表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
二幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)
26/80

II-13.しおりんのターン

 外に出て香凛の家に向かおうとすると、最初の角で声をかけられた。


「遼賀」

「草壁先輩!」


 草壁先輩だった。草壁先輩は制服姿と装束姿の時しか見たことがなかったので、その時の私服姿は新鮮だった。全体的に落ち着いた色合いで、下は丈の長いパンツドレスに、上はカーディガンを羽織っていた。しれっといい服を着こなしている草壁先輩をじっと見ていると、草壁先輩がほんの少しだけ顔を赤くするのが分かった。


「あんまり見るな……めったに私服なんて着ないから、目立っていないか心配なんだ」

「かっこいいですよ?」

「そうか?」

「歩いてる時に振り返られませんでした?」

「私のことをチラチラ見てくる人はいたな。カーディガンが合っていないのかと思って、ボタンを留めたり外したりしていたんだが……」

「かわいい。そういう意味で目立ってますよ」

「誰がかわいいだ」


 草壁先輩はあんまりかわいいと言われ慣れていない。草壁家に代々流れる、虎の血のせいだろうか。かわいいというよりかはかっこいい。男勝りなところを見せることもある。だがこの時は、恥ずかしそうに電柱の後ろに隠れていた。


「どうしたんですか? 先に香凛の家に行っていただいてもよかったのに」

「いや……そこの、お前のバイト先の喫茶店の前まで行ったんだ。そう言えば遼賀のバイト先に行ったことがなかったから、コーヒーでも飲んで待とうかと思っていたんだが」

「はい」

「すごく仲がよさそうにしゃべっていたな。あの人は誰だ?」

「ああ……東雲さんですか。私と同じバイトさんです」

「あまりに楽しそうに話しているから、割り込むのもどうかと思って、遠慮してしまったんだ」

「東雲さんはそんなこと気にしませんって。勝手に『オムライスのサービスです♪』って、出してくるかもしれませんけど」

「お前のバイト先、メイド喫茶だったのか」

「違います」


 そこを誤解されては困るので、即答で否定しておいた。前に一度あたかもメイド喫茶みたいなチラシを東雲さんが作ったおかげで、危うく本格メイド喫茶としてローカル局のテレビで紹介されかけたことがある。幸い未遂で終わったので、街中に貼ったチラシを東雲さん一人ではがして回るだけで済んだのだが。


「それに私は単純にあこがれたんだ。その……東雲さん、だったか。ああいう女性らしい女性に」

「ああ……それは分かるかもしれないです。いわゆる女子力は間違いなく高いです」

「だろう? 私は昔から、よく後ろ姿だけ見られて男と間違われていたから」


 草壁先輩はほとんどいつも長い髪をポニーテールにしているから、どの辺りを見て男と判断したのかはよく分からないが、確かにすらりとした後ろ姿だけに目がいけば、男に見えるのかもしれない。


「でも草壁先輩がかわいさを目指すのは、ちょっと違う気がします」

「何だ、かわいいと言ってみたり、かと思えばかわいいは違うと言ってみたり。どっちなんだ」

「草壁先輩は今の方がいいです」

「……照れるだろ。やめろ、そういうことを言うのは」


 いいから行くぞ、と草壁先輩に声をかけられ、私たちは花宮家の大きなお屋敷に向かった。



* * *



「ここが花宮の家か。大きいな」

「まあ、世界規模の巨大ホールディングスですし。香凛専用の部屋も、いくつかありますし」

「私たちとは訳が違うな」

「そうですね」


 訳が違う、と言っても、私たちの家も普通よりほんの少しだけ裕福だったりする。そもそもアヤカシの血を継いでいる家はそのアヤカシの加護を受けて、現代でも発展している家がほとんど。巨大企業こそ持っていないが、不自由ない暮らしをできていることには間違いないのである。

 香凛が近くに見当たらなかったので、お屋敷の中に入らせてもらうことにした。


「お待ちしておりました、薫瑠様、草壁様。どうぞ、奥へお入りください」


 言われた通り室内用の靴に履き替え、指し示された方へ行く。室内でも靴を履く習慣がある家は、日本では少ないのではないだろうか。


「遼賀、あの人は」

「執事さんです。じいや、でいいそうですよ」

「じいや、執事……本物のお嬢様だな」


 草壁先輩は気の遠くなるような話だ、と遠い目をした。態度もさっきに比べてだいぶ縮こまっていた。

 突き当たりの部屋に入ると、香凛がいた。加えて、翠条さんも。手には肉団子らしきものを持っていて、翠条さんの隣には真っ黒い犬が三匹、大人しく座っていた。


「少し遅くなったな。すまなかった」

「いえいえ、まだ少し準備中だったので。でも翠条さんの身の潔白はもう、証明できますよ」

「証明できる?」


 草壁先輩は訝しげな声を上げて、翠条さんの隣にいた犬たちを見た。その視線に気付いたか、三匹とも一斉にうぅぅぅっ、と唸り声を上げる。


「大丈夫だよ。二人とも退妖獣使だけど、話は分かってくれるから」


 翠条さんが三匹にそう諭すと、途端に三匹とも唸るのをやめた。そして、


「わんわんっ!!」


 態度が急変、人懐っこくなったかと思うと草壁先輩目がけて突撃。あまりに急な出来事に草壁先輩も何が何だか、といった様子だった。


「あっ、ちょっ、……待て! 私は犬が! 苦手、なんだ! ちょっと! 離せ!」


 SOSを出す草壁先輩に構わず、三匹は草壁先輩の顔や手など、いろんなところをぺろぺろと舐め出した。草壁先輩の顔はくすぐったさから来る笑いと半泣きの顔でぐちゃぐちゃになっていた。


「私が……何をしたと言うんだ……」


 翠条さんが三匹を呼び戻し、ようやく落ち着いた草壁先輩が立ち上がった時には、その顔は疲れきっていた。


「ごめんなさい。この子たちが、私の飼ってる妖獣です」


 うすうすそうではないかとは思っていたが、改めて翠条さんの口からそう言われた私たちは、素直に驚いた。草壁先輩のもとを離れてもまだ舌を出してはっはっ、と嬉しそうにしているこの三匹があの獰猛な妖獣の仲間だとは、とても思えなかったのだ。


「花宮さんが言ってくれた通り、私はネコとタヌキの四半妖獣です。それから私が飼ってる……普通の四半妖獣で言えば、従えてるっていう方が正しいのかもしれないけど……飼ってる妖獣は、この三匹だけです」


 翠条さんに続いてそうです、とばかりに三匹が揃ってわんっ!と鳴いた。


「この三匹が妖獣だと? どこかの犬の間違いではないのか?」

「確かに人のお肉は食べないし、むしろ嫌いな部類ですけど、人間の食べるものは好きですよ? 例えば……」


 翠条さんが草壁先輩にそう答えると、少し移動してテーブルの上に置いてあったスーパーの袋を手に取った。その中から出してきたのは、肉団子だった。特に変わったところはない。いくつか袋に入っていて冷凍して保存する、どんなスーパーにも売っていそうなものだった。その肉団子をいくつか取り出して、ちらちら、と三匹に見せる。たちまち飛びつくように翠条さんに近寄り、おいしそうに肉団子を平らげた。


「あと、あれも」


 翠条さんは一度私たちのいる部屋を出て行ったかと思うと、しばらくしてミトンを手にはめ、小鍋を抱えて戻ってきた。テーブルに置いてふたを開けると、たちまち部屋中にいい匂いが漂った。


「これは?」

「肉団子スープだよ」


 私が尋ねると、翠条さんは何でもないように答えた。それから三つの器にそのスープをよそって、三匹それぞれの前に置いた。するとまた飛びつくようにして、三匹ともスープをあっという間に食べきってしまった。そのスープは肉団子だけでなくて白菜や人参、ネギも入っていて、とても普通の犬が食べられるようなものではなかった。まさに人間の食べ物だった。


「確かに……普通の犬ではないな」


 草壁先輩もそのことを理解したらしかった。


「この子たちも、元は人型の四半妖獣だったから。食べるものは人間と変わらないんだよ。そうは言ってもこの一族はもう、人間としての姿を失ってから、何十年も経つと思うけどね……」


 半妖獣でもアヤカシの血の支配が何かの拍子に強まってしまった時、人間の血の方が耐えられずに完全に支配され、その結果人としての姿を失ってしまう、という話はたびたび聞く。退妖獣使はアヤカシの血の力をうまくコントロールする術を身につけているが、退妖獣使をしていない、あるいは途中でやめてしまった家に多い現象らしい。


「だが……翠条。お前がこの街に来た理由は何だ? まさかあの根本と同じタイミングだったことが、何か関係しているんじゃないだろうな」

「違います。それは、関係ありません。私は――」


 草壁先輩はやはり半分くらい納得したものの、まだしっくり来ていないところがあるらしかった。私も同じ気持ちだった。

 しかし翠条さんが事情を話そうとしたのを、香凛が止めた。


「しおりんは、認めてもらうためにこの街に来たんだよ。かおるんや草壁先輩みたいな、強くてしかもある程度知名度のある退妖獣使がいる、この街に」

「「認めてもらう?」」

「この街は私たち花宮家の日本の拠点だし、花宮学園には他とは比べ物にならないくらいたくさんの退妖獣使がいる。でも場所によっては四半妖獣はたくさんいるのに肝心の退妖獣使がいなくて、常に襲われてばかりだったりする。実際昔にはそういう街や集落があったみたいだし。あるいは、退妖獣使がいる街でも油断はできない。退妖獣使みんながみんな、善良な人間だとは限らない。日頃のストレスを発散するために四半妖獣を殺して回る人だって、いくらでもいる。何せ、公的に認められた殺人だからね」


 私は香凛の言葉を聞いて、ちくり、と胸のあたりが痛くなった気がした。痛いところをつかれている。どれだけ四半妖獣が人を喰い荒らす悪い存在でも、その四半妖獣を殺すことまでは許されるのか。人間が退妖獣使と手を結んでいる以上許されてはいるのだが、心のどこかでは罪悪感を覚えている。草壁先輩も、同じはずだった。

 そこからは翠条さんが、自分の口から真実を話してくれた。


「私は四半妖獣です。でも、人間を食べるようなことはしない。半妖獣にも人間を食べなければ生きていけない人たちがいるって、聞きました。逆も同じなんです。人間を食べることが恐ろしいことだと思ってるし、人間を食べなくたって生きていける四半妖獣だっているんです。でも、そのことは全然知られてない。だから、ちゃんと分かってくれる退妖獣使の人がいるだろうこの街に、引っ越してきたんです。……お母さんとお父さんを、残して」

「親御さんを残して? じゃあ翠条、君は」

「今は、一人で暮らしています。一人暮らしするために必要なことは、家を出る前に全て、教えてもらいましたから」


 翠条さんのお母さんとお父さんは今も、無実の罪で殺されるかもしれない、その恐怖におびえて暮らしている、ということだ。私たち退妖獣使が四半妖獣を見つけ次第討伐していくのは、間違っている。


「分かっています。私がこうやって潔白を示したって、認めない人は認めません。遼賀さんも草壁先輩も、まだ心のどこかでは疑っていると思います。だから、身の潔白が示せることなら、何だってします」


 翠条さんの目は潤んでいた。ちょっと頑張りすぎたかな、とその涙を拭って、少しくぐもった声で翠条さんは三匹を再び自分のもとに呼んだ。


「この子たち、森や山の中で暮らすのは苦手なんです。自然の中では、人間が食べるのと同じような食べ物は探せないですから。だから、私と一緒に暮らしています」


 同意するように三匹が追随してくぅん、と鳴いた。本当に大人しくて、とても妖獣とは思えなかった。


「少し前足の長いこの子がケル。尻尾の長めなこの子がルベロ。どっちでもなくて、尻尾をよく振るこの子がロス。この子たちとも、仲良くしてくれると嬉しいです。三匹合わせて、ケルベロスで覚えてください」


 それを聞いて、私たち三人は一斉に顔を見合わせた。



「「「ネーミングセンス……!?」」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ