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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
四幕 偶谷 七馬(たまや ななま)-II
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IV-09.植川さんの素性

「植川さん、ここのマンションの人だよ? いつもゴミ出しの時に会うもの」

「ここの、マンション……?」


 俺はそれを聞いた瞬間いてもたってもいられなくなって、翠条に家に上げてもらっておいてろくなあいさつもせずに、飛び出した。エレベーターの前にあった郵便受けを見れば、どこの部屋に植川さんが住んでいるのか分かると思ったからだ。


「あ、ちょっと……」


 ドアを半ば乱暴に開ける直前翠条の引き止める声が聞こえたが、俺に急ブレーキをかける余裕はなかった。ちょうど来ようとしていたエレベーターに飛び乗るようにして、俺は一階に降りてポストを確認した。


「……あった」


 果たして翠条の言う通りで、五〇四号室の郵便受けに「植川」の文字があった。植川さんに(・・・・・)殺されたという事実さえ俺は忘れて、植川さんの部屋に向かうことしか考えていなかった。


「どこ行くの」


 そうして植川さんの部屋に向かうために乗ろうとした俺は、降りてくる遼賀と花宮に引き止められた。遼賀が俺にとどめを刺すように言った。


「どこって、植川さんの」

「落ち着いて。偶谷くんはその植川さんに殺されたのに」

「……!」

「それに、」


 遼賀と花宮の後ろには、息を切らした翠条もいた。その翠条が口を開いた。


「最近、植川さんの姿を見ないんです。私は毎週同じ時間にゴミ出しに行くんですけど、ここ最近は、全然植川さんは来ませんでした。それまでずっと欠かさず同じ時間――五分もずれないような正確さで植川さんに会っていたのに」

「植川さんはもう、このマンションにはいないってことか」

「たぶん……。しっかり確かめてみないと、分からないですけど」


 俺は翠条たちにも植川さんの部屋の番号を伝えて、一緒にその部屋の前まで向かった。俺はいてもらっても困るし、いなくてもそれはそれで困る、と複雑なことを考えながら、何度かインターホンを押した。しかし返事はおろか、中で物音がする様子さえなかった。


「……いないのか」

「居留守なのかもしれないって思ってたけど、これだけ物音がしないとなると……」


 翠条が言った。俺は念のためにドアを叩いて、再度物音がしないかを確認した。それでも人の気配さえなかった。


「うん、間違いないね。ここに人はいないよ。何なら……」


 花宮が確認するように言って、植川さんの部屋のドアノブを握った。普通に考えてカギがかかっているはずのそのドアは花宮の手に従ってすっ、と開いた。


「逃げたんじゃない? ほら、窓も開いてるし。いつ逃げたのか、それからどうやって逃げたのかは全く分からないけどね」

「植川さんは四半妖獣、なんだよね? それなら、ここから飛び降りても何とかなるのかも……」

「そういうしおりんは飛び降りたらひとたまりもないでしょ。普通に死ぬんじゃない?」

「……そうかも」


 花宮と翠条が勝手に話を進めてしまったので、俺は思わず口を挟んだ。


「逆に植川さんなら、それができるって言うのか」

「狩気能の問題だよ。植川の狩気能が何なのか分からないから何とも言えないけど、そんな狩気能があってもおかしくはない。マンションの五階から飛び降りて、怪我しないどころか何事もなかったかのように振舞うことができるような、狩気能がね」

「狩気能って、そんなものまであるのか」

「そりゃ様々だよ。その人がどんな狩気能を持ってるか、はたまた世の中にどんな狩気能があるかなんて、誰も全部把握できないもん」


 俺は素直に驚いた。花宮ならてっきり、狩気能について詳しいとばかり思っていたのだ。そうして驚いた顔をしていると、花宮がその表情を見て言った。


「もちろん今わたしは植川の狩気能が一体何なのかなんて、想像はついてない。かおるんや他の妖獣たちの狩気能が何なのか、それが具体的にどんな効果を持つのかは教えてもらった結果で、別に感じ取ったみたいなことはないからね」

「ここから飛び降りて、無傷でいられるような狩気能……」

「しかも、つい最近みたいだね。割と直前までいたような痕跡がある」


 花宮はずかずかと部屋の奥まで踏み込んでいき、シンクに食器が乱雑に置いてあるのを見てそう言った。夏なので少し異臭を発してはいたが、まだ完全に腐ってはいない。そんな臭いだった。


「そうなのか」

「もしかしたら事前にわたしたちが来る……なんて情報を、誰かから聞いてたのかもしれないね。それこそ、虎野とか」

「虎野……」

「……あ」


 そこで少し間の抜けたというべきか、何かに気付いたような声が上がった。声の主は異臭にいち早く勘付き遠ざかるために部屋の入り口でじっとしていた翠条だった。


「どしたの、しおりん」

「ごめんなさい、少し用事を思い出して。用事って言ってもオーブンがつけっぱなしだったってことなんだけど……部屋に戻らせて」

「ああ、そーいうことね。こっちこそごめんね、無理やり連れてきちゃって」

「そんなことないよ、私は自分でついてきただけだし」


 翠条は申し訳なさそうな顔をしつつ、小走りで俺たちのもとを去っていった。俺は特に気にする理由もなかったので、すぐに翠条の行ってしまったあとを見るのをやめてしまった。


「……植川が逃げたのはもうどうしようもないから、探すしかないね。植川も、虎野も」

「そんな必要はないよ」


 俺は一瞬、花宮がどちらの言葉も発したのかと錯覚した。しかしそうだとすれば、その時花宮が浮かべていた困惑しきった表情を説明できなかった。俺や花宮もそうだが、遼賀もきょろきょろと周りを探していた。そんな必要はない、と言った声の主を、みな探していた。



 コツ、コツ



 その時だった。俺たちが今いる植川さんの部屋に向かって歩いてくる、足音が聞こえた。靴の音にしては甲高い感じを覚えるもので、女性の履く靴であるように感じた。花宮や遼賀も同じことを考えたようで、二人とも訝しげな顔をした。やがて靴の音は俺たちの目の前で止まった。俺はおそるおそるその顔を確認するために、顔を上げた。


「久しぶり、偶谷。生きてる姿を見られて、私は嬉しいよ」


 退妖獣使・虎野佳音。退妖獣使ということさえも偽り、俺に最初に近付いてきた四半妖獣の姿が、そこにあった。


「お前……!!」


 俺の顔から血の気が引いていくのが、自分でもはっきりと分かった。

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