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シナリオ『名門校の亡霊』

 一ヶ月後。

「えーっと。目が覚めると、お前は見知らぬ部屋にいた。明かりが天井から下がってる豆電球一個の狭い部屋だ。お前は白いローブを着ていて、その他の持ち物は一切無し。

 部屋は正方形で、四つの壁にはそれぞれ見てくれの違う扉がある。あと、部屋の真ん中にはテーブルと椅子が一つずつ。テーブルには浅い皿に入った真っ赤な液体。椅子の上には紙片が二枚ある」

「紙片を見ます!」

「あいよー」

 南雲が持っているタブレット端末に指を滑らせる。と、ちょうどそのとき、事務所の扉が開いた。入ってきたのは西宮だった。

「はろ~。優しい刑事のお兄さんから差し入れだぞ~」

「わーい女子高生に貢いでるお兄さんだー」

「わ、わぁい……」

「あああああああああああああ!!」

 南雲ー! という叫び声が事務所内に響きわたる。が、南雲はそれをケラケラ笑って流すとタブレットをテーブルに置いた。

「それで、今日の貢ぎ物は?」

「貢ぎ物言うな! コンビニのプリンでーすよー」

「コーヒー用意しますね」

 そう言って、夏樹はキッチンへ。西宮は南雲たちが囲んでいたテーブルに近づいた。テーブルに膨らんだコンビニの袋を置くと、ひょい、と南雲の置いたタブレットをのぞき込む。

「お、このシナリオは!」

「ご存じなんですか?」

 キッチンに立ったまま夏樹が聞くと、西宮はうんうんと楽しそうに頷いた。

「もっちろん! 僕も最初にやったのこれだったからね!」

「もともと有名なシナリオでもあるしな。そいで? わざわざプリン届けに来ただけじゃないだろ」

 南雲が言うと、西宮はあいている椅子に座りながら頷いた。

「菫子ちゃんの引き取り手、南雲が紹介してくれた人で決まったよ。ちょっと変わった人だから大丈夫かなって思ったけど、菫子ちゃんが妙に懐いちゃったんだよねえ……」

「南雲さんのお友達でしたっけ。作家さんなんですよね?」

「そう。ぱっと見、暗くて変なヤツなんだけど、子供には妙に好かれるんだよな。まあ本人も満更でもないみたいだし、ああ見えて料理は上手いし、生活能力はちゃんとあるよ。なんか、バックパッカーの友達? がしょっちゅう家に来るって言ってたから、遊び相手にも困らんだろう」

「……つくづく南雲の人脈って謎だなあ……」

「褒め言葉として受け取っておいてやろう」

「何その上から目線!」

 西宮が顔をしかめると、夏樹と南雲はどっと笑った。


「佐渡くんの方は?」

 コーヒーが入り夏樹が椅子に座ったタイミングで、南雲が言った。

 その言葉に、夏樹はハッとする。はじめて会ったときに見た爽やかな笑顔が思い浮かぶ。西宮はちょっと困ったように笑った。

「あー、うん。まだ保護観察中だけど、落ち着いてるよ。自分のやったことも理解してる。カウンセラーさんと気が合ったみたいで、よく話してくれるし、学業も問題ないって」

「佐渡くん、北村さんに言われて学校の監視カメラの操作したり、誘拐の手助けしたり……隠してた先生たちの世話もしてたんですっけ」

 夏樹が言うと、西宮が頷いた。

「怪談話を広めて、特別教室棟に人を近づけないようにしていたのも彼だったよ」

「……北村さんの血縁者だったんですよね」

「そんなに近くはないけどね。でも、生まれてすぐに両親が亡くなって、引き取って育ててくれたのが北村さんだったそうだ」

「…………」

 黙り込んだ夏樹の頭を、南雲が拳で押すように小突く。

「なんでお前がそこまで深刻そうな顔するかね」

「うぎ……。だ、だって、同じ高校生だし、年も同じだし。でもなんか、私と全然違うんだなって……もやもやして……上手く言えないですけど」

「まあまあ。彼が校長の殺害について関与したのは監視カメラの操作だけで、直接手を下した訳じゃないし、そういう複雑な生い立ちもあるからね。その辺も考慮されてるから、あんまり心配しすぎないで」

「……はい。南雲さん、佐渡くんがもう一人の協力者だって分かってたみたいでしたけど、どうして分かったんですか?」

 夏樹が尋ねると、南雲は腕を組んで首を傾げ、うーんと唸った。そして。

「勘?」

「ええ……」

「強い根拠はない。ただ、違和感はあった。俺たちが校長室を調べたあとに佐渡くんと会ったとき、制服の話になっただろ。あのとき『最近よく見る茶色のブレザーに憧れる』って言ってた。あの辺りは確かにブレザーの高校があるんだが、茶色のブレザーを採用している場所は一校も無い」

「漫画とかの影響ではなく? 通学電車の中で見たとか」

「小説が好きで漫画はほとんど読まないって、オンセしたときに聞いたことあったし、佐渡くんもあの屋敷のすぐそばに住んでたんだ。通学は徒歩圏内だろ。そういうブレザーの学校に通うような子が近所に居たって話も聞かなかったし。となると、スミレに変装した菫子が着てた薄茶のブレザーの影響かもなって、思ったわけだ。あ、あと、『学園の制服がブレザーだったことを知ってるか』って聞いたとき、わざわざ『入学前のことは分からない』って言ったのも引っかかった。本当に知らないなら、単純に『知らない』とか『そうなんですか?』って反応が普通だろ」

「なるほど……。スミレちゃんと菫子ちゃんが着てた制服、本当にあの学園の制服だったんですよね」

「二十年前に、当時最先端のデザインとして導入されたものらしいよ」

「それに変えた瞬間誘拐事件が多発したから、悪い影響があったんじゃないかって一年で無かったことにされたけどな。スミレが卒業するはずだった年のアルバムに一年生の写真がないのも、そういう悪い情報を抹消するためだったんだろうな。まあ、出来てなかったけど」

「二年生のページにあった写真。あれは、誰かが意図的に混ぜ込んだんでしょうか?」

「んー……北村サンが……って可能性もなくはないだろうけど……」

「卒業アルバムが制作された年は、まだ北村サンは用務員じゃなかったんだ。こればっかりは、誰にも分からないだろうね」

 西宮がそう言ったとき、不意にガチャンと音がした。外からの出入り口とは違う、キッチンの隣にある扉が開く。事務所に入ってきたのは、紫色のノースリーブワンピースを着た少女。くわあっ、と、あくびをひとつ。

「お、昼寝終了か」

「おはよう」

 夏樹が手を振ると、目をこすりつつ手を振り返してくる。そしてようやく目が開いてくると、テーブルの上に広がっているものを見つけたようだった。パッと表情を輝かせて、足音も無く小走りにこちらへやってくる。テーブルに手をつくと、並んでいるプリンをじーっと見つめた。

「どれも美味しそうだねえ!」

 夏樹がしゃべり掛けると、少女はうんうんと頷く。

「若い奴から順に選んでいいぞ」

「それ南雲が言うセリフじゃなくない? まあいいけどさぁ……」

 西宮が口を尖らせると、夏樹はまた笑った。

「わーい! 選んでいいって、スミレちゃん!」


 数分後、むちゃむちゃとプリンを食べ進める少女を見ながら、西宮は複雑な表情でコーヒーを飲んでいた。

「本当に居着いちゃったんだねぇ。着替えまで出来ちゃってるし」

「もう三週間になるか。てっきり俺も成仏したもんだと思ってたんだけどな」

「なグもと、なつキ、オモシロい! コこイる!」

「だそうで」

「はあ……」

 ますます変な顔になる西宮と、お構いなしにプリンを食べるスミレ。

「まあ、南雲だけならともかく、夏樹ちゃんも来てくれるし大丈夫かな。でも不思議だね、昔より弱まったのに、南雲の影響をこれだけ強く受ける子がいたんだ」

「一ヶ月ベタベタされてれば、それなりになるだろ。まあ、もともとの素質もあるだろうけど」

「んむ? 私の話ですか?」

「そう」

 南雲が頷く。プリンを飲み込んだ夏樹は、少し考えてから、あ、と言った。

「私、小さかった頃、田舎のおばあちゃんちに遊びに行って、山で迷子になったんです。暗いくなるしお腹空いたしでベソベソ泣いてたら、ピシッとグレーのスーツを着たおじいさんが、助けてくれて……」

「……そのおじいさんとやらは……?」

「私は良く知らないんですけど、死んだおじいちゃんがオシャレな人で、よくそういう格好をしてたそうです! おばあちゃんとお母さんが言ってました!」

「素質しかなかった」

「でも、私のはただの霊感じゃないですか。子供の頃は誰でも結構よく見えるって言うし、そういう出来事も、そのときの一回きりでしたしね。不思議なのは南雲さんの、力って言うか……体質じゃないですか」

「そうさのう」

 そう言って、南雲がコーヒーを一口すする。夏樹はその姿を興味深く、一度上から下まで眺めた。

「『霊感を伝播させる』なんて、なかなか無いですよ」

「見えるのはともかく、伝播の方はもうそんなに強くないはずなんだけどなー。場所とか諸々の条件を見ても、これだけハッキリ見えるのはなかなか不自然……。んー……もしかしたら、西宮みたいな性質もあるのかもな」

「西宮さん?」

 夏樹が首を傾げると、西宮がパチパチと瞬きをした。それから、また嫌そうに眉間にしわを寄せる。

「霊媒体質ってこと? やめときな~! いいこと無いよ~」

「霊媒? 霊が憑きやすいってことですか? 西宮さん、そうなんですか?」

 その言葉に、頷いたのはまた南雲。

「ガキの頃からずっとそうらしい。でも夏樹が乗っ取られてるところは見たことないし、憑かれるというより、引きつけやすい体質?」

「そういうのなんて言うの? 霊引?」

「まんまじゃねえか、そんな言葉あんの?」

「聞いたことは無いですけど……」

 んー? と三人揃って首を傾げていると、不意に、夏樹の視界の隅で何かが、うよ、と動いた。見ると、スミレが夏樹の手の中にあるプリンに、そーっと自分のスプーンをのばしている。

「ああっ、スミレちゃんだめ! これは私のプリン!」

「うー! アジみ!」

「だーめ! さっきちょうだいって言ってもくれなかったじゃん!」

「ムキュー!」

 キーキーと甲高い声を上げて攻防戦を繰り広げる女子二人に、男性陣は顔を見合わせたあと苦笑した。

「元気だな~」

「ははは……」

「でも良かったね、賑やかになって」

「良くはねえだろ。悪くもねえけど」

 十数分前までの深刻さはどこへやら。目をキッとつり上げて睨み合いを続ける二人を、南雲は手を打ち鳴らして止めた。

「ハイハイ、俺が食べ終わったからセッションの続きやるぞー。早くしないとプリンが血みどろスープに浸かるぞー」

「怖っ! 何の話ですか!? 嫌ですよ!」

 プリンをかき込む夏樹。叫ぶスミレ。なんとか宥めようとする西宮。また笑う南雲。

 賑やかな何でも屋の事務所には、今日も依頼者が足音も無く近づいてきている……かもしれない。

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