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 宝くじが当たった。

 だからじゃないが家を継げという父親をぶん殴って、止めてくる家の奴らを振り切って深夜の町をぶらついていた。


 くだらない繁華街を避けて小汚ない路地を抜け、薄暗い川沿いを南下していくつかの橋をくぐった。

 町の明かりが遠く見えなくなって、いい加減川の音にも飽きてきたから土手から離れるように歩いた。

 いつしかバイパスの外灯に照らされた田んぼと畑だけが広がる田舎丸出しの景色に囲まれていた。

 人のいない、なんとかって虫とかえるの声だけが聞こえる。

 暇人の聖域だ。

 ポケットからイヤホンを引っ張り出して片耳だけ突っ込む。

 ボレロのエンドレスリピート。止まったかのような景色の中でゆっくりと世界が回り始める。

 バイパスの小高くなった所まで歩いてなんとなく空を見上げる。


 動き回る星がいた。


 ぼんやりと感動もなく、しばらくそれを眺めてしまった。

 シザーズ、バレル、焦ったようにフレアばら蒔いてインメルマン。

 そいつが一際明るく光って、闇夜に馴れた目が塗り潰されてはっとした。

 戦闘機動。あたかも見えない何かと戦うようにそいつは空いっぱいを飛び回っている。

 UFOという単語が浮かんだ。

 録画しようとスマホを取り出す数秒の間に、そいつはギアをオカルトの彼方までぶち上げていた。

 ぐにゃぐにゃと空の端まで行ったかと思えば、次の瞬間には反対の端でフレアの大盤振る舞い。

 丸、三角、四角、ワープ、ホップ、ステップ、ジャンプ、ワープ。

 尋常じゃないマニューバ。

 まるで手が追い付かない。

 仕方ないからスマホで撮るのはあきらめて中畑のアホに電話した。

 コール七回でやっと中畑が電話をとった。


「お、この時間は、ア、アルちゃんを見るのに、い、忙しーんだ、知ってるだろ」


 まぁ知ってた。

 毎週金曜、二十七時半からの三十分は世のロリコンどもがこぞって視聴するアニメ『魔法少女見聞録 現代編』が放送されてる時間なのは知ってた。

 ついでに、中畑が主人公であるアルテミス(アルちゃん)を俺の嫁だっつって憚らないせいでヲタ仲間の川内君とケンカしたのも知ってるしアニメに影響されて広角望遠のカメラやら何やらを揃えているのも知ってる。

 だから電話したわけだし。


「うるせぇ、そんなんいいから空見ろ空」

「な、なんだよ、お、怒るなよ」


 中畑がぐだぐた言ってる隙にも空の光点はガンガン速度を上げて変態じみた機動を繰り返す。

 なんとかって虫とかえるの声は聞こえなくなっていた。


「なんだ、あ、あれ、能登?」

「撮れそうか?」

「多分」


 スマホの向こうでガチャガチャやってるのを聞きつつ空を見上げ続ける。

 しばらくしてスマホが言った。


「お、落ちる」


 遠目でもわかるくらい盛大に煙を吹き上げながらそいつは落ちてきた。

 落ちて、来た。

 煙出てるくせに余裕ぶってふわりと着陸しやがって、発光をやめた。

 ド田舎の深夜、ろくに車も通らないバイパスを貸しきって、俺は接近遭遇を果たした。


 目の前に鎮座している完璧故障中のUFOは、典型的なアダムスキー型をどこぞの三流デザイナーがどうにかこうにかスタイリッシュにしたようなフォルムで、色は黒。マットブラック。飛んでる時はピッカピカに明るかったのに今はそう。

 ベクタードスラストだと思う部分から狼煙みたいに黒煙を吐き出し、特徴的な機体下部の半球はべっこべこになってできの悪いゴルフボールと化している。

 そしてキとギの間を行き来するような不穏な音がしていた。


「お……能登……大丈夫……ノイズ……能登……」


 雑音まじりになんか言ってる中畑に「アルちゃん見る作業に戻れよ」と言って通話を切った。

 今は目の前のこれだ。

 まさか無人ではないだろうと思う。

 フレアを撒く姿にはどことなく焦りを感じたし、こんなんなっても特攻で終わらせなかったということは最悪でも母体なり何なりの存在が回収にくる筈だ。

 注意深く観察しながらぐるりと一周してみた。

 驚いたことにこのUFOには継ぎ目が一切なかった。

 ベクタードスラストだと思った部分も滑らかに一体の金属として繋がっていて動きそうにない。

 こんな正しく鉄の塊が空を飛んでたのかよ。

 インメルマンかましてたんだから力学に支配されていた筈だろうが。

 キーンとかギーンとか鳴ってた音が今にもどうにかなりそうなほどでかく鳴りだす。

 今更爆発でもすんのかと思った。

 巻き込まれないように離れようとした瞬間、機体の上部が蠢き開いて唾を吐くように何かを射出してから、星みたいな輝きを取り戻して一気に東の方角へかっ飛んで見えなくなった。

 頭の中ではまだボレロが鳴ってる。


 UFOが吐き捨てていったものはバイパス下の畑に落ちた。

 こういうとき田舎のバイパスは高架になってないからどこからでも降りられていい。

 UFOから出てきたんだから、グレイかタコか、もしくは時限爆弾かと思ったが予想に反して見た目はひとだ。

 アニメよろしくぴちぴちのそれっぽいスーツに、濡れているのか長い金髪が張り付いている。

 ネギ畑にうつ伏せで倒れる姿はスマホのちゃちな照明と相まってすげー犯罪臭い。

 取り敢えずぱしゃりと一枚。

 で、爪先でひっくり返して確認すれば外傷はないし呼吸もしてる、脈もまともで多分平熱だ。

 あと顔はめちゃくちゃきれいだけどガキだった。つるっつるのぺたぺた。中畑が喜びそうだ。これがあと十年でも成長してたら意味もなく土下座して一億ほど献上するかも知れないところだった、あぶねーセーフ。


 そんなわけで、普通に生きてるっぽいからファイヤーマンズキャリーで宇宙人担いで、家の人間には黙って借りたボロアパートへ帰った。


 濡れてたのはただの水じゃないらしく、粘度高くてぬるぬるで不快だったからアパートに帰るとまず宇宙人を湯船に放り込んだ。

 沈まないように蓋を使って固定してから、そいつが覚醒して面倒なことになる前にさっさとシャワー浴びて湯船のお湯出しっぱで風呂場を出た。

 冷蔵庫を開ければ切らすことのない緑の缶が詰まっている。

 一本とってプシッと開けて飲み干した。

 ゲップをひとつ。

 立ち上げっぱなしのPCで宇宙人、スペース挟んで思い付く限りの単語で検索をかけてみる。

 UFO、戦争、ワープ、金髪、ケネス・アーノルド、捕獲、ぬるぬる、生態、ロリ……。

 ヒットするのはどれもこれもフィクションかオカルトで役に立たねえ。サジェストしね。

 スマホが震えた。中畑からの着信だった。


「今忙しいんだが」

「あ、あれなんだったんだ? お、お前何してたんだ?」

「宇宙人拾った。アルちゃんとどっこいぐらいかわいいぞ、今画像送ってやるからちょっと待て」


 風呂場に戻って撮った水死体みてーなのとさっきの事後みてーなのを合わせて送りつけたら、デブオタが「う、宇宙人か? これ。こ、高級ドールじゃね」などと失礼なことを宣った。


「さっきのUFO見てもそれかよ。マジだって」

「わかった。お、俺もお前んち、い、行くわ」

「無理すんなよ引きこもり。迎え行ってやろうか?」

「い、いや、大丈夫。目離さない方がぃ、んんっ、いいだろ」

「あーそー、気ぃつけてな……切りやがった」


 中畑が来るなら宇宙人を乾かしておこうと風呂場に行ったらその宇宙人はもう起きていて湯船に浸かっていた。

 なにやら左手首の辺りを真剣な表情でぐにぐにやってる。「おい」と声をかけたらビクッとしてから慌てて立ち上がろうとして滑って湯船に尻から沈んだ。


「なにやってんだ、大丈夫か?」


 と、腕を掴んで立ち上がらせてやればへっぴり腰でヘッドバットかましてきたから楽に躱して、そっちがその気なら脳天にぶち込んでやろうと肘鉄構えたら「ごめんなさい」ときたから肘の曲げ伸ばししてタオルを放ってやる。

 こいつ普通に日本語喋りやがった。

 胡散臭さが増したが話が通じるなら面倒がなくていいかもしれない。


「拭いてから出てこい」


 部屋に戻ってテレビをつけても大したニュースはやってない。

 あれだけ派手に飛び回ってたんだからなんか反応があっても良さそうなものだがUFOのUの字もない。

 冷蔵庫から一本とってちびちびやりながらザッピングしてると宇宙人が床をぺたぺた言わせて出てきたので、もう一本とってタオルの代わりに持たせてソファーに座らせた。


「日本語通じるんだろ?」

「う、うん」

「なら話が早い。八億あったら何に使う?」

「八億……え? あれ? えー……」

「やっぱ通じねえのか」

「いや、言ってる意味はわかるよ。でもなんかこう、他にないのかなって、何者だ、とか、目的はなんだ、とか、研究所に売る、とか」

「宇宙人だろ、目的はなんだ? 予算八億で叶えてやる」

「えー……思ってたのと違うなぁ、正確には宇宙人じゃないし……でも目的は帰ること、かな」

「へぇ」


 やりたくないことをやらなくて済む理由を探していた所だ。

 だからこれを運命だとか思うことにして、ヒューヒュー言いながら鼻水垂らしてやって来た中畑を巻き込んでUFOを作ることにした。

 宇宙人はミラクと名乗った。





「ママ、ミラクとの連絡が切れた。最後の通信でSPiCAを近くの太陽で蒸発処分するって伝えてきてる」

「そう、バグズの後続がくる前に誰かに行ってもらわないとね。シエル、お願いできる?」

「はい、お母さん。行ってくるよ」

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