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プロローグ

「マン、マン……起きていますか? マン?」


 かすかな電子音声で目が覚める。俺はどうも気絶をしていたらしい。暗闇の中で、目が覚めた。ここは奈落の底、産業廃棄物の中でも厄介なモノの集積場であったことを思い出す。そう、俺は……?


 名前が、思い出せない……?


 なんということだ。どうやら俺は記憶喪失らしい。自分自身について、何も思い出すことが出来ない。


「マン……? 気づいたようですね」


 どこからか、俺に話しかけてくる電子音声に改めて気がついた。暗闇の中で目を凝らす。何やら多くの配線や巨大なボックス型のユニットがたくさん集まった装置が、整然と並んでいる……そうだ、ここは人工知能として研究されていたコンピュータの廃棄場であった。何故、俺がここに居るのかは分からないが、俺はここに来たことがあるようだ。

 そう、人工知能……。特にここにあるものは、《大戦》での戦局を大幅に支配するとして開発された危険なもののはずだ。とすると、先程の電子音声は……?


「マン! 下です。私はあなたの下にいます」


 足元から、声が響いた。俺が床だと思っていたそこは、どうやらこの電子音声の頭?だったらしい。急いで降りてみると、その電子音声を放つコンピューターはかすかに光を放っていた。内蔵電源の電力バッテリーがまだ生きているのだ。しかも、スイッチが入った状態で……。


「これは、驚いたな。まさか廃棄場に生きているコンピュータがいたなんて……とんだお役所仕事だな」


「思い出されましたか、マン? あなたは突然、この廃棄場に入ってきて私の頭の上で7時間ほど眠っていたのですよ」


 ユニットのスピーカーから漏れる声。スムーズに流れる会話。対話型の人工知能のようだった。


「何も思い出せないんだ。何故ここに居るのかも、それどころか、自分の名前さえも」


 ユニットの外部レンズ……どうやら、これが目の代わりをするらしい……それが、鈍く光った。何やら分析のために画像を記録したようで、ユニットがそのまま話し出す。


「頭から血が流れていた跡があります。そして、傷が塞がれています。非常に優れた専門家による外科術を前頭葉の近辺に受けたと推測されます」


思わず額に手をかざす。


「前頭葉に手術跡って……ゾッとしない話だな。それが、記憶喪失の原因か」


 流石に脳の手術跡となると、自分の身に何があったのかと不安になる。例えばロボトミー手術とか……。


「見たところ、体調には問題はないようですね、マン」


 混乱し、状況が飲み込めないでいる俺に声をかけてくる。

 随分と人懐っこいユニットだった。

 そして、それが俺とノープランとの出会いだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 廃棄場は地下1000mにあった。厄介なものの最終処分場として、あえて《立ち入り禁止区域》に造られた施設である。そのため、無人で稼働する循環システムが備わっていた。稼働エネルギーとしての電力は実験的に地熱発電が使われており、ヒトが生活できるだけの環境も整えられていた。最終処分場としてだけでなく、実験のための施設でもあった。エネルギー、人工知能、そしてバイオ。俺は自分自身についての記憶のみが参照できないでいたが、かつてこの施設に出入りし生活した経験があったようだ。どこに何があるか、特に居住区に関して知っていた。


「マン、頼みがあります」


 唯一の話し相手であるユニット……人工知能は言った。


「私は停止したくない。そこで、電力供給システムを作って頂けませんか?」


 切実な頼みであった。彼女?は省エネルギー化を心がけて1日の殆どをスリープ状態で過ごしているが、それでも内蔵バッテリーの供給量は減り続ける。このままでは近いうちに停止する。でも……


「作ってあげたいけど、俺にはその知識と技術がないんだ」


 自分には力不足で、口約束など出来ない。


「問題ありません。技術面については私が調べるので、組み立てや設置を手伝って欲しいのです。私には手足がありませんし、動けないので」


 ふむ。指示に従って組み立てるくらいなら俺でも出来そうだ。


「なるほどね。それなら、いいよ。やってやんよ!」


 ユニットのレンズに向けてサムズ・アップする俺。それに対して、


「ありがとう、マン!」


 ユニットはレンズをチカチカ光らせて喜びを表現した。なかなか面白いやつだ。対話のスムーズさもさることながら毎日成長している…? ふと、俺は小さな違和感を感じた。《大戦》の第4勢力について思い出す。戦略型人工知能兵器の存在。その廃棄理由。これ以上考えてはいけない、そんな警告が心の奥から湧き上がった。


「ところでさ、そのマンっていうの何なの? 俺のことみたいだけど」


 湧き上がった疑念を消すように、少し気になっていた他のことを聞いてみる。


「マン、というのはヒトの成人男性を指します。あなたの名前がわからないので、こちらからマンという識別子をあなたに帰属させています、マン」


 渾名みたいなもののようだ。そういえば、俺は俺の名前を知らない。


「なるほどね。確かに俺には名前がないしな……名無し、ノーネームだ」


「私にも名前がありませんから、私もノーネームですね」


 そう言えば彼女?の名前を知らなかった事に気づいた。ノーネームということは、プロジェクトネームも無かったのだろうか。


「えっと、君のことをなんて呼べばいいかな?」


 とりあえず本人の希望を聞いてみる。


「そうですね。ノーネームで結構ですよ、マン」


「そうか」


 まぁ人工知能だし、名前に関してはそんなものなのかな。


 こうして俺達はノーネームのための電力供給システムを作り始めた。幸いにも、廃棄場と実験場が併設されているだけあって、工具や部品といった材料には事欠かなかった。また、驚くべきこともあった。ノーネームの自己学習能力だ。ここには廃棄されている人工知能が山ほどあり、そのストレージは生きていればノーネームも同様に接続できる。そして、一旦接続するとノーネームはストレージの内容を自分で学習出来てしまうのだ。しかも、不要な情報と必要な情報を取捨選択しているようだった。もちろん、人工知能のストレージだけでなく、アクセスできる記録媒体さえあれば、接続するだけで、精査し学習する。そして、幸いなことに、ここは地熱発電の実験施設を兼ねていたこともあり、目的の情報…地熱発電の基礎知識から研究内容に装置の設計図まで…をわりと早く見つけることが出来た。あとは手足さえあれば開発できないはずがない。


 そして、その手足として俺という存在がここにいる。


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