私だけを外に出して逃がそうとした。みのりは悪くないから、って。ずっとそのことは秘密にして、生きていけばいいって」


 みのりがこれだけは分かってほしい、と念を押すように私に言ったことがありました。それは、みのりは決して生きた人間を襲って食べるようなことはしない。不慮の事故で亡くなってしまった人を、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら食べさせてもらっているだけだ、と。それは人間を食べなければいけない運命を背負いながらも、退妖獣使にやっつけられるべき四半妖獣とは違うんだという、みのりなりの意思表示でした。


「なら、何でそのことを、私に」

「信じられるから。……言っても、大丈夫な気がしたから」

「気がしたから、って……」


 でも、何となくその気持ちが、私には分かる気がしました。誰にも打ち明けるな、自分だけの秘密にしなさい。その約束がたとえ自分の命に関わるものだとしても、まだ小学校低学年だったみのりには難しい話だったはずです。私はみのりの話を聞いて、それはみのりと私だけの秘密にしよう、と言いました。私のお父さんやお母さんにも、決して言わないと約束しました。

 私とみのりが外に遊びに行くのも、それが理由です。山の途中まで登っては、力尽きて亡くなってしまい、山に取り残された人間の遺体を食べるのです。私はみのりが集中して食べている間に、他の人が来ないか見張りをする必要がありました。


 その日もみのりは登山には少し不向きな格好をした男の人を、腕から食べていました。人間を食べない私は時々みのりの方をうかがいつつ、来た道をじっと見張っていました。


「……終わった?」


 みのりは好き嫌いが激しいらしく、基本的には腕しか食べません。たまに体が柔らかい女の人の遺体が見つかった場合は脚も食べるようですが、それ以外に手を出すことはまずありません。


「……うん、終わった。脚はやっぱり硬いし、あきらめるよ」


 近くに流れていた湧き水で手や口を洗って、みのりが立ち上がり私と一緒に帰ろうとした、その時でした。


「……誰か来る!」


 私が見張っていた方とは反対の方向から、人の集団がわらわらとこっちに向かってきていました。それを発見したのは見張りをしていた私ではなく、食べていた本人であるみのりでした。


「隠れなきゃ」


 腕と、場合によっては脚ももがれた遺体が近くにあっては、言い逃れができません。私とみのりは誰かが自分たちのもとにやってきた時、ひとまず近くの草むらに身を隠し、なるべく少しの音も立てないようにしてやり過ごす、そう決めていました。


 しかし、それはいとも簡単に、仇となって私たちに返ってきました。


「……見ろ! 人間のご遺体だ! 腕をもがれている、やはりこの先に四半妖獣の集落があるのは間違いない。行くぞ!」


 私は音を立てないという約束を忘れて、思わずひゅっ、と息を吸い込んでしまいました。やってきた集団は集落の人ではない、私たちの集落を襲いに来た退妖獣使たちだったのです。団員に向かって高らかに叫び、先陣を切っていった男の他に、退妖獣使たちは数十人はいました。

 私が隣をおそるおそる見ると、青ざめた顔をした、みのりがそこにいました。それはみのりが今まで私に一度も見せたことがない、恐怖で怯えた表情でした。

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