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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
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V-04.非力ゆえに

「誰か……!!」


 私はこのままではダメだと思って叫びましたが、その声は自分でも驚くほどか弱いものでした。突然のことに驚くあまり、動揺しているのか。それだけは私の中で、意識されていました。


「叫ぶなよ~。……殺すぞ」


 その人は私をさらに暗い裏路地の方へ連れ込んで行こうとしました。抵抗しようとしても、力ではどうにもなりません。どれだけ力を入れても、全く無駄だと言わんばかりにその人はびくともせず、逆にその人が少し私の腕を引っ張れば、持ち主に使い古されたマリオネットのように、従順に私の体が引きずられるばかりでした。

 叫ぼうとしても無意味でした。何度か声に出すうちに周りに聞こえるか聞こえないか、ぐらいの声になりましたが、その人も私が助けを求めているのだということを知って、暗い中でもはっきりと分かるくらい、その目を赤く光らせました。黒からあからさまに赤に変わり、しかもおどろおどろしい牙まで口元から生えてくる様子を、私は目の当たりにしてしまいました。


「人間じゃ、なかったんですね」


 不思議なことに私は、相手が普通の人間でない(・・・・・・・・)ことが分かったとたん、落ち着いていました。その人にそうやって聞くことさえできました。


「そうだよ。俺は四半妖獣だ。こうやって夜道でか弱い人間の女を襲っては喰う、それが日課で趣味のどこにでもいる妖獣だ」

「一緒にしないでください」


 四半妖獣はほとんど、その人と同じようなことを口にするのかもしれません。初めは四半妖獣なのに人間を食べない私の方が特殊だから、そういう、人間を食べて当たり前、というスタンスの方が四半妖獣としては常識的なのかな、などと呑気に考えていました。けれど、今は違います。そうやって人間と敵対せず、どうやって共存していくかということを考えもせずに、ただ欲望のままに行動している四半妖獣に、怒りを覚えるようになりました。


「一緒にすんなって? 人間風情に何が分かるんだよ」

「……残念ですね。あいにく私も、人間じゃないんです」


 気が付けば私はそう言っていました。それはかえって自分を追い詰めることになると分かっていつつも、そうしなければいけないと思いました。

 普段は絶対に、自分からやらないこと。私は狩気を引き上げるべくそのことに頭を集中させます。決して人を傷付けるのに使うような、乱暴な狩気能ではありません。けれど目を赤く変化させることに、効果があると思っていました。予想通り、私の変化にその人はいち早く気付きました。


「さてはお前……退妖獣使か?」


 四半妖獣が一番に警戒するのはその可能性です。理由は簡単で、それが自分にとっての最大の危機だと知っているからです。逆に相手が退妖獣使でなければ、その場を切り抜ける方法はいくらでもあります。


「そう、見えますか?」

「……いや、違うな。退妖獣使にしては、狩気能が弱そうだ」


 一瞬で見破られることに関しては想定内でした。私の狩気能は食べた物の栄養吸収を早めて、一時的に元気になる、その程度のものです。戦えるはずがありません。


「私はあなたなんかと、一緒にされたくありません……けど、種族はあなたと同じ四半妖獣です。私の肉なんて全然、美味しくもなんともありませんよ」

「ほう……そりゃ残念だ。残念残念」


 私は少し安堵しました。リスクを背負ってまで、正体を明かした甲斐があったと、私は思いました。


 ガバッ


 しかし次の瞬間に、私はその努力が無駄だったと悟るしかありませんでした。その人は乱暴に私の肩を掴んで、ニタリと笑って言ったのです。


「けどこのまま、帰すわけにはいかへんよなあ。だって女の子やもん、せめて『ええ事』はしていかなあかんよなあ」


 その人はまた口調をふざけた方言に戻していました。そこは建物の陰。私の下半身に向かって手を伸ばすその人を見て、何をしようとしているのか私は嫌というほど分かりました。


「……っ!」


 こういう時に甲高い声で叫べば、むしろこの手の人には逆効果だ。そうやってテレビでやっていたのを思い出しました。でも何もしなければ待っているのは絶望。頭の中がぐちゃぐちゃになるのが、分かりました。あの時遼賀さんと一緒に帰ると、言っていれば。



「待て」



 それは突然で、思いがけないことでした。物好きでも行かないようなその場所にもう一人分、別の声が響いたのです。


「おいおい、お姉ちゃんもう一人来たやん。一緒にええ事せえへん?」

「ふざけるな」


 現れたのは私と同年代くらいの女性でした。暗い中でも分かるくらい明るい金の髪が、寝癖のようななびき方をしていました。

 驚いたのはそこから、その女の人は最初から、目が赤かったのです。単に目が赤い人はいくらでもいるかもしれませんが、狩気を高めた時の赤さは、また別のものに本能的に感じるらしく、私はその女の人が妖獣であることを理解しました。


「その女を放せ。断るようなら」

「あかんなあ、怖い顔せんといてや、気持ちええことするだけやのに」

「はっ、嫌がる顔をする奴とすることが気持ちいい、か? ……反吐が出るな」

「……まだ邪魔するか?」

「アタシは断るようなら容赦はしない。そう言いたかっただけだが」


 男の人は私を乱暴に突き放して、女の人の方へ殴りかかりました。女の人はそこそこ華奢な体型で、とてもその攻撃をかわせるようには見えませんでした。が、


「……甘いぞ」


 私がびっくりして思わず目をつぶり、次に目を開けた時には、目の前に男の人の姿はありませんでした。代わりに、女の人が右手を血まみれにして立っていました。


「……クソ」


 女の人はそう吐き捨ててから、ふと思い出したようにズボンのポケットからスマホを取り出して左手で慣れない様子で操作した後、私にそのスマホを投げてよこしました。受け取ると、誰かに電話がかかっていました。


「どうだった?」

「……花宮さん?」


 電話越しの声は花宮さんその人でした。


「ああ、しおりん。よかった、無事で」

「無事……?」

「ひなのんは?」

「ひなのん……?」


 私がそう言うと、女の人がスピーカーモードにしろ、と言ってきたのでその通りにしました。どうやらその人がひなのんさんのようでした。


「始末したぞ。コイツが誰か教えろ、花宮」

「始末!? どうして殺したの!」

「殺したくて殺したわけじゃない。一発殴られただけで腹に大穴開けて逝く方が悪い」

「逝く方が悪いって……後片付けが面倒でしょ」


 私は襲われそうになったこともそうですが、花宮さんとひなのんさんの会話も、十分怖く感じました。どうやら一瞬で死なせてしまったらしいことも、後片付け、と物のように表現したことも、恐ろしさを感じました。


「後片付けなら問題ないだろ。どうせこいつは四半妖獣の中でも下の下だ、適当にごまかせるだろ」


 ひなのんさんがそう言いました。私はこのタイミングで足の力が抜けてその場にへたり込んでしまいました。


「……たぶん事情が分かってないだろうから言うが、こいつは最近この辺りに出没していた強姦魔だ。四半妖獣の力を使って人間の女どもに癒えない傷を付けてから喰い殺す、最低な野郎ってことだな。あまりに目に余る行動だ、四半妖獣の中でも問題になってた」


 やっぱりそうだったんだ。

 ひなのんさんが助けてくれなければ、私はひどいことをされていたのです。予想は恐ろしいくらいぴったりと、当たっていました。

 逆に助けてもらえた今、私は身体中の力が抜けていくのが分かりました。そうすると急に眠たくなって、私は自分が意識を手放していくのが分かりました。箸ですくい上げたそばがぷつん、と切れてしまうように、その場に倒れ込んでしまった……らしいです。

 最後に見たと覚えているのは、ひなのんさんの手から滴り落ちる、真っ赤な血でした。

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