第五話【荷車だと思った? 残念、荷馬車でした!】
荷馬車で自由気ままに旅をしたいと思っていた時期が僕にもありました(*´Д`)
異世界に来て二十五日目。
昨日の内に荷車へと荷を積み終わった俺は、引いてくれる馬が居ないにも関わらず、御者台の上で待ちぼうけをしていた。
どうして、このような状況になっているのかと言うと、発端は自分で引いて行く予定だった荷車に、掴むはずの持ち手が無いことに気が付いた事だった。
「おいルプラ、これだと荷車が引けないだろ?」
「ふっふっふ、気が付いたようれすねぇ······それは匠からの粋な計らいなのれすよ」
積まれた荷物の上で、短い脚を組んで座っている小人がキメ声でそう答える。
「匠からの粋な計らい······? ってか、お前はどこでそんな言葉を覚えたんだ」
「そんなことは、ろうれも良いのれす。これは荷車れはありません······なんと、荷馬車なのれす!」
確かに、ルプラ達に見せた画像は荷馬車だったが、予め変更の趣旨は伝えて居たはずだ。
「まぁ、力持ちのお友らちが手つらってくれますから心配は要らないれすよ!」
と、ルプラは言っていたが本当に任せて大丈夫だったのだろうか?
というより、いったい何の動物に荷馬車を引かせるつもりなのだろう?
理想は馬だが、こんな森の中に居ないだろうし······。
現実的なのが、野犬を数頭連れてきて引かせるといった辺りか?
心配していても埒が明かないので、俺は荷車に乗せた自動小銃を一丁手に取って磨くことにする。
磨くと言っても、暇な時間に整備はしていたため時間はそれほど潰すことはできなかった。
弾倉を入れて試しに構えたその時、大型の生き物が茂みの向こうで動く物音がしたため、反射的に銃口を向ける。
「おーっ待たせしまっしたぁー!」
その聞き慣れた声と同時に、茂みの中から飛び出して来たのは、体高が約二メートル強もある白い猪だった。
「いっ!」
驚きのあまり、変な声が発せられてしまう。
どうにか引き金に置いていた指を引かずに堪えることができたが、依然として銃口を猪から離すことはできない。
「ワタル―! 連れてきたのれすよー!」
地面を抉る足音を発しながら近づいてくる、白い猪の頭の方から声が聞こえたため目を向けると、額に伸びる白い角の上にルプラが腰かけて手を振っていた。
「ル、ルプラさん、こちらは?」
取り合えず、白い猪が荷馬車に突進してくる様子は無いため、警戒しつつ暢気そうな顔をしている小人に問いかける。
「ブラックメイルボアの、エリザベスちゃんなのれす!」
「ん? 何だって?」
とりあえず、意味が分からなかったので問い直してみるが、ルプラは同じことを繰り返し言うだけだった。
どうやら前半が生物名で、後半が個別の名称らしい。
ブラックの要素皆無なのはまだ良いとして、なぜ猪なのにエリザベスなんだ?
しかも、猪をエリザベスと呼んでみると、目を細めて鳴き声を上げて喜ぶ仕草を見せるではないか。
やだ、愛嬌があって可愛い······などと、不覚にも思ってしまう自分の精神に鞭を打つも、残っていたパンを千切って与えてしまう己の腕を止める事は出来なかった。
ルプラの説明によると、このイノシ······もとい森の食べ物に飽きていたエリザベスは、俺が作り出す食べ物が美味しいとルプラに聞いてやって来たらしい。
つまり、生意気にもグルメな猪なのである。
以前、俺が狩った動物たちの革から、ルプラ達に荷馬車とエリザベスを固定する付属品と、手綱を作って貰っている間に、温めたレーションをグルメな猪に与えてみることにする。
動物に人間と同じ味付けの食べ物を与えてはいけないと言うが、人間の残飯を養豚場の豚は食べているので目を瞑ることにしよう。
拾ってきた大きな葉っぱの上に、炊き込みご飯を容器から出してそのまま盛り付けて与える。
最初はゆっくりと香りを楽しむ様子のジビエ······もとい、エリザベスさん。
大きな口を小さく開け、そっと一口。
炊き込みご飯を口に含み、ゆっくりと咀嚼すると、悩ましい吐息が漏れる。
光芒の眼差しを天へと向けるまでの一連の流れは、まるでグルメ漫画のさながらだ。
これを目の当たりにした俺はある疑問を持つ。本当に猪なのかこいつ?
そんなことをやっているうちに、付属品が完成した。
それらでエリザベスと荷車を固定し、最後に手綱を付けることを試みる。
ハミを噛んでもらう事が最大の難関なのだが、ハミを口の前に差し出すと素直に口を開けてくれた。
心配でエリザベスの目を見ると、察したように目を瞑り一度だけ頷いて見せるこの猪は、以下略。
手綱を着装し、全ての準備を終えた俺はルプラに問いかける。
「なぁ、そう言えば魔王城までどれくらいの距離なんだ?」
RPGでは、だいたい数年はかかる距離にあったりするため、不安ではあるが聞いておく必要があるだろう。
「そうれすねぇ、三日くらいれしょうか」
「そうか、やっぱりけっこうかかるなぁ······って! え、えっ、三日?」
「はいれす。鳥さんに乗って一日で着くれすよ?」
のほほんと答える小人に深く聞いてみると、右手に見える山脈の向こう側に魔王城はあるらしく、海沿いにある魔王城までは、海の方へと山脈に沿って行けばそう遠くないとのことだった。
長い放浪生活になると勘違いしていた俺の冒険は、こうして呆気にとられたまま始まったのであった。
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