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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
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V-03.遼賀さんとアルバイト

 アルバイトを始めてから、およそ二週間。私もようやく、環境には慣れてきました。それまでアルバイトをしたことがないのもありましたが、何より、私よりずっと年上の人と接する機会がなかったせいで、最初の頃は注文もまともに取れませんでした。


「最初の頃は仕方ないさ、今時こんな昔ながらの喫茶店も珍しいからね。ゆっくり慣れていくといいよ」


 常連のお客さんはほとんどが、遼賀さんのおじいさんの知り合いらしいです。遼賀さんもアルバイトを始めたての頃は私と同じようにたじたじだったらしく、厳しいことを言われることはありませんでした。それどころか、励ましの言葉までもらえました。

 確かにこの喫茶店は、昔ながらの、という肩書きにふさわしい雰囲気があります。明かりもぼんやりしたものでまぶしくないし、壁やテーブルの使い古された感じが、私の生まれるずっと前の時代を感じさせます。生まれてない頃の気分を味わうほどくすぐったい話はないかもしれませんが、レトロ、という一言で片付けるのはもったいないのも事実です。


「しおりちゃーん、パフェくださーい」


 そんな昔ながらのこの喫茶店ですが、実はお客さんはご年配の方だけではありません。メニューに載っているのも基本的にはコーヒーに紅茶、それからシンプルな甘いものばかりで、若者向けには程遠いのですが、私たちの通う花宮学園の生徒たちも入ってきます。花宮学園は由緒正しきお嬢様学校なので、帰り道に寄るのが禁止されている場所も多いですが、駅前の商店街にあるお店なら特別に許可されています。もっとも、先生の監視が行き届くから、というのが理由ですが。そんな商店街の一角にあるこの喫茶店も、帰りに寄っていいことになっているのです。


「オプションはなしでよろしいですか?」

「えー、じゃあクリーム増やしてくれる?」

「かしこまりました!」


 商店街にあるお店の中でも、店内でくつろいでしばらく時間を潰せるのはここだけ。一時期は近くにファストフード店ができて、そっちにお客さんを奪われたそうですが、あまり芳しくなかったようで一年ほどで閉店してしまった、という話を遼賀さんのおじいさんから聞きました。


「よかったよ、翠条さんが来てくれて。薫瑠もそう思うだろう?」

「そうね、ちょっと賑やかになった、っていうか」

「やはり女の子のアルバイトだと、華やかさが先行するんだろうね」


 今この喫茶店のアルバイトとして働いているのは私と遼賀さん、東雲さんにあともう一人、鴻池さんという男の人がいるそうです。鴻池さんは学校が忙しいらしく、あまりシフトに入っているところを見ないのですが、鴻池さんがいる時はお店全体が落ち着いた雰囲気になるそうです。


「なんかそれ、私だけだと大して華やかじゃない、って言ってる?」

「いいや、薫瑠見たさに来るお客もいるから、そういうことじゃない。翠条さんが同年代の子にも人気がある、と言った方が近いか」


 遼賀さんが退妖獣使だということは、私たちの学校ではよく知られているみたいで、そのせいで怖がる人もいるそうです。退妖獣使は人間の味方ですが、たまにそんな退妖獣使の中でも"育ちがよくない"人がいて、人間を守ってやっているんだ感謝しろ、と偉そうな態度をとる人も一部ですがいるそうです。遼賀さんがそんな人だとはとても思わないですし、普段の様子を見ていても退妖獣使、という仕事に対してすごく真面目だなあ、と思うのですが。退妖獣使の仕事に真面目に向き合っているからこそ、ちょっと周りに対して余裕がないのかもしれません。


「四半妖獣は見た目だけじゃ分からないから……苦労、してるよね」


 私がそう言うと、遼賀さんはため息をついて言いました。


「まあね。香凛も万能じゃないから、どうしても被害が出てから対応せざるを得なくなってる。予防が難しい話だし」


 せめて四半妖獣が人間の食べるものを一切食べられないとか、そういう決定的に人間と違う点があれば、もっと未然に四半妖獣による被害を防げるのかもしれません。


「けど大丈夫。私たちの仕事は、確実に前には進んでるから」


 四半妖獣はここ最近の退妖獣使の活躍で、確実に数を減らしているのだといいます。戦前は人間側との合意があったとは言え、やはり軍人さんの中で納得の行かない人がいたようで、なかなか退妖獣使の活動は進まなかったそうです。退妖獣使の活躍が顕著になってきたのは、ここ二、三十年の話だ、とも聞きました。


「そんなことより今は、バイト。お店のこと、頑張って覚えてもらわないと」


 最近はアルバイトに入ってくる人が少なく、私が入ってきたのが一年ぶりだそうです。私のすぐ上の先輩が遼賀さんだそうで、いつもアルバイト募集の張り紙を出しているそうです。


「他の友達とか、連れてきてもらえると嬉しいんだけど」

「友達……」

「あ、そっか。転校してきたし、いないよね」

「えっと……」


 いないわけではありません。前にいた学校でも、それより前の学校でも、友達はいました。一緒にいると安心できて、しばらく会えないと不安になってしまうような間柄。決して多くはありませんでしたが、確かにいました。


「いる、んだけど……連絡、取れるのかな」

「連絡が取れないの?」

「うん、間違えて連絡先のリストから消しちゃったみたいで……メモは残ってるはずだから、家に帰れば分かるんだけど」

「そっか。まあ別に、急ぐ必要はないから。もしかしてツテがないかな、と思って聞いてみただけだし、無理してその子に勧めなくてもいいよ」

「分かった。また連絡が取れたら、明日にでも」


 その日はそれ以上、遼賀さんと特に話はしませんでした。日が沈むか沈まないか、という頃に私も遼賀さんもシフトが終わって、弟に勉強を教えるから、と遼賀さんは先に上がって、私は後片付けを少しして遅れて上がりました。


「ちょっと暗いかな」


 ゴールデンウィークが明けてからというもの、天気はずっと下り坂で、もうすぐ夏だというのに空が暗くなるのが早くなっていました。六時を少し過ぎたばかりでも明るいところを歩こう、と意識するくらいには頼りない空の明るさでした。


「あ……」


 そうやって意識しても、どうしても暗いところがありました。喫茶店は駅前の商店街の一角にあると言えど、駅までの道のりに電灯がなく、周りより一段暗くなっているところがあるのです。そこを通らなければ駅の改札には入れません。私は少し深呼吸して、そちらの方に踏み出しました。


「大丈夫かな」


 そうやって心配する時は、何も起きないものです。駅に近付いて私は、もうすぐ電車が来る旨の放送がされているのに気付きました。足に自信はありませんが、もしかしたら間に合うかもと思って、私が走り始めた、その時でした。


「ちょっとお姉ちゃん、ええか?」


 私が行こうとした道を塞いできた影。声をかけられ、びくっとして見上げると、そこには私よりずっと肩幅も背丈も大きい、男の人が立っていました。ぶっきらぼうな言葉遣いで話しかけられたのも相まって、私は黙り込んでしまいました。


「車あんねん、こっち来てもらえる?」


 私が黙り込んでいるのをいいことに、その人は私をどこかへ連れて行こうとしました。さすがにまずいと思って抵抗しましたが、後の祭り。私の腕を掴んだ力は驚くほど強く、またもっと力を加えられればひょい、と体ごと持ち上げられる、それほど乱暴な力でした。


「誰か……!」

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