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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
二幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)
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II-08.学園に迫る脅威

「……ほぼ間違いない。しおりんは四半妖獣だよ」


 それはせっかく向こうから友好的に接してきてくれたのだからもっといろんなことを知りたい、と思っていた私を、裏切るような言葉だった。

 今現在、そうやって接触した相手が四半妖獣か半妖獣か、という識別ができる人は珍しい。妖獣という存在が生まれてからもう千年以上経つから、アヤカシの力が弱くなっていることもある。あるいは、半妖獣であればもっと弱まっているだろう。現代になっても半妖獣でいるということはすなわち、一族の誕生からずっと人間とだけ子孫を残してきたことになる。アヤカシの力が薄れるのは必然だ。

 実際私も感じ取ることはできないが、香凛は別。私たちが翠条さんと仲良く話していた間、香凛はずっと疑っていたということになる。


「四半妖獣……って」

「落ち着いて。でも、敵視するのは、まだ早いんだよ」

「どういうこと」


 四半妖獣を排除するのが退妖獣使の仕事だ。まして退妖獣使がいるということで知られるうちの学校にわざわざやって来た四半妖獣を、見過ごすわけにはいかないのに。


「わたしも何度も確かめた。まさかしおりんが、ってね。でも、四半妖獣であることは間違いなかった。具体的に言えば、ネコとタヌキ」


 ネコは気分屋。機嫌のいい時とよくない時の区別がつきにくい。その割には甘えてくる時には本当に可愛らしい。

 タヌキは臆病。自身を脅かす危機に敏感で、大きな音を聞くとびっくりしてその場で気絶してしまうほど。


 どちらも殺気立ち乱暴で、人を食い物にするアヤカシ本来の性質から縁遠い動物だ。最も縁遠い、とまで言えるかもしれない。


「しおりんのあの仕草とか行動は、偽りじゃない。あれが根っからの性格なんだよ」

「でも」

「その証拠に、しおりんからは邪悪な気配が一切感じられなかった。わたしもびっくりしてるよ。邪悪な気配がない四半妖獣なんて、聞いたことがないもん」

「邪悪な気配がない……」

「少なくとも、普通の四半妖獣だと周りの一般人をエサとして見てるところがある、っていつも言ってるでしょ? その気配は、全くなかった」


 あの穏やかな顔の裏でそんなことを考えられていても怖いのだが、どちらにせよ私はあまり納得がいっていなかった。私が退妖獣使の仕事をしてきた一年間で、そんな四半妖獣を見たことはなかった。みな凶暴で、周囲の目を盗んでは夜道で生きている人間を襲い、その肉体を貪り食う。退妖獣使の仕事は、人間の存在がこれ以上脅かされないように、そんな四半妖獣を倒すことだ。例え殺される直前にみじめにも命乞いをしてくる四半妖獣がいたとしても、その息の根を確実に止めなければならない。人殺しが悪いことだといくら認識したところで、四半妖獣が生きるためには人間を喰うしかないのだから。


「そんなこと言ったって、いずれは人間を喰う機会があるでしょ。うちに転校してきたのも、人間を喰うところがバレたからかもしれないし」

「決めつけるのはまだ早いよ」


 香凛は妙に主張を変えようとしなかった。翠条さんに何か他の四半妖獣と違うところを感じ取ったからか。それとも今日一日で、翠条さんに情が芽生えたか。


「……とにかく、しばらく様子を見よう。どのみち本当にあの顔で人間を食べるんだったら、分かるはずだから」


 香凛はそこで翠条さんの話を打ち切って、別の話に切り替えた。


「今日はもう一つあるの。……これ」


 香凛はスカートのポケットからスマホを出して、写真をいくつか私に見せた。


「これは?」

「ついにうちの学校でも、被害報告が出た。ほら、校舎についてるこの校章。どう見ても、うちの学校のでしょ」


 その写真は警察から借りてきた写真のようだった。妖獣によって起きた襲撃事件は一度警察の手で普通の殺人事件として処理された後、改めて退妖獣使に調査が依頼される。特に日本国内で大きな影響力を持ち、退妖獣使である私と協力しているということが知られている香凛には、プレスリリースより一足先に情報が回ってくる。今回の写真はうちの学校の各所に設置されている防犯カメラの映像らしかった。


「ここ。見て、誰か写ってるでしょ」

「ホントだ」


 被害者がまさに襲われる瞬間の映像だった。獣の姿をした妖獣何匹かの他に、もう一人その妖獣に指示を出しているらしい人の姿があった。


「まず四半妖獣と見て、間違いないね。さすがにこの映像から何の妖獣かとか、誰かとかは特定できないけど」

「特定できないけど、何とかするしかないんでしょ」

「うん。とりあえずこの獣型の方が普段どこに潜伏してるか、明らかにする必要があるね」

「それはいつもの仕事で、探ってみるしかない」



* * *



 妖獣に襲撃された事件とは言え、早期解決が望まれるのは他の殺人事件と同じだ。特に遺族が強く解決を警察にお願いした場合、そのまま動員される退妖獣使の人数の多さに影響してくる。今回の事件はそのタイプだったようで、私がいつものように妖獣退治のため夜に外に出て街を歩いていると、ちらほらと他の退妖獣使を見かけた。隣近所にこんなにいたのか、と驚くくらいにはいた。


「特にうちの学校の警備は手厚いみたい。もしかしたらかおるんが行く必要はないかも」

「強いの?」

「……かおるんを基準にするなら、弱い」


 単純に一年あたりの討伐数では強さを比較できないことは、重々承知している。自分の事情を優先しなければいけないこともあるだろうし、活動日数も人によって違ってくる。ただ、私には母という絶対的な目標があるからか、討伐数はこの辺りではトップクラスだった。


「この辺りで気配は感じる?」


 私はすでに翼になっている香凛に尋ねた。


「翼だと探知しにくいんだよねえ」


 そう言うと香凛は一度元の姿に戻り、すんすん、と鼻をひくつかせた。実際はそんなわざとらしい仕草をしなくても分かるらしいが、探知中だと私に知らせるサインである。

 しばらくすんすんした後、香凛が言った。


「うーん……いるね。狛山トンネルの方」

「また?」


 以前バイト帰りに通報があり、妖獣を討伐した場所だ。


「いや、別に誰か襲われてるってわけじゃないと思うの。通報も来てないし。けど、まとまった反応を感じる」

「そっちに退妖獣使は?」

「あんまりいないはず」

「じゃあ、そっちに行こう」

「りょーかい」


 香凛が再び翼に戻り、私の背中についた。その場で飛び上がり、屋根を飛び移って移動する。


「あんまり屋根踏み鳴らしちゃダメだよ?」

「分かってるって」


 何日かぶりに狛山トンネルまで来ると、がさがさ、と音がした。こんな夜遅くになって真っ暗なこのトンネルを通る人はまずいない。


「さすがに感じる。かなりいる」

「これだけいると、わたしも対応しきれないかも。使う?」

「……一応」


 私の目が茶色から血のような深い赤色に変わる。夜の闇にその目は輝き、そこに狩人がいるということを、景色に知らしめる。見開かれた瞳と対照的に、鼓膜を震わせるあらゆる音がその存在意義を失う。


「案内は頑張るけど、暴走だけはしないでね」

「分かってる。力を使い過ぎたら、そこでいったん戦線離脱。でしょ?」

「忘れないでよ」


 瞳の色が赤に変わるのは、妖獣が本来持つ能力を発揮させたときのサインだ。私の中に混ざっている人間の意識を薄れさせていき、アヤカシの本能の方を目覚めさせてゆく。昔は食糧となる人間を狩る時に使われた力。今退妖獣使は、その力を四半妖獣を狩るのに使う。人間で言うところの狂気であるこれは『狩気(かりゅうぎ)』と呼ばれ、実際の能力は『狩気能(かりゅうぎのう)』と呼ばれる。私の狩気能は、【一感化】。人間の五感、すなわち聴覚、嗅覚、視覚、触覚、味覚の五つのうち、視覚以外を消し去り、一本化する。五キロ先でカマキリが草をかき分けるのをはっきりと目視できるようになる代わりに、耳は一切聞こえなくなる。香凛がいくら声を出して指示しようとも、その声は一切私の耳に届かない。そして敵の妖獣を斬り裂いたとしても、その感触も一切感じられない。


「(……一気に仕留める)」


 私は黙って腰の両側に一本ずつ収まっていた短刀を引き抜き、静かに構える。突然姿を現した私を警戒して、向こうも少し距離をとったようだった。


「(逃げることは許さない。この場で、終わらせる)」


 地面の感触を確かめるように、足を踏み鳴らす。スニーカーの靴底がアスファルトの地面を踏み鳴らす音は、私には届かない。だが私の背中で常に私を見守る香凛には、それがどういう意味を持つか、伝わったはずだ。


「(……はっ!)」


 その場で思い切り力を込め、上空に飛び上がる。トンネル脇の山林の中にいた妖獣の群れと、はっきり目が合った。私はほんの少しだけ、口の端を持ち上げる。向こうは勘付かれたことを悟ったか、怯えたような表情を見せた。そして、なりふり構わず逃げ始めた。しかしそれはむしろ、こちら側が望んでいたことだった。

 びゅううん、と風がうなりを上げる。私は体の力を抜き、重力に身を任せた。それと同時に妖獣の群れに狙いを定め、身体を回転させて斬りつける。突風のごとく群れ全体を撫でるように動き、元いたトンネルの方へ戻り、トンネルの屋根に着地して様子をうかがう。血があちこちで噴き出て、バタバタと倒れてゆくのが見えた。一瞬の出来事だったためか、私の服に返り血はあまりついていなかった。


「……!?」


 終わったか、と思ったその時だった。狩気の発動した状態を解き、目の色も元に戻りかけた私の目の端に、不穏な影が映った。それは人の姿だった。獣道さえないような山の中で立ちすくむ、人の姿。


「(……あれは)」


 あまりにもあっけなく殺された妖獣たちを前に恐れおののいているようだった。表情がそのことをよく物語っていた。そしてとっさに自分も襲われるかもしれないと察したのか、私のいる方とは逆方向に、慌てた様子で逃げ始めた。


「(あの、姿は)」


 私はその人の特徴を確実に記憶にとどめ、換装を解いた。同時に香凛が元の姿に戻り、私の手を握った。


「行くよ、香凛。だいぶ、答えに近付いた」

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