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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
二幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)
24/80

II-11.戦うのは、一人じゃない

 私立花宮学園生徒会長・草壁紅里(くさかべ・あかり)

 凛としたたたずまいと言葉遣いから、他の生徒たちの絶大な人気を集める高校二年生だ。私が史上最年少の退妖獣使としてそこそこの知名度がある一方で、彼女は幼い頃から合気道をやっているためか、美しささえ感じさせる戦い方をする退妖獣使として学校外でも有名だ。私も退妖獣使になってから半年間は、草壁先輩に師事していた。


「何かしら突然? 今からお楽しみするところだったんだけど……?」

「この学園で野蛮な行為を働くものは、それが何であろうとも許されない。まして、四半妖獣となれば問答無用」


 根本は突然邪魔が入ったことに心底不機嫌そうな顔をしていた。逆に私は草壁先輩が駆けつけてきてくれたおかげで我に返り、根本と距離を置き直すことができた。


「……殺って」


 根本はその不機嫌そうな表情を変えることなく、取り巻きの三人に草壁先輩の処理を命じた。それを合図に三人が一斉に草壁先輩に襲いかかる。


「はぁッ!」


 草壁先輩はいつ何時でも冷静沈着だ。それは私が教えを乞うていた時もそうだったし、今一対三という、明らかに不利な状況下においてもそうだった。草壁先輩の静かな怒りに燃えたその瞳は一瞬で赤く変わり、狩気能の発現を示した。

 背後は屋上の扉。残り三方向から取り巻きの三人が一人づつ襲いかかってきているという状況で、草壁先輩は迷うことなく前に向かって突進した。そして三人の間を抜け、地面を転がって三人ともを射程圏内に入れる。


「「「……!!」」」


 退妖獣使基準でも常人離れしたその身のこなしに三人が驚いたのも束の間、草壁先輩は私の短刀よりずっと図体の大きい日本刀を腰から引き抜き、構えることもなく豪快に一振り。反応しきれなかった三人のひざから下がスパンッ、と斬り落とされたのがはっきりと分かった。それだけではない。その切断面から噴き出したのは血ではなく、炎。噴出するであろう血の量と同じほどの炎がバーナーのように姿を現し、瞬く間に三人の身体全体を包んでいった。


「……紅蓮(ぐれん)化」


 草壁先輩の狩気能の名前であるそれを、気付けば私はつぶやいていた。三人が草壁先輩に飛びかかり始めてから三人とも火だるまになるまでは一瞬だったが、私にはスローモーションのようにゆっくりに見えた。常人には、何が起きたのかまるで理解できないほどのスピードだ。

 紅蓮化は、草壁家に代々伝わる狩気能。端的に言えば炎を自在に操ることのできる特殊能力だ。加えて草壁先輩の相棒は日本刀。ものによっては成人男性でも両手で持つのに苦労する日本刀を、草壁先輩は片手で使いこなすほどのパワーを持つ。そのパワーこそ私は真似できなかったが、刀の扱い方を学び、草壁先輩の後について行き共闘していた頃が懐かしい。その後は持つ武器が日本刀と短刀だから扱い方が違うし、あとは実戦で慣れるしかない、と別行動をするようになった。

 尋常でない焼け具合から見て、すでに三人とも死んだのは明らかだった。その様子を見て根本が露骨に歯ぎしりをしてみせる。


「遼賀。あの程度で足がすくんでいてはダメだぞ。それではお前の目指す母親に、いつまで経っても追いつけない」

「……はい」

「お前は一人じゃない。私と違って、いつも共闘できる仲間がいる。たとえその仲間がサポートに徹していて、直接は戦えないのだとしてもな」


 草壁先輩が私の隣に位置取り、そう言った。その通りだ。私には香凛がいる。戦えないからこそ私を助けてもらっていて、その代わりに私が守らなければいけない存在が。確かにこの程度で怯えているようでは、退妖獣使は務まらない。いつまでも次第にかすんでゆく母の背中を追いかけるだけになってしまう。


「やるじゃない……こいつらも前の街で散々食い荒らしてきたのに。この街に来たのは失敗だったかな?」

「失敗だと? ふざけるな。お前たちがこの世に生を受けた、そのこと自体が失敗だ。状況によっては適度に負傷させ警察に引き渡すことも考えていたが、やめだ。今この場で始末する」

「言ったわね。あたしも本気でやるわよ。だーいぶ退妖獣使を喰うことには慣れたから。どこがおいしいか、もね……!」


 草壁先輩と根本が同時に地面を蹴り、互いに近付く。双方とも『狩る』ことに慣れていて、無駄のない動きだった。最も近付いて次の瞬間にはぶつかるというところで、草壁先輩の日本刀が一振り。最初から軌道が分かっていたかのような動きで、根本がひらりとかわしてみせた。そのまま草壁先輩の腕にかぶりつこうとするが、草壁先輩の反応も早い。腕のあった位置に日本刀を突き出し、磨かれたその鋭利な刃先をかぶりつかせる。ガギンッ、と歯と刃のぶつかる硬質な音がしたのを確認して、これでもか、と草壁先輩が思い切り日本刀を根本の口から引き抜いた。横にスライドされたことで根本の頬から口までがざっくりと切れ、根本の顔の下半分はみるみるうちに赤く染まった。同時に炎が噴き出し、たちまち傷口を焼き固めてしまう。

 コンクリート造りの屋上の床に落ちた血がじゅう、と音を立て、煙を出してコンクリートを溶かしてゆく。四半妖獣の血が、普通の人間の血と大きく違うところだ。刀など重金属でできているものを除いて、四半妖獣の血はかなりの物質と反応して溶かしてしまう。アヤカシの血が二種類混ざっていることに起因するのではないか、と言われているが、それが人間と同様、四半妖獣自身の血管内で循環できている理由はまだ明らかになっていない。また四半妖獣が生きている時に出た血のみこういう性質があって、死んだ後はその活性をたちまち失ってしまうことも分かっている。私がなるべく一発で四半妖獣を仕留めるようにしているのもそのためだ。

 口が裂けかけた状態でもなお、根本はにたりと笑って草壁先輩を見、舌なめずりのような仕草をした。草壁先輩が少し左に逸れて、私の正面に息の荒くなった根本がいる状況になった。私の判断は早かった。


「草壁先輩!」

「ああ!」


 私のやろうとしていることを一瞬で理解したようだった。草壁先輩が私の射程内から離れ、明確に距離を置いた。根本の正面から突っ込み、両手に短刀を構えて根本とある程度の距離になったところで地面を蹴り、飛び上がる。そのままほぼ地面に対して直角に身体を回転させながら落ち、根本を仕留めにかかる。当然私の方に意識をとられた根本は私の攻撃を全力でかわす準備を始めた。私の攻撃は完全に見切られていて、何度も命中するはずだった短刀の軌道は一切当たらず、根本の制服をかすりもしなかった。しかし、それでいい。見当違いな攻撃だ、と私の方を見て見下すように笑った根本に、次の攻撃が襲う。


「ふんッ!」


 感情に任せて叫ぶことさえしない。ほとんど誰の耳にも届かないような声で力むようなうなりを上げたかと思うと、それまで以上の勢いで草壁先輩が根本の体を上から下へと斬り伏せた。ざっくりと致命傷を負った根本はその場に倒れ伏し、仰向けになって天を仰いだ。切り裂かれた制服からはちらちらと、炎が見えていた。


「さすが遼賀。やるじゃないか」

「私も伊達に一年、退妖獣使をやってませんから」

「心の持ちようは、まだまだのようだがな」

「すみません」

「いや、いいんだ。私もかれこれ三年ほどこの仕事をしているが、完全に無の心で四半妖獣を成敗することはできない」


 草壁先輩は少し笑っていた。清楚さやかっこよさを感じさせる、爽やかな笑顔だった。大量の血を流し倒れる根本に、私は近付いた。


「あっはははははは!!!!」


 その瞬間。急にかっ、と目を見開き、根本が私の足首を掴んだ。死にかけの体のどこからそんな力が出るのか、というほど強力に掴み、私はその場から離れられなくなった。


「ダメ……気持ちいいっ……血が溢れ出すって、こんなに気持ちいいことだったんだ……! 体中熱くなるこの感じ……っ!」

「……っ!!」


 血で覆われたコンクリートはみるみる反応し、地面にくぼみを作ってゆく。一つ下の階の天井に影響を及ぼすのも時間の問題だった。しかし私は動けない。草壁先輩が私を助けようと根本にとどめを刺そうとするが、根本が撒き散らした血をすくい上げて、草壁先輩の方へ投げつけていた。退妖獣使も例外ではない。四半妖獣の血は退妖獣使の服や皮膚も腐食する。事実、血まみれの根本の手で握りしめられている私の足首も痛みを発していた。


「いいよぉ……こんな傷口で、死んだりしない……今ここでこいつの足を喰っちまえば、こんな傷口すぐにでもふさがるんだから……この傷口がなくなって、気持ちいいのが消えちゃうのは残念ダケド……」


 べちゃっ、と音を立てつつ根本が私の足首に口を近付ける。やみくもに短刀を振り回そうとするが、にたぁ、と笑って私の顔に向かって血を投げつけてこようとする。四半妖獣の血をこれほど脅威に感じたのも初めてだった。


「やめて……っ!!」


 心を次第にむしばんでゆく恐怖。その侵攻を止めたのは、別の生徒の声だった。次に私がまばたきした時には、根本が木製バットでその顔を思いきり殴られていた。バットも血と反応してしゅうっ、と音と煙を立てる。呼吸を荒くするあまり咳き込んだ、そのバットの持ち主。


「翠条さん……!?」

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