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資本主義社会ってのは金がある分にはちょろい。
技術はあるが金がない工場を買収してUFOの制作を頼んだ。
こういう所の人間ってのは腐っても職人らしく、孫に自慢できる仕事をさせてやるとかなんとか適当語ってやったら必要以上にやる気を出して食いついてきた。
設計に関しては中畑が、ミラクの伝えるむちゃくちゃなオーバーテクノロジーを、どこからか探してきたイスラエル人のマクスウェルとアメリカ人のドミニクと一緒になって頭抱えながら解析しようとしてる。
マクスウェルはメカとロリータをこよなく愛する中年の髭で、ドミニクは火の着いた煙草を口の中に隠したままコーラを飲むヤブ医者だ。
はっきり言ってどっちもろくな奴じゃないが、酔っぱらって覚えたての日本語を叫びながら工場の連中と相撲をとってたのは最高に面白かった。
今日もオーストリア産の牛のエナジードリンクを差し入れたら、ドミニクが「Coke! 萌え!」と抗議のタックルして来たから脳天に膝いれて五輪砕きからのペティグリーで黙らせた。
「黙って飲め。Shut up Drink it」
鼻血吹きながら「武士のナサケ! 武士のナサケ!」と転がるドミニクを跨いで工場を出るとミラクが無駄に長い金髪をひらひらさせて付いてきた。
相変わらず畑と田んぼと訳わかんねぇ工場しかない田舎の風景からすげー浮いてる。
夕飯の買い物してる間も周囲の視線集めまくりだ。鬱陶しい。「ボクは長ネギより玉ねぎの方が好きだなー」じゃねえよ。
「髪を切れ」
「コウガは短い方が好み?」
「無駄に目立ってんだよ。切ってやんちゃな中学生のフリでもしてろ」
「えーなにそれ、今さらだよ。そろそろ町の人も馴れるよ」
「もしくは染めろ、じろじろ見られんのは鬱陶しい」
「んー、じゃあこうしよう、次会った人に訊くの。それで珍しいってなったら切るよ」
「このまま行けば駄菓子屋のババアじゃねえか。賭けにならねえ」
「わかんないじゃん」
デブの黒猫がいる角を曲がるとクリーニング屋と兼業の駄菓子屋の前で紫色の髪したババアが安楽椅子で日向ぼっこしてやがる。ミラクが「おばあちゃーん」と駆け寄った。
「おや、よく来たねぇミーちゃん。デートかい?」
ババアが横目でこっち見てニヤついてるが無視した。
「ううん、おばあちゃんに訊きたいことがあるんだ」
「へぇそう、なんでも訊いてごらん」
「ボクの髪ってどうかな?」
ババアがちらっとこっち見てから答える。
「とっても綺麗だよ。光に何言われたかわからないけど、どうせ照れ隠しなんだから気にするんじゃないよ」
ざ け ん な バ バ ア
「ありがとう、おばあちゃん。コウガ聞いた?」
「こんなもん出来レースだろうが、切りたくねえなら最初からそう言え。ババアてめぇも余計なこと吹き込むな」
「違うんだけどなぁ」
「光、来たなら何か買って行きな。チーズ味たくさん入れたんだから」
「ざけんなババア、オニオンサラダが一番だっつってんだろ」
「その年にもなってまだ好き嫌いしてんのかい」
「駄菓子で好き嫌いもねえだろ」
「ボクはコーンポタージュが好きかな」
「おや、じゃあ、次からはコーンポタージュも多目に入れようかね」
ババアがうるせぇからオニオンサラダとコンポタ買い占めてさっさと帰った。
◇
だいたいが昼頃に行くことが多いのだが、日暮れ頃に工場へ顔をだすと大抵捕まる。
ここの連中は仕事が終わったら決まって飲む。そこに俺がいれば連中の財布は痛まないわけだ。俺としてもバカなことに付き合わせている訳だから支払いに否やはない。
だがこうも毎回ばか騒ぎしてれば思うところがある。
最初は単純なようで馬鹿にできない風習だと思っていた。家でも仕事場でもない、こういう第三の場が齎す効果は計り知れないと聞いたことがある。実際酒の席まで上下関係を持ち出す人間がいないから雰囲気は悪くないし、当たり前だがアルコールでふわふわした頭にはすこぶる楽しい。
明日が休みならば、アル中どもが手加減を知っていれば、だ。
こんなんはたまの週末でいい。
隅っこでちびちびやってる会計の小田君にいくらか渡して支払いを任せる。靴紐縛って立ち上がった所で「能登、お、おい」と呼ばれたから振り向けば、中畑がドミニクにバーベルみてぇに持ち上げられてた。
一応ドミニクに「店に迷惑かけんな」と諭してみれば「Coke! 萌え!」と返ってくる。お前そればっかかよ。勝手にたのめよ。
「お、おれも帰りたい、た、助けてくれ」
吐きそうな顔で頼んでくる中畑をコーラ注文してドミニク宥めて解放させてやって、一緒に店から出る。そしたら中畑が途端にしゃがみこんで唸るからグレーチングのとこまで引きずって行く。
近くの自販機で水買ってきてゲロゲロやってる横に突っ立ってると、ミラクが千鳥足で店から出てきた。
「コウガー、おいてくなー」
危なっかしくフラフラしてるのを支えてやったら「だっこ」とのたまう。仕方ないから小脇に抱えて止まってるタクシーまで運ぶ。運転手が嫌そうな顔で無視してるから勝手にドア開けて放り込んだ。中畑にも乗るように言ったところで運転手がさらに顔歪めて「どちらまで」と言った。
延々と続くような農道を走ってると中畑が「もう無理ヤバイ」っつーから止まってもらったら、ミラクが「うみだー!」とタクシーから降りて、くるくる回ってはしゃぎだした。どこが海だ。紛れもなく田んぼだ。
「お客さん、あの……」
なんか収拾つかないっぽいしなんか悪いから色付けて代金払った。
「コウガー! こっちー!」
酔っぱらいがそう言って田んぼに突入しようとするのを慌てて止める。そうしたらへらへら笑いながらもたれ掛かってくる。もうぐにゃんぐにゃんでまともに立とうとしないから畦道に座りこんで膝に乗せてやった。
「えへへー、こういうのロマンチックって言うんだよね」
「言わねえよ」
微かな星明かりのもと、地べたに座って田植え終わった田んぼ眺めて、かえるの合唱に紛れた中畑の嘔吐き声を聞く。飲まなきゃやってらんねえってのはこんな気分かもしれない。そんな夜。