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第81話 草むしり

作者: 山中幸盛

 幸盛の住む町内会では、一斉清掃が年に二回ある。初夏と秋の日曜日の朝八時から執り行われ、割り当てられた公園の草むしりと、自宅前の側溝清掃、いわゆるドブざらえが主な作業内容だ。ドブといっても近年下水道が整備されたおかげで雨水しか流れないので、落ち葉や砂が溜まっていればすくい上げる程度だ。九十歳になる母親を炎天下に差し出す冷酷非情な親不孝息子となじられるのも心外なので、幸盛が代わりに仕方なく参加することになる。

 昔から割り当て区域は決まっていて、幸盛の『組』は公民館と第一児童公園のあるエリアで、南面を走る用水沿いに植えられた桜の枝の下のフェンス際はひときわ雑草が生い茂っているが、人海戦術は功を奏して三十分も経てば大方の雑草は引き抜かれ搔き切られ、雑草を詰め込んだゴミ袋を公民館の横まで運び、各人が家の前の側溝清掃にと戻って行く。

 五百戸以上ある自治会で、町内会費は月に五百円だから、防犯青色パトロールカーは町内会で所有しているし、公民館専属パート事務員を週に四日間雇っている。公民館は二階建てで、一階のちょいとした舞台があるホールに折りたたみ椅子を並べれば百人はなんとか座れるし、二階には和室や会議室もある。


 そんな町内会だが、通った小学校では学年が四つ上で、はす向かいに住む浜中さんが今年の四月から町内会長に選出された。そのことは幸盛も知っていたが、偶然にも八月の終わりごろまでは一度も顔を合わせることがなかった。

 日曜日の朝、電動バイクでたまたま公民館の横を通ったら、草むしりをしている浜中さんと目が合ったのでバイクを停め、ヘルメットをぬいで声をかけた。

「このクソ暑いのに草むしりですか、ご苦労さまです」

「毎日やっとるんだけど、キリないでかんわ」

「除草剤はまいてるんですか」

「去年まではまいとったけど、四月の町内会総会の折に、子供の遊び場に除草剤を使うのはいかがなものか、なんて意見が出されてね。全国的にあちこちで問題になっているみたいだし」

「年に二度ある一斉草むしりだけじゃだめですか。私個人としては、草ぼうぼうの公園の方が、色々な虫が居着くので嫌いじゃないですけどね。虫のいない公園なんてさみしいもんですよ」

「いやいや、ジカ熱やデング熱はヤブ蚊が媒介するというからね、可能性の芽を摘んでおきたいんだわ」

「考え過ぎと違いますか」

「それがそうでもないんだわ。この町内会でワシが知っとるだけでも佐藤君と鈴木君と橋本さんが仕事で東南アジアとかにしょっちゅう出かけとるし、彼らが蚊に刺されて土産にもらってきてもおかしくないでな」

「それにしても、前の会長さんが草むしりをしていたなんて話は聞いたことありませんよ」

「人は人、ワシはワシだで」

 幸盛は胸騒ぎを覚えたのでそろそろ引き揚げようとするが、相手の方が一枚上手だった。

「こないだ、山中君がこの公園で小さな子どもと遊んどるところを見かけたけんど、お孫さんかね」

「はい、長男の子です。米つきバッタを捕まえて大喜びしていました」

「蚊に刺されなんだかね」

「虫除けスプレーを使いましたから」

「それは何よりだなも。ところで草むしりだけんど、十月の一斉草むしりまでまだ二カ月近くもあるもんで、うちの家族や自治会の役員にも応援を頼んどるんだわ。山中君も、日曜日の朝三十分だけでええもんで、協力してもらえんやろか。抜いた雑草は適当にかためておいていてもらや、後でワシが袋に入れて回るで」

 幸盛は断腸の思いで約束した。

「わかりました、来週の日曜日の朝に、少しだけ協力させていただきます」

「せっかくの休みなのに、悪いね」


 声を掛けるんじゃなかった、と後悔しても後の祭りだ。もともと幸盛は雑草が嫌いではない。雑草だって、水と空気中の二酸化炭素から光合成で炭水化物を合成しているのだぞ。地球温暖化の元凶の一つである二酸化炭素を減らしてくれているのだぞ。しかしジカ熱やデング熱には負ける。

 無意識のうちに、草むしりを今度の日曜日一回だけで済ませられる良い方法はないものだろうか、と思案していたのだろう、突如、名案が思い浮かんだ。

帰宅してからパソコンに向かい、アマゾンで『人畜無害の除草剤』と検索してみた。すると、「完全無農薬の除草剤」、「人とペットに優しい人畜無害の即効性除草剤」、「食品添加物百%の除草剤」、「塩で枯らす除草剤」などが出てきた。

 幸盛はこれらをA4用紙三枚の裏表に印刷し、茶封筒に入れて、その表面に「人畜無害の除草剤が色々あるようです。ご参考までに」と記し、その日の夜遅くに、浜中町内会長の自宅の郵便受けに投げ入れたのだった。



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