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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
三幕 習獅野 比奈乃(ならしの ひなの)
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III-07.ピンチの場面で

「ぐっ……」


 アタシは意識が遠のいていくのを確かに感じていたが、すぐに意識を戻された。乱暴にも水をかけられたらしかった。

 目を開けて辺りを見渡した。さっきまでいた店からそう遠くない、スタッフ専用のスペースに連れてこられたらしい。


「目が覚めたか」

「……誰だオマエ」

「いや、ちょっとケモノのニオイがしたからさ。もしかしたら四半妖獣じゃねえかな、とか思って」

「はっ」


 くだらない。今の言葉で浅はかな人間性が垣間見えた。質問にきちんと答えるところからやり直せ。


「何がおかしい」

「アタシの言った意味、分かってるか? アタシは誰だオマエ、と聞いたんだ。アタシを取っ捕まえた理由を吐き捨ててどうする」


 それとももう少し、噛み砕いて言ってやった方がよかったか? と軽く挑発しておいた。


「なに?」

「まあいい。どうせアタシはオマエの名前なんかに興味はない。名前くらい聞いてやった方が、オマエのメンツも保たれるってもんだろ? それよりオマエ、ホントにそれでいいのか?」

「……どういうことだ」

「アタシが仮に四半妖獣だとしよう。その口ぶりからして、オマエは退妖獣使なんだろう。けどここで始末するつもりか?」

「当たり前だ。四半妖獣を見つけたら即刻始末する。それが退妖獣使の仕事だろうが」

「駄目だな。まるで駄目だ。正気かオマエ?」

「何だと?」


 男が目に見えてイラついていた。アタシの挑発にしっかり乗ってくれている。アタシは変身した女の姿のままで、眼鏡を押し上げた。


「ここで血を撒き散らしてみろ。アタシとオマエだけの問題じゃなくなるぞ? 血を見てトラウマになる買い物客も多くなるだろうな。どっちの血かは明確だけどな」

「知ったことか。四半妖獣のいるところに、一緒にいた人間が悪い」


 アタシはため息をついた。退妖獣使もつくづく腐っている。今では妖獣の力を保てている奴の方が少ないから、ちょっと力さえあればすぐにでも退妖獣使になれる時代だ。そのせいで自分のことしか考えられないバカが大量生産される。


「いいだろう。ただちょっと、大人しくしてもらうぞ?」


 アタシはその場にちょっとへたり込んでろ、とつぶやいた。狩気能が発動して、男はその言葉の通りに足腰の力を抜かした。


「お前……何をした!」

「いずれ分かる。お前がいかに不利なやつを相手にしたかってことがな」


 アタシは男を置き去りにして悠々と、近くの女子トイレの個室に入った。それからアタシを探しているだろう沙矢乃に電話をかける。


”姉さん? どうしたの?”

「アタシを探してただろ? とりあえず無事だってことを言っておきたくてな」

”……うーん、実は、探してはなかったんだけど。思ってた以上に着たい水着が多くて”

「は? まだ選んでたのか?」

”ダメだった? ……ってそれより姉さん、どういうこと? 無事だとか何とかって……”

「油断してた隙に退妖獣使に捕まった。とりあえず逃げはしたがな」

”本当に!? 姉さんが?”


 もちろんアタシが元の姿だったら、こんな情けないことにはならなかっただろう。気絶させられる前に、逆に気絶させることなど容易かったはずだ。だが今は違う。沙矢乃の狩気能を使って別人の姿になっているせいで、平均的な女程度の体力に落ちていた。もちろん力も格段に弱くなっている。


「どうする? このままだとどうしようもないな。今の姿で出て行ったんじゃ、意味がないしな」

”それに、元の姿に戻るのもダメじゃないの?”

「……そうだな」


 アタシも沙矢乃も、四半妖獣としてあまりにも有名すぎる。偶然あの男は妖獣のニオイを感じ取ってアタシを連れ去ったが、今アタシが元の姿に戻れば、他の退妖獣使までむやみに刺激してしまうだろう。かと言って別の姿になるのも、それはそれでどうか。


”別の姿には、なれないね”

「アタシの姿を変えれば、沙矢乃も一緒に変えなきゃいけないんだろ?」

”そう。退妖獣使を殺すわけにもいかないし……”


 花宮と裏でつながっている以上、むやみに退妖獣使と対立することも避けたかった。できればアタシたちも逃げられて、あの退妖獣使の男にも恨みを持たれない方法がいい。


「そうだな……あ」

”何?”


 アタシがふと顔を上げると、個室のドアに張り紙がしてあるのが見えた。


「一度切るぞ。いい方法を思いついたかもしれない。とりあえずそこから動くなよ」

”え? うん……”


 その張り紙を見て確信を持ったアタシは沙矢乃にそう言った。突然態度が変わったアタシに戸惑っていたのだろうが、沙矢乃の方から電話は切られた。それを確認して、アタシは続けて別の奴に電話をかける。沙矢乃の時より長めのコールの後、少し眠たそうな声が向こうから聞こえた。


”はい?”

「花宮か」

”……ひなのん? 珍しいねえ”

「一つ聞きたいことがあるんだが」

”うん”


 花宮だ。午後も二時を回った頃だったが、どうやら今の今まで寝ていたらしい。少しアタシが黙ればまた寝てしまうのではないか、というほど眠たそうな声だった。


「……大丈夫か?」

”大丈夫大丈夫。ずっと寝ててさ、電話が鳴ってる、って今じいやに起こされたとこなの。頭は起きてるから心配しないでー”

「大丈夫じゃないだろ」

”ホントに大丈夫だからー。話していいよー”

「……なら聞くぞ。正子(しょうじ)セントラルフラワーパレス……これ、花宮の傘下だよな?」


 およそショッピングモールには似つかない名前だ。ショッピングモールよりも、どこかの高級マンションのようなその名前には、少し考えれば分かるような花宮ホールディングスの傘下である証拠があった。


”正子……そうだね、ウチのだね。それがどうしたの?”

「オマエにそこを何とかできる権限はあるのか? 突然暴れだした退妖獣使を拘束させるとか」

”え? 何? 今そこにいるの?”

「ああ、そうだ。沙矢乃と買い物に来てる。だがニオイで勘付かれて、しつこい退妖獣使が追ってきてるんだ」

”……”

「アタシの話をしてもよかったんだが、あいにく話の分からない馬鹿だった。アタシが何か言ったところでどうにもならない」

”殺していいんじゃない?”

「……は?」


 時に花宮はアタシよりも極端な意見をアタシに投げつけてくる。今がそうだった。


”退妖獣使なんてごまんといるよ、そりゃ。今の時代人間だって退妖獣使になれるし。当然話の分からないバカだっていくらでもいる。どうせ退妖獣使が一人減ったところでこっちとしては大した損害じゃないし、ひなのんが殺したければさっさと殺してもいいよ”

「バカ言え。その理論でいけばアタシが殺されるのも大した損害じゃなくなるだろ」

”確かにそうかも……じゃあどうする? さやのんは?”

「沙矢乃はとりあえず水着売り場にとどまっているはずだ。アタシは今、トイレにいる」

”オッケー。じゃ、警備員と警察に動くように言っとく。たぶんしばらく外がガヤガヤすると思うから、収まった頃合いを見て出てくれる? あと、さやのんにもできるだけ落ち着いて、って言っといて”

「分かった」


 ことが決まれば花宮の行動は早い。アタシが分かった、と言い終わらないうちに、花宮の方から電話が切れた。

 それから沙矢乃にそこを動くな、と念押しのためにもう一度言った。すぐに花宮の言った通り外が騒がしくなり、三十分も経つと店はもとの活気づいた賑やかさを取り戻していた。



* * *



「……すまなかったな」

「ううん、全然。姉さんとお出かけできただけで、充分」


 結局その日は閉店近くまで構内にいることになり、家に着く頃にはすっかり日が沈んでいた。面倒な退妖獣使が乱入してきたのは予想外だったとは言え、沙矢乃に少しでもビクビクさせる時間を作ってしまったことに罪悪感を感じていた。アタシは買ってきた水着や服を取り出しては満足そうに眺める沙矢乃に、そう声をかけた。


「そうか?」

「姉さんも楽しそうだった。いい服は見つかった?」

「まあな。アタシは普段制服か、私服も決まった服を二着か三着着回しているだけだから、自分の服をわざわざ選ぶなんて新鮮だった。アタシに合いそうな服が見つかってよかった」

「ねえ」

「ん?」


 改めて呼びかけた沙矢乃の方を、アタシは見た。沙矢乃は一通り買ってきた服をたたみ終わって、アタシの方を見て少し顔をほころばせていた。


「今度友達に、姉さんのこと言ってもいい?」

「言ってなかったのか?」


 アタシも沙矢乃も、同じ学校に通っている。よほどのことがない限り、沙矢乃の周辺も二つ上に姉がいる、ということは知っているはずだった。


「あ、もちろん知ってはいるよ。でも姉さん、いつも学校では不機嫌だから。みんな話しかけたくても怒鳴られそうで無理だ、って言うし」

「……別に沙矢乃の友達に話しかけられたくらいでは怒鳴らないぞ」

「本当に? じゃあ今度、みんなで姉さんのクラスに行っても大丈夫?」

「たぶん。問題はないと思う」

「分かった。ホントに怒らないでよ?」

「分かってる」


 そこまでアタシが言うと、沙矢乃はじゃあご飯作ってくるね、と言い残し、アタシたちの寝室を出て行った。今日買った服で散らかった感じのした部屋にアタシだけが残った。


「……できれば沙矢乃には、四半妖獣だ、ということを気にしなくてもいいように生きてほしい」


 アタシは今日沙矢乃と一緒に何でもないことをして、いっそうそう感じていた。それがあの時、まだ幼かった沙矢乃に何もできなかったアタシが、唯一沙矢乃に願うことだった。

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