第1章 夏への扉 4
取調室は窓のない薄暗い部屋だった。金属製の椅子があり、その手前には幾つものモニターが並んでいる。取り調べを担当する男、調査官は青年幹部といった出で立ちで怜悧な顔に眼鏡をかけていた。
「やぁやぁ、6番君。そこに腰を掛けてくれたまえ」
兵士たちによって、俺は配線だらけの金属製の椅子に座らされ、手足を縛り付けられる。裸の体のあちこちに電極を付け、ベルト、指先には金属のクリップ、頭には巨大なヘルメットを被らされた。
「今、君の体に取り付けているものはポリグラフ、嘘発見器といえば分かりやすいだろう。呼吸運動に皮膚の電気活動、心拍率に加えて心電図、筋電図、血圧、血流、血中酸素濃度、体温や脳波などの変化もリアルタイムで検出している」
そう一呼吸置いて、調査官は目を見開き俺の顔を見つめてきた。少しの表情の変化も見逃さないように、じっくりと観察をしているようだ。
「これからする質問に対して、君の生理的な反応は全て数値のデータとなって表れ、記録される。それを元にして、我々は嘘を99.9%見破ることができる。そして、偽証はイースタシアにおいて重罪である」
調査官が机の上の照明を俺の顔に当ててくる。眩しくて目を逸らしたいが、顔は固定され動かせない。
「まずは機械の性能チェックだ。全ていいえで答えてくれたまえ」
喉が渇き、汗が流れる。
「君は《思考警察》である」
―「いいえ」
「君は日本人である」
―「いいえ」 ピーッピーッピーッ!
「君は女である」
―「いいえ」
「君は除染士である」
―「いいえ」 ピーッピーッピーッ!
「君は1級除染士である」
―「いいえ」
矢継ぎ早の質問が一通り終わった後、「ふむ」と男は頷き、暗い中で資料に目を通した。
「資料によると、君には過去の記録が無いようだね。《大断絶》で失われたのか、それとも《首都奪還》で消し飛んだのか、どっちだい? ここから先は自由に答えていい」
少し考えてから返答する。
「分かりません。ここに来るまでの記憶がありません」
俺には過去の記憶がない。
「大戦や《大断絶》、《首都奪還》で過去を亡くした者は多い。そして、ここにはそういった連中が特に集まる」
少考した後、調査官は「念のため、君もDNA検査をしておこう」と付け加えた。
「それでは、ここからが本番だ。また全ていいえで答えてくれたまえ。除染隊長の殺害の凶器だが…」
一呼吸置いて、聞いてくる。
「それはナイフかね?」
―「いいえ」
「では、電磁警棒?」
―「いいえ」
「それでは、銃?」
―「いいえ」
「まさか、拳で殴り殺したとか?」
―「いいえ」
「ふむ。それでは毒殺か?」
―「いいえ」 ピーッピーッピーッ!
調査官はモニターを確認し、記録を続けていく。
「毒殺の方法だが、それは経口投与? 毒を飲ませた?」
―「いいえ」
「VXガスのように吹きかけた?」
―「いいえ」
「人体に向けて直接の注入?」
―「いいえ」 ピーッピーッピーッ!
「道具として注射器を使った?」
―「いいえ」 ピーッピーッピーッ!
「凶器の注射器はこれかな?」
調査官が取り出した物は、透明な袋に入っているペン型シリンジ製剤ジギトツズマブだった。
―「……いいえ」 ピーッピーッピーッ!
なるほど。もう既に調査済みだったのだ。
「除染隊長は検死の結果、血液中に有害な異物は発見されていない。また、致命傷となるような傷跡もなかった。しかし、レコーダー解析の結果、6番君。君がこの注射器を除染隊長の首に刺している事が分かった。除染隊長が機能停止をする直前にね」
調査官は資料を見ながら説明を続けた。
「失礼ながら、君の荷物はすべて回収させてもらった。そして、医療大麻のケースからこれが出てきたというわけさ」
調査官が兵士たちに指示を出すと、椅子に群がり何やら調整を始めた。
「さて。今、君が座っている椅子が何か分かるかな? 電気椅子だ。わざわざオセアニアから取り寄せたものさ。これまでに1000人は殺している貴重な代物だ。《大断絶》を経て今もなお動く、選ばれし機械の1つだ」
「それをこれからポリグラフに接続する」と調査官は言った。
「つまり、嘘を言えば君は死ぬ」
照明の眩しさに加えて緊張で、思考を奪われる。
「これは一体何なのだ?」
―「抗がん剤です」
「ふむ。何故、抗がん剤が突然死を誘発する?」
―「分かりません」
「何故、これを刺した?」
―「隊長を止めようと思ったら、体が勝手に動きました」
「どこで入手した?」
―「分かりません」
「何故、入手経緯が不明のものを持っている?」
―「分かりません」
調査官はポリグラフのモニターを確認する。
「ふーむ、嘘は言ってないようだが……。前頭葉が妙に活発だ。これは《二重思考》の挙動でもない」
何やら、調査官は考え込みだした。俺は素直に正直に全てを答えているだけだ。襲われてきたものを排除しただけなのだから、正当防衛が成り立つ。まぁ過剰防衛と判断される可能性もあるだろう。やるべきことはやってきたので、もはや成るように成るしかない。そのときだった。
「将軍は、嘘つきである」
忽然と、あの美少女が俺の目の前に姿を現した。