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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
五幕 翠条 真織(すいじょう しおり)
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V-02.四半妖獣の尻尾

 私の朝は、比較的早いと思います。

 学校から近い場所に家があるし、一人暮らしなので何とかなると言えば何とかなるのですが、お弁当のおかずを作ったり、ケルたちの朝ごはんも作らないといけないので、それらをやって学校にも間に合おうと思うと、早起きしないといけなくなってしまうのです。


「ん……」


 いつもならベッドから微妙に手の届かない場所に置いてあるスマホのアラームが鳴って、それを合図にしてすっきり起きられるのですが、今日は残念ながら違いました。毛布にくるまりつつ、違和感を覚えた私はとりあえずもぞもぞと体を動かしてみます。どうやら違和感は気のせいではなかったらしく、私は心の中でため息をついて、お尻の少し上のあたりに手で触れてみました。


 もふっ


 という、パジャマに程遠い感触がして、私は違和感の正体を確信しました。今度は心の中にとどまらないため息をついて、起き上がり背中の方を見ます。ありました。私の気分など素知らぬふりをして、パジャマを飛び出してゆさゆさ揺れています。


「今日はタヌキなんだね……」


 私は四半妖獣、というやつです。見た目はどこからどう見ても人間ですが、正確には人間とは別の種類。人間にアヤカシの血が混ざった、亜種とでも言えばいいのでしょうか。何より人間らしくないのは、四半妖獣が人間を食べるということです。もともと異形の存在であるアヤカシが人間を食べていたので、その血を引き継ぐ四半妖獣も食べないと生きていけないのでしょう。でもそれは、あくまで大多数の四半妖獣は、という話です。

 私の体に流れているアヤカシの血は、ネコとタヌキです。どうやらアヤカシにはそのケモノごとに性格が割り振られているらしく、ネコもタヌキも、気がそれほど強くなく臆病なアヤカシとして扱われているそうです。確かに私は大きな音が苦手だったり、何かびっくりするようなことがあるとすぐ腰が抜けたり、とにかく気が弱いのは少し自覚しています。

 そして夜寝ている時に、私のお尻のあたりから尻尾がゆらゆらと出るらしいのです。すっかり寝ている間の話なので、尻尾が生えてくる実感は経験したことがありません。しかもどうやら夢の内容に反応して尻尾が出ているらしい、ということしか分かっていません。自分の体のことなのに分かっていないのはむずがゆいですが、夢の内容もそれほど覚えていないので仕方ありません。

 ちなみに今朝はタヌキの尻尾がふさっと出ていましたが、日によっては三毛猫の尻尾がにょろっと出てくる時もあります。もちろん、尻尾が出ない時もあります。


「うぅぅっ……」


 朝ごはんが待ち遠しいのか、食いしん坊のロスが唸る声が聞こえました。いつもなら私が起き出してくるのにそれほど時間はかかりませんから、鳴いて私を呼ぼうか悩んだ結果の唸りなのでしょう。


「ごめんね、ロス。ちょっと、待ってくれる?」


 私は寝室の扉を開けて、駆け寄ってきたロスにそう言いました。最初は早くご飯よこせ、とばかりに私の足をポンポン触っていたロスでしたが、私のお尻からタヌキの尻尾が生えているのを認めるなり、急におとなしくなりました。これまでも何度かあったことなので、ロスも理解してくれたようです。

 私は心臓の鼓動が少し早くなっているのを感じながら、シャワーを浴びるために寝室を出ました。今日みたいに尻尾が出ている時はどうも胸がドキドキして落ち着かないので、シャワーを浴びるようにしているのです。

 ぬるめのシャワーを頭から浴びてすっきりすると、だんだん尻尾が引っ込んでいくのを感じます。急に引っ込むというより、風船のように時間をかけてしぼんでいく、という言い方の方が正確かもしれません。シャワーを浴びる前はくしゃっとしていた髪が落ち着いたのを鏡で見つつ、鏡に背を向けて尻尾が完全に引っ込んだのを慎重に確かめます。少しでも尻尾が出ていると、ひょんなことで尻尾がぴょこん、と出そうで怖いので、こればかりは多少時間がかかっても入念に確かめます。


「……よしよし」


 何度かお尻の少し上を触って、独特のわさっとした感覚がしないことを確かめられたら、ようやく体を拭きます。いったいどんな夢を見たのか、何度頭からお湯をかぶっても鼓動も尻尾も収まらない時があったので、それに比べれば早い方だと思います。

 制服をネクタイを締める手前まで来たら、朝ごはんとお弁当の準備です。早起きして手持ちぶさたな様子で待っていたロスを横目で見つつ、先に三匹の朝ごはんを用意します。ロスは食いしん坊とは言え、ケルやルベロと同じく朝に弱いので、朝食は軽めに。手早く牛乳に浸したコーンフレークを出して、私自身のお弁当作りに取りかかります。


「四半妖獣の中でも、あなたは人間を食べられない。人間と同じものがせっかく食べられるのだから、楽しく食べることを意識するのよ?」


 私を小学校の頃まで育ててくれたお母さんは昔、そう言ってくれました。もちろん一度や二度人間と同じものを食べるところを見せたところで、理解してくれる退妖獣使は少ないです。隠れて人間を食べる四半妖獣でも、食事の半分以上は人間と同じものだからです。中には何気ない風に友達付き合いをしておいて、実は誰が美味しいか見定めている、そんな恐ろしい四半妖獣もいるそうですから、同族ながら四半妖獣はあなどれません。それでも、他の人たちをそんな目では見ていないんだ、ということを地道に示していくしかありません。半妖獣が人間に認めてもらうまで必死の努力をして時間をかけたのと同じように、私たちが半妖獣に認めてもらうのもまだまだ遠い道のりなのかもしれません。

 私はお弁当のおかずたちを少し余分めに作って詰めていき、余った分を朝ごはんに食べることにしました。食べるのも誰より早いロスは私がいただきます、と言った時点でもう食べ終わっていました。

 ネギ卵焼きにタコさんウインナーの残り、それからいつも冷蔵庫に常備してある鮭フレーク。大抵お弁当を作った残りとご飯のお供で食べてしまいます。食べ終わったらケルたちが食べ終わるのを待ちつつネクタイを締めて、大人しくしててね、と言って家を出ます。

 そこまでしても、お尻の上のあたりがむずがゆい感じは治りませんでした。私は落ち着かずカバンでその辺りを触ったりして、そわそわしながら学校へ向かいました。



* * *



 私が転校先に花宮学園を選んだのには、いくつか理由があります。

 一つは退妖獣使の存在です。もちろん側から見れば私もただの四半妖獣なので、退妖獣使にそのことが知られれば殺されてしまう可能性はあります。退妖獣使が多いところであればなおさら、その可能性は高くなります。

 でも花宮学園は違います。何より経営者一族の花宮家が半妖獣の家で、通っている花宮さんが退妖獣使の遼賀さんのサポートをしていることもあって、二人とも知名度が高いです。当然他の退妖獣使にも知り合いが多いだろうから、私が頑張って他の四半妖獣とは違うということを訴えれば、なんとかなるかもしれません。少なくともすぐに敵とみなされることはないでしょう。私はその可能性にかけました。


「しおりんはさ、ここなら大丈夫、って確信はなかったんでしょ?」

「うん。もちろん、ある程度は調べたけどね」


 遼賀さんが私をすぐに敵とみなしていれば、私は今頃いなかったのかもしれません。


「かおるんはね、まだしおりんのこと、信じきれてないと思うよ」


 わたしは信じてるけどね、と花宮さんは付け加えました。

 花宮さんはそれから、遼賀さんの話をしてくれました。本当ならそれは、遼賀さん本人の口から聞いた方がいいのかもしれませんが、確かに自分からは言えないことでもありました。


「かおるんはお母さんを、四半妖獣に殺されてるんだよね。だから四半妖獣は基本的に、全て敵だと思ってる。もちろんその方が、退妖獣使としては理想的なんだけどね。四半妖獣も見た目は人間と同じだから、もし間際に命乞いなんてされたらためらっちゃう。そうならないように、なるべく感情を殺して戦え……そういう考え方は、ある種間違ってない」


 かおるんは戦いながら感情ダダ漏れだけどね、と花宮さんはまたもぼやくように言いました。聞けば退妖獣使の仕事を始めてから一年くらい経つそうですが、一年だとそんなものなのかもしれません。


「だからかおるんはしばらく、しおりんにぶっきらぼうな態度になるかも。わたしが必死に説得すればするほど余計に疑うと思うから、わたしからもあまりしおりんをかばうようなことは言えないけど」

「大丈夫。私が四半妖獣である以上は、仕方ないと思うから」


 花宮さんには、やけにかっこよく聞こえたかもしれません。でも私の中にそういう思いがあるのも、また確かです。


「翠条さん」


 ホームルームが終わってしばらく話していた私たちのところに、遼賀さん本人がやって来ました。


「なに?」

「今日、バイトじゃない?」

「あ、ごめん、花宮さんとついいろいろ話しちゃって」


 ここ最近アルバイト先の先輩の東雲さんが体調を崩すことが多くて、今日も代わりに私が入ることになっていたのを忘れていました。アルバイトのある日は遼賀さんと一緒にシフトに入ることが多いので、学校から一緒に行くことにしているのです。

 香凛と何話してたの、と聞いてくる遼賀さんに少しぼやかして話をしつつ、私は遼賀さんのおじいさんのやっている喫茶店に向かいました。

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