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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
三幕 習獅野 比奈乃(ならしの ひなの)
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III-04.秘密の会合

 習獅野家が得る収入は、一族が経営する習志野製薬株式会社からのものがほとんどだ。昔は薬屋としての収入は全体の半分を少し超える程度で、あとは政財界の要人との裏取引による金、すなわち賄賂がまかなっていた。一般官僚だけでなく、大臣、首相級の人物とも取引をしたことがある。取引することで政治家の側は絶対的な権力を保ちながらも、四半妖獣に襲われて殺されることがないという保証がなされたし、習獅野家側はさらに権力を手に入れ政財界の内部に入り込むことができ、また莫大な資金を手に入れさらに薬を開発できるという、強烈なまでの癒着関係が形成されていた。贈収賄の関係を暴き、真相に迫ろうとした者を闇に葬るという、罪に罪を上乗せする行為も横行していた。


「昔はこの薬も、よく悪用されていたそうだが」


 血液製剤として服用することで血を摂取し、四半妖獣、あるいは半妖獣の人間を喰う本能を抑え込む。本来その目的で開発された薬は、当時はある程度の権力を持つ四半妖獣や半妖獣が公の場で人を喰わなくてもいいよう、自身の正体を隠すために利用された。それは紛れもなく悪用で、そのせいで妖獣の人口は増える一途だったし、人間の数も増加率が芳しくなかった。

 アタシの父親の代までは、立派にそういう裏の仕事をやっていた。贈収賄に関わっていた政財界の要人は、その多くが今でも何でもない顔をして活動を続けている。だがアタシと沙矢乃が習獅野家の当主になって、きっぱりとその関係から足を洗った。そして、この薬を取引する相手はただ一人に決まった。四月も終わっていよいよゴールデンウィークに入ろうか、という週末、アタシはその取引人と会うために準備を整えていた。


「どこに行くの?」

「仕事だ。沙矢乃は留守番を頼む」

「……はーい」


 アタシの代になって唯一の取引先にして、最大の上客。アタシは普段制服を着崩しているのに対して、きっちりとネクタイを締めてスーツを着込み、相手に会った時に失礼がないか入念にチェックした。本音を言えばそこまで神経質になる必要はないと言えばないのだが、表面的だけでも誠実さを見せる必要はあるので、アタシはきちんとするようにしている。


「……入れてあるな。よし」


 以前沙矢乃が捕まえてきた女も含めて、何人分かの人間の血をもとに作った血液剤。それらのサンプルと、実際に商品として取り扱う分もまとめてアタッシュケースに入れて、それを持ってアタシは家を出た。


「変身はしなくていい?」

「……頼む。ただ、目立たない感じにはしてくれよ」

「分かってる」


 アタシが玄関を出る間際、沙矢乃が話しかけてきた。沙矢乃は自分だけでなく、他人の姿も変えることができる。仕事が仕事なので、アタシはよく沙矢乃に自分の姿を変えてもらうよう頼んでいた。


「どんなのがいい? はっきりしたイメージがあるなら、それを言ってくれれば」

「別に何でもいい。ただ有名人はやめろ。目立つ一方だ」

「難しい注文だなあ……まあ、いつものことだけど」


 あたし思い浮かぶの有名人しかいないんだけど、と沙矢乃は言った。その直後、あ、と声を上げた。


「じゃあ、前の女は? あの、血を提供してくれた女」

「新聞記者のか。別にいいだろうが、顔は覚えてるのか?」


 例の新聞記者の顔になっても、例えば旧友なんかと出くわしてややこしいことになる確率は非常に低いだろう。だが、アタシは残念ながら至って平凡だったその女の顔をあまりよく覚えていなかった。


「姉さんその辺ガバガバだからなあ。撮ってあるよ、写真。血液提供者なんだから」


 実際、会社の運営の細かいところは沙矢乃がやってくれていたりする。アタシも運営に関わってはいるが、表の顔、という役割が強い。たぶんアタシだけで運営していたら、あっという間にウチの会社は倒産していただろう。


「ああ、そうそう。こんなのだった。写真があれば大丈夫」


 沙矢乃は写真を片手にアタシの肩に手を置き、狩気能を使ってアタシの顔を変えた。変わったのは主に顔で、正確に言うなら若干体つきも変わっている。一目見てアタシだとまず分からないようになっている。


「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃい」


 アタシはまず正体がバレないようになっているとは言え、万が一のことを想定してなるべく人通りの少ない道を選んだ。まず大きなアタッシュケースを持っている時点で、怪しさは満点なのだ。

 だんだんと人通りの少ない道から、完全にさびれた人のいない道に入ってゆく。ためらいもなく店の一つもないような暗い道を奥に行くと、そんな道には似合わない、黒く長いリムジンが待ち構えていた。そこでアタシは狩気能で自分の顔を元に戻した。どうやってそんなリムジンがこんな道に入ってきたのかは分からないが、アタシはわざわざ降りてきてドアを開けてくれた運転手を横目で見つつ、アタッシュケースを隣にして後部座席に乗り込んだ。運転手はそれを確認して、目的地への運転を始めた。


「本日は習獅野様は、学校に行かれたのですか?」

「そうだ。アタシのところは私立だからな。土曜だろうがお構いなしに学校がある。向こうも午後からを希望していたし、ちょうどいいだろ」

「ごもっともでございます。こちらもわたくしが起こさなければ、午前中はずっと寝ていらっしゃいますから」

「……呑気な奴だな」

「確かにその面も否定はできませんが……しっかりご自分で習獅野様との面会の約束を覚えていらしていましたよ」

「そうか。それならいいんだが」


 運転手は初老の男で、長年この仕事をしているのか運転技術は見事なものだった。最短最速となる道を一度も間違えることなく、かつ機械の類にも頼ることなく車は進んだ。車もリズミカルな振動を続けていたが、アタシがうたた寝に落ちる前に車はホテルの地下駐車場に到着した。


「到着いたしました。お帰りの際は、お二人でご一緒に、できればお願いいたします」

「分かった。たぶんそうなるとは思うが、一応言っておく」


 アタシはアタッシュケースを持って車を降り、あらかじめメールで伝えられた番号の部屋に向かう。そこで取引先が待っているはずだった。さっきの運転手の男はその取引をする奴の使用人らしい。


「一四五二号室……また随分と高層階だな」


 近辺でも一番の規模の大きさを誇る駅の前に堂々と建つそのホテルは、十五階建てだ。しかも最上階はVIPルームしか存在せず、簡単に予約をして取れるようなところではないから、実質十四階が最上階。会合が会合だし最上階を取るべきなのかもしれないが、そこは少し認識の甘さがあった。この会合自体、ギリギリにすることが決まったばかりなのだ。

 部屋の番号を確認して、扉をノックする。エレベーターで十四階に着いてから部屋の前に来るまで、人とすれ違うことはなかった。少し待つと中からカギが開かれ、扉が開いた。


「どうぞ」

「待ったか?」

「ううん。それほどでも」

「そうか。ならいい」


 短いあいさつ代わりの言葉を交わし、アタシたちは奥の椅子にそれぞれ腰かけた。


「今日は暑かったね」

「そうか?」

「ちゃんと学校は行った?」

「馬鹿にするな。行ってるからこの時間なんだろう」

「まあそりゃ、学校に行かないことが必ずしも悪とは限らないけどさ。もし悩んでることがあるなら、それは一人で抱えるべきじゃないから」

「アタシがそんな心の弱い奴に見えるか?」


 アタシの言葉にはいちいち棘があるように受け取られるかもしれないが、実は案外そうでもない。確かに少しいさめるつもりで敢えて少し厳しめの言葉をぶつけているのはあるが、アタシとこの取引先の女の仲が悪いわけではない。


「見えないけど。そこまでしっかり二足のわらじ(・・・・・・)、履いちゃってるもんね」

「アタシは古臭い習獅野家にはびこる古臭い慣習を葬り去りたいだけだ。どうせ、アタシの代で習獅野は滅びるしな」

「そのことはまだほとんど誰も知らないもんね……でもどこかに嫁いでも、習獅野の力は維持されるんでしょ?」

「そりゃまあ維持はされるだろうが、それはもはや習獅野の力じゃないだろう。嫁いだ先の家の力だ」

「ただ習獅野の力が広がりすぎるのもマズいんだよね……おっと、こんなこと話してる場合じゃなかった。わたしもこの後、いろいろ用事があるんだよね。本題に入ろっか」


 女はニコニコした人当たりのいい笑顔を急に消し、仕事をする大人顔負けの無表情な顔になった。そうしてアタシがアタッシュケースを開けるのをじっと見つめる。

 アタシより一歳年下の中学二年生でありながら、すでに日本経済のうちの何パーセントかの実権は握っているという、青い髪の女。取引を始めたのは比較的最近であるとは言え、いまだにアタシはコイツが心の中で何を考えているのか、よく分からない。そんなある種の二面性を持ち合わせている辺り、経営者としては優秀なのかもしれない。


 世界規模で見ても指折りの大手持株会社、花宮ホールディングスの代表取締役副社長・花宮香凛(はなみや・かりん)

 それが、アタシの唯一の取引先の名前だ。

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