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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
四幕 偶谷 七馬(たまや ななま)-II
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IV-06.鷹取 彩葉(たかとり いろは)

「久しぶり。どうして生きてるのかなあ」


 俺は覗き込んだその顔を見て、自分の目を疑った。俺を不敵な笑みで眺めていたのは、


「鷹取……?」

「そう。覚えててくれてた?」


 花宮が邪悪な雰囲気、と言ったことで、俺は虎野が来たのだとばかり思っていた。そもそも俺はヒナノに助けてもらい、ヒナノや花宮たち以外に一切知られないまま花宮家にかくまってもらうことになったので、俺の居場所はおろか、俺が生きているということさえ知られていないはずだった。だから虎野が来るにしてもおかしいのだが、鷹取の登場は俺のその予想をはるかに超えるものだった。


「……やっぱりね。あなたも虎野の手下だったんだ」


 花宮は意外に落ち着いた声だった。


「あら。花宮さん、あなたとお会いした記憶はないんだけど。どうして知ってるのかしら」

「さあ。風の便りってやつじゃない?」


 鷹取の雰囲気は確かに、俺が見たものとは全く違っていた。


「悪いけど、ちゃんと偶谷くんが生きてることが分かった以上、放っておくわけにはいかないから。じゃあね」


 迷うことなく俺の首に鷹取の手が伸ばされた。花宮がわずかにあ、と声を上げたのが聞こえた気がしたが、間に合わなかったようだった。次の瞬間には首に思い切り力を入れられ、ふっ、と煙が上るように穏やかに俺の意識は薄れたようだった。



* * *



「……っ」


 妙に周囲が騒がしい気がして、俺の目が覚めた。目を開けて、俺は鷹取と目が合ってしまった時のように地面に横たわっていることに気づいた。しかしそうやって横たわっているのはダイニングの床ではなく、温もりなどまるでないコンクリートの上だった。意識を取り戻してから急に、体の熱がどんどん地面に奪われていくのを感じていた。


「起きた?」


 俺のはるか頭上から声が降ってきた。鷹取の声で間違いなかった。


「お前……!」


 俺はその声に反応して体を起こそうとしたが、少しだけ起こしたところで何かが引っかかり、また倒れ伏してしまった。異物があるのを感じた腹の辺りを見たが、特にそれらしきものはなかった。その代わり、


「うん……?」

「お仲間の目も覚めたようよ」


 俺は背中同士でぴったりと、花宮とくっつけられていた。花宮も俺と同じように起き上がろうとしたが叶わず、ようやく二人まとめて拘束されていることを悟った。


「どういうことだ」


 俺は周囲を見回したが、特に見覚えのある場所ではなかった。うっそうと茂った草木に囲まれており、特に背の高い木々のせいで、そこから覗く光でまだ昼間だということは分かったが、とても昼下がりとは思えないほど暗かった。


「どういうこと? それは偶谷くん自身が一番分かってるでしょ? むしろこっちが聞きたいくらい」


 鷹取の声は以前聞いた時よりずっと冷たいものに変わっていた。俺は別人を相手に話しているような気分だった。


「あいにく偶谷くんにはたくさん聞きたいことがあるの。どんな汚い手を使ってでも、しゃべってもらうわよ」

「それなら俺も聞きたいことは山ほどある。仮に俺がしゃべるにしても、お前から話を聞かないことには何とも言えないな」

「黙って」


 鷹取がそう叫んだ瞬間、俺の腹に強烈な力がかかった。その感触は縄できつく縛られた時そのもので、花宮も同じように顔をしかめていた。


「今あなたたちはまとめて目には見えない縄で拘束してる。一緒に縛られてる人たちはその時点で運命共同体だから、気を付けたほうがいいわよ。今ちょっと気が変わって私が偶谷くんを殺せば、後ろの花宮さんもついでに死んじゃう。何を話すべきか、よく考えることね」


 鷹取は自分のしたことに対して、相当な自信を持っているようだった。絶対に逃げ出されない、自分の聞きたいことをこれで全て聞き出せる、という自信がありありと見て取れた。


「どうして今殺したはずの偶谷くんが生きているのか。早くその理由を言わないと、大変なことになるわよ」

「俺があんな理不尽に殺されて満足したと思ってんのか。死んで腐りきってたところを花宮や遼賀に助けてもらった。それだけだ」

「そうやって何でもない顔で嘘を言わないことね」


 俺の腹を縛る縄の力が強まった。腹が苦しくなって嘔吐しそうになりながらも、目はぎっと鷹取の方を睨みつけていた。


「近くにいる有力な退妖獣使の動きは全て封じられていることが確認できた状態で、偶谷くんを殺してる。学校からの帰りに喫茶店で雨宿りしていた遼賀さんや花宮さんに、偶谷くんが助けられるはずがないのよ」


 そこまで知っているのか。たった一人、何も関係ないはずの俺を殺すのに、そこまで計画を練っていたのか。植川さんや虎野だけじゃない。鷹取もその計画に一枚噛んでいたというのか。


「さあ。本当は誰なのか、言ってもらいましょうか」

「……偶谷くん」


 鷹取が醜い顔をして俺に再び促したタイミングで、後ろの花宮が俺に耳打ちしてきた。その内容を半ば信じられないながら、俺はわずかにうなずいた。


「行くよ」


 花宮がそう言った気がした。次の瞬間には花宮の姿は忽然と消えて、俺の背中が軽くなった。俺をねっとりとした目で見つめていた鷹取が、それに気付かないはずがなかった。


「どういうこと!? 花宮さんをどこへやったの!?」

「さあな。瞬間移動でもしたんじゃないか?」


 もちろん俺は知っている。花宮はただ落ち着いて、現状打破する方法を考えついていた。花宮がどこに行って何をしようとしているのか、俺はちゃんと花宮から教えられていた。


『わたしはかおるんを呼びに行く。退妖獣使の仕事のサポートをするためにかおるんの翼に変身するのは自分の意思だから、わたしだけここから脱出することはできる。わたしがかおるんを呼ぶまでの間、一人だけでも頑張れる?』


 俺はなるべく早く花宮が戻ってきてくれることを祈りつつ、粘るしかなかった。


「瞬間移動? バカにしないで。瞬間移動なんてできるはずがないでしょ」

「いや、分からないぞ。世の中には瞬間移動ができるような狩気能を持つやつもいるかもしれない」

「瞬間移動はSFの世界でしか実現しない。移動するのに必要になるエネルギーの行き先が必要だし、時間の概念も歪める必要がある。嘘のつもりで言ったのなら下手もいいところよ」


 俺は花宮を信じたおかげで、心に余裕ができてきていた。その証拠に、俺の心は妙に落ち着きを見せ、鷹取に対しても怯えた表情を消すことができた。

 

「狩気能について知っているようね。誰から教わったの」

「まるで俺が全く知らないみたいな言い方だな」

「もちろん。虎野さんが聞いたら偶谷くん、全然知らなかったみたいだもの」


 鷹取は俺のことをどこまで知っているのか。慎重に探らなければいけない、と俺は心の中で深呼吸をした。


「いつから俺のことを知ってた? それから、虎野とも」

「最初からよ。高校に入った時から。最初に偶谷くんに接近することになっていたのが虎野さんなだけで、もとから遅かれ早かれ私が偶谷くんに関わることも決まっていたの」

「他の仲間は誰だ? 虎野と植川さんと鷹取。他にいるのか」

「さあ。私は私がやりたいことをやってるだけだから。仲間意識もなければ他の人がやってることも知らないわ。当然、他に誰かいるのかなんてことも」


 鷹取はもはや別人のような振る舞いだった。虎野の仲間だったことを認めて、開き直っているようだった。


「まだ聞いてないわ、偶谷くんが本当は誰に助けてもらったのかを。あの後様子を見に来た植川さんが、あなたがいないことに気付いた、そう言ってたもの。植川さんにお腹を殴られて、自力でそこから逃げ出せたとは到底思えない」

「……」

「なるほど。言えない相手ってわけね」


 その通りだった。俺からヒナノに助けてもらった、とは言えない。それはヒナノ自身も口外すべきじゃないと言っていたし、俺も四半妖獣に助けてもらったとは言えないと思っていた。


「言えない相手ってことは、私たちにとっては裏切り者ってことだから……習獅野とか?」


 思っていたことを読まれたような気がして、俺は思わず目を見開いてしまった。その表情も鷹取に読まれ、鷹取が不敵な笑みを浮かべた。


「当たりね。怪しいとは思ってたんだけど、まさか本当だったなんて」


 思ったことを顔に出さないようにするのが、俺は昔から苦手だった。俺が生きていることも、ヒナノに助けられたことも知られてしまったことを俺は悔やんだが、それはもはや後の祭りだった。


「……つまり習獅野は裏切り者……どうしようかしら」


 鷹取の中で対象は俺からヒナノに変わったようだった。俺の方にはもはや目もくれていなかった。狩気能もなく戦えない俺などいつでも殺せる、という認識に変わったのかもしれない。

 鷹取が何やら俺には聞こえないような声でつぶやきつつ、俺のもとを離れようとした、ちょうどそのタイミングだった。


「何……!?」


 隕石のごとく鷹取目がけて、まっすぐに落ちてくる姿があった。鷹取は事前に勘付いて避けたが、俺は思わず自分の上に落ちてくるんじゃないかと錯覚して、目をつぶった。


「行くよ、香凛。間に合ったみたいだし」

「そうだね。大丈夫、偶谷くん?」


 仰々しい光を発した割には、静かに俺の目の前で着地してみせた。頭の後ろで短く団子にしてくくられた茶色の髪。俺が今まで見てきたどの白よりも白い、汚れの一切ない装束。その装束の背には、絵画で見る天使のような純白の翼がついていた。退妖獣使と名乗られてもにわかには信じ難い、神々しさを感じさせる姿がそこに現れた。


「遼賀! 花宮……!!」

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