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妖獣怪奇譚~争われしアヤカシの血~  作者: 奈良ひさぎ
二幕 遼賀 薫瑠(りょうが かおる)
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II-07.転校生の翠条さん

 私のスケジュールは案外密になっている。

 バイトをする日と、退妖獣使の仕事をする日が週の半分以上を占める。もちろんどちらもない日もあるが、それは疲れをしっかりとるためだ。母は退妖獣使の仕事をする前からスポーツをいくつかやっていて体力に基礎ができていたらしいが、私はそうではない。何かスポーツを本格的にやる前から退妖獣使の仕事をしているので、毎日体力を激しく消耗するようなことはできない。私が香凛の家に泊まらせてもらってから何日か経った今日も、その何もない日だった。


「転校生を紹介します」


 しかし私たちのクラスに転校生が来た、ということだけが異常だった。

 何が異常か。それは私や香凛が通う花宮学園が、私立の中高一貫の女子校だから、というところに起因する。


「珍しいね、転校生なんて」


 創立者一族の一員である香凛さえ、担任の先生の言葉にそうコメントしていた。


「珍しい? 初めてなんじゃないの」

「うん。たぶんそう。だってそろそろこの学校も創立四十年くらいになるけど、そんな転校生が来るなんて話、聞いたことないもん」


 私たちが話していると、担任に誘導されてうちの学校の制服を着た女の子が教室に入ってきた。


「はじめまして。特別編入で、ここに入ってきました。翠条(すいじょう)真織(しおり)です。よろしくお願いします」


 その子は黒板に自分の名前を丁寧に書いてからこちらの方を向き、そう言ってぺこりとお辞儀をした。か細く白い腕に、華奢な体つきだった。ちょうど、昔の香凛と同じような。


「かわいい……」


 香凛の口からそんな言葉が漏れた。私はそんな香凛の様子に驚いた。お前はかわいい女の子なら誰でもいいのか。


「しおりんかわいいー」


 数瞬ののちにはもうあだ名呼びだった。しかも私の呼び方とかぶっている。


「本来うちの学校では編入学は行われません。ですが翠条さんの場合は特別措置ということで、難しい試験に合格されて入ってこられました」


 うちに編入学なんてあったっけ、と私たちと同じように困惑して騒がしくなった教室を静めるために、担任の先生がそう説明した。だが特別措置だとしても、違和感は残った。


「うちの授業の進め方は独自なものですから、みなさん翠条さんに、いろいろ教えてあげてください」


 そして翠条さんは私とは少し離れた、香凛の隣の席に座るよう言われ、その通りにした。それからは何事もなかったかのように授業が始まった。



「(しかし……華奢だなあ)」


 私は香凛や翠条さんよりも後ろの席だったので、翠条さんの後ろ姿が自然に視界に入ってきていた。そしてあっという間にうちの学校、そしてうちのクラスに馴染んでしまった翠条さんの背中を見るたびにそう思っていた。

 これから先、花宮学園史上初の転校生ということでしばらく注目されるだろう。しかも誰か守ってあげないといけなさそうな子なので、余計に世話を焼こうとする子が出てきそうな気がした。実際香凛も、


「あの子はわたしが守る!」


 と自分がそれほど強くもないくせに妙に息巻いていた。香凛はどちらかというと私に守られる方だ。


「しおりんはいくら見ても飽きないね」

「香凛はかわいいか弱そうな女の子だったら誰でもいいの?」

「そんなことないよ。やっぱりかおるんが一番」

「そう?」

「かおるんこそしおりんとあれこれするの想像しちゃダメだよ。かおるんとわたしの間には契約があるんだから」

「契約て。そんなカタいものじゃ」

「もしかおるんが契約を破った時はどうなるか、分かってるよね」


 急に香凛がぐいっ、と私に顔を近付けて言った。そもそも契約というほど正式な手続きをした覚えは全くないのだが、そこまで契約契約と言われると破ったらマズいことが起きるんじゃないかと思って、とりあえず私はうんうん、とうなずいておいた。


「なーんてね。そんな怖い顔したかおるん、かわいくないよ」


 そこから冗談めかしてオチに持って行くのが香凛の得意技だということをすっかり忘れていた。


「何の話してるの?」


 そこに件の翠条さんがやってきた。


「何でもないよ、いつものことだから」


 香凛が慌ててそうごまかす。これがいつものことだとホント困るんだけど、と思いつつ私もアハハ、と乾いた笑いでその場を切り抜けようとした。


「よろしくね、遼賀さん、花宮さん」

「よろしくー」

「あれ? 花宮さん……ってことは、この学校と何か関係があったりするの?」


 翠条さんは少し首を傾げた。黒いながらも少し緑がかったその髪が揺れた。


「そうそう。わたしこう見えて、創立者一族の一人娘だから。○○醤油とか、スーパーの△△堂って知ってる? あれも全部、うちのグループなんだよー」


 べらべらと香凛は自分の家の話をしてみせた。うんうん、知ってる! とか、そうなんだ、私の家もいつの間にか花宮さんのファンだったんだね、と翠条さんは丁寧に相槌を打っていた。普段香凛と一緒にいて話す私より、よほど相槌の打ち方が上手かった。


「ファンだなんて、そんな」


 対して香凛は本気で照れていた。


「香凛。方便だから。本気で言ってるわけじゃないから」

「そうなの?」


 えへへ、と翠条さんは特に何も言わず受け流した。


「そう言えばしおりんって、うちの編入試験受けて合格したんだよね。どんなのだった?」


 そもそも当事者なのに制度として編入試験があることすら知らなかった香凛だから、当然テストの内容も知る由もない。


「うーん……確かに難しかったけど、今までいたところよりずっとこっちの方がよかったから、勉強も頑張れた」

「ここに来たいから頑張った……か。そんな理由で頑張れるなんてすごい……わたしそんなの無理」


 香凛は迷うことなく自分の家族が運営している学校に進むことを決めたから、余計にそう思うのかもしれない。私は香凛がここに行こうとしていると知って一緒に行くと決めて頑張ったので、「○○に絶対行きたいから頑張る」という気持ちが分かる。


「あ、休み時間終わりだね。じゃ、また」


 終始翠条さんは笑顔のまま、私の席を離れた。

 香凛は翠条さんの後を追いかけるようにして席に戻った。香凛の顔は妙に何かを確信したような、単純な笑いとは違った表情だった。



「遼賀さん、花宮さん」


 次にそう名前で呼ばれたのはお昼休みのことだった。数学の教科書を机の中にしまった私が声のした方を振り向くと、翠条さんがお弁当を持ってこちらを見ていた。


「一緒にお弁当食べない?」

「食べる食べるー」


 香凛が私の背後からやって来て先にそう返事をした。私も特に断る理由はなかったので、二人について行くことにした。


「遼賀さんと花宮さんって、仲いいの?」

「うん。付き合ってる」

「付き合っ……!?」

「そんなに珍しいことじゃないよ」


 こらこら。間違った知識を植え付けるな。


「さすがに珍しいから。しかも女の子にしか興味がないってわけじゃないだろうし」


 自分で言ってて本当にそうなのか分からなくなってきたので、語尾は適当に濁してしまった。


「でも男の子より断然楽だからなー。かおるんとは幼馴染で、長い付き合いだし」

「そうなの?」


 私はうなずいて、だいたい七年か八年になるかな、と答えた。


「そんなに長く? すごいね……」

「ここまで来たらもうお互いのこと全部分かってるよ。好き嫌いはもちろんだし、お風呂に入った時にどこから洗うかも」

「そんなことまで!?」


 翠条さんがあまりに過剰に反応するので、私も黙って聞いていられなくなってきた。


「香凛。それ以上はやめようか」

「え? ダメ?」

「何で今日転校してきた初対面の人にそんなに話しちゃうの」

「だってしおりん、相槌打つの上手いんだもん。たぶんかおるんの十倍は上手いよ」

「そこまでじゃないでしょ」

「本当。反応がよくて話しがいがあるし」


 人のお話聞くのが好きだから、とやっぱり翠条さんは笑っていた。パッと見た様子でも、実際話してみても、これと言って翠条さんに難はなさそうだった。一人でいる方が好きとか、誰にも話しかけられないとか。はたまた、いじめられっ子になりやすい性格だとか。翠条さんの雰囲気からは、そのどれも感じられなかった。

 私と香凛が話をし、翠条さんは聞き役に徹していたからか、お弁当を一番に食べ終わったのは翠条さんだった。翠条さんはお弁当をしまうと、ラップでくるまれたカップ入りのデザートを二つ取り出した。単純に私は気になって尋ねた。


「それは?」

「これはね、マドレーヌ。小さい頃から大好きで、お昼ご飯の後には欠かせないの」


 もしよかったら私の手作りだから、いる? と翠条さんがもう一個を差し出してきた。さすがに大好物をもらうのは、と私は遠慮しておいた。


「なんかこう、マドレーヌを食べると落ち着く、っていうか」


 そう言う翠条さんの顔は本当に幸せそうだった。


「わたしもいちごが好き! 甘いのっておいしいよねー」


 香凛は確かに大のいちご好きだ。私の祖父が経営している喫茶店でも、私がバイトのシフトに入っている時はいちごを余分に乗せてくれ、とせがんでくる。その分のお金は払ってくれるので問題ないと言えば問題ないのだが、そうまでいちごに執着しなくても、とは思ってしまう。

 ちなみに私が好きなものと言えばみたらし団子。団子は団子でも三色団子や他の団子はあまり食べない。醤油ダレでありながら甘さもほんのりあるあのタレが好きなのだ。時々家でも自分で作って食べていたりする。が、やっぱりタレの作り方が確立しているお店のみたらし団子の方がおいしい。

 翠条さんは用意していたマドレーヌをパクパクとあっという間に食べ終わってしまうと、またそれまでのように私と香凛の話の聞き役に徹し始めた。


「翠条さんは話しかけやすいね」


 香凛がほとんど一生懸命翠条さんに話していたとはいえ、私もそう思っていた。

 香凛も昔から一緒にいることもあって、話しかけやすいと言えばそうなる。だが香凛の場合はどこか下心が混じっている気がする。問いただしたことはないし私が勝手にそう思っているだけなのかもしれないが、このまま行けばぎゅーってしてもらえそう、などと考えていそうな気しかしないのだ。


「そう? ありがとうー」


 翠条さんはそういう時笑顔を絶やさなかった。もしうちが共学の学校だったら確実に男子人気が根強くなるタイプの子だ、と私は思った。


「じゃあね! また明日!」


 その日は用事があるということで、ホームルームが終わると翠条さんはすぐに帰っていってしまった。それを見届けて、香凛が私を呼んだ。


「なに?」

「ちょっと、トイレ行こっか」


 香凛がそうやって一緒にトイレに行こう、ということはこれまでも何回かあったので、私はまだ半分くらいクラスメイトの残っていた教室を後にし、香凛について行った。


「……で? 何の話?」


 本当にただトイレに行くだけなら、香凛は私を誘ったりしない。香凛が呼び出した理由が何なのか、私は尋ねる。


「いつもより聞かれたらマズい話だから。入って」


 香凛が個室に一緒に入ってくるよう言った。トイレはそんな使い方するところじゃないんだけど、と思いつつ従う。ドアのカギをかけ、しばらく香凛は黙り込んで周辺に人がいないことを確かめた。


「……ほぼ間違いない。しおりんは四半妖獣だよ」

「……!?」

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