それでも、俺は彼女を愛さずにはいられない
『うちの娘が悪役令嬢って、どういうことですか?』のエスター伯爵の一番上の息子の話です。自分と異母弟が攻略対象に、異母妹が悪役令嬢になってしまった彼が前作で何をしていたかわかります。
「私は愛する女性と結婚するつもりだ! だが、それはリンジーン公爵令嬢エドウィナ・エレン・アルトハイム、お前じゃない! リンジーン公爵令嬢との婚約を破棄し、私は愛するイレイナ・ヨセドーフとの婚約をここで発表する!」
クラウス王子の宣言に私は笑いを堪えるのが大変だった。
何故か宰相の息子ジェレミーも騎士団長の息子クレイグも公爵の息子アレンもウィニフィール学園からいなくなってしまい、悪役令嬢のノミナも父親に連れられて退場してしまったけど、とうとうクラウス王子が婚約を破棄したわ!
ノミナの退場でポールは伯爵家の地位を失ったのは痛かったけど、クラウス王子がいれば私は平気。
隠しキャラのパーシー・レンドルフにも素っ気なくあしらわれているけど、クラウス王子の婚約者になれば王城との繋がりの強いパーシーとの接触も増えるのよね。
と、言うのも彼はポールの腹違いの兄で庶出ながらも大商人として活躍している人物。
年齢は他の攻略対象より高めだけど、彼は所謂フェロモン担当と呼ばれるホスト系。悪く言えば、ロリコン枠。
卒業式の時に見たエスター伯爵は平凡な容姿だったけど、ポールもパーシーも母親に似たのか別系統のイケメン。
あのエスター伯爵がそんな美女とばかり付き合えたのは乙女ゲームの強制力がなかったら絶対無理だったと思う。
乙女ゲームの攻略対象たちの父親だったことを感謝しなさいよ、エスター伯爵。
王家主催のこの夜会にもパーシー・レンドルフが商人ながら招かれているのは、父親がエスター伯爵だから。エスター元伯爵の庶子と言うのが正しいけど、父親と本人が培った信頼は揺らぎなく、この国の重要人物として扱われているの。
ああ、怖い。
床に座り込んでいるクラウス王子の元婚約者がすごい顔で睨んできている。
そんな顔をしているからクラウス王子に愛想を尽かされるのよ。
公爵令嬢だったらしいけど、これはもう鬼女よね。
ダークブラウンの髪の男が某公爵令嬢に近付き、その肩を抱いて立たせているけど――って、それ、パーシーじゃない。
ライバル令嬢のくせに生意気な!
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「言った通りだったろ?」
俺がそう言うとエドウィナはキッと擬音語が聞こえてくるかのように強く唇を噛んで、俺の手を払い除ける。
大広間の外なので周囲には他の人気もない。
人目がないと本当に容赦のないお嬢さんだ。
「いつまで触っているつもり?! 離しなさい!」
「おおっと。怖い怖い。折角、教えてやったのにショックを受けたのか?」
「五月蝿いですわ! 黙りなさい、この下郎!」
美しい青い目で俺を睨みつけ、詰るエドウィナに意趣返しがしたくなる。
「殿下もポールも呪いは解けないと言った筈だ。奴とできるだけ会わないようにしないと呪縛に囚われてしまう。殿下は責任感が強かったから手遅れになってしまったのは・・・残念だ」
本当に残念だった。
クラウス殿下は責任感が強すぎたのが仇となった。
「どうして、もっと早く言って下さらなかったの?!」
「これでも充分、早く話したつもりだ。親父だってすべて知っていたわけじゃない。ノミナの異常を報されて初めて気付いたんだ。しかし、殿下は勇敢にも奴の排除に自ら動かれた」
その通り。
誰かに任せて距離を置けば良かったのに、自ら危険を買って出た。その心掛けは気高いと賞賛されるべき行為だが、それが今では裏目に出てエドウィナを苦しめている。
クラウス殿下は親父とよく似ているが、親父のように自分の身の重要性はわかっていなかった。民を治める者として、自分に何か遭った時のことは考えていなかったのだ。
「クラウス様は・・・、クラウス様は・・・。ううっ・・・」
嗚咽を漏らすエドウィナにかける言葉が見つからず、異父弟が聞いた話を話して聴かせることにした。
「やりたくないことをやらされるのは苦痛だと、時々、正気に返ったノミナはウィレムに言ったそうだ。俺たちが殿下にできることはその苦しみをできるだけ短くしてやることしかない」
「クラウス様・・・」
「殿下を忘れろとは言わない。殿下を奴から隔離しなければ、殿下は正気に返られることはないだろう」
「あの女さえいなくなれば・・・! そうすればクラウス様は・・・!」
ブツブツと呟くエドウィナの精神の危うさに、俺は宥めるしかない。
「レディ・エドウィナ。奴を排除してもクラウス様はしばらくは囚われたままだ。そうなれば貴女が一番に疑われ、罪科を調べるもなく極刑を申し付けるだろう。正気に返った殿下がそれを知ったら、どうなされるかわからないのか?」
「クラウス様・・・クラウス様・・・。ううっ・・・」
泣き崩れるエドウィナの背中を撫でながら、俺はこの世界に怒りを感じた。
親父が言うには親父という転生者の血を引く俺や、本来、親父がお袋とよりを戻そうとして引き取った弟妹などはイレギュラーなのだと言う。
だから、呪いがかかりにくかった。
呪いの舞台となった場所に関係なかった異父弟や学生の従者や侍女、学園で働く使用人には確かに影響はなかった。
俺たちはその後も奴をクラウス殿下から引き離すべく努めたが、力及ばず、クラウス殿下は奴と結婚してしまった。
俺はエドウィナにクラウス殿下を元に戻すことを条件として結婚まで漕ぎ着けた。
しかし、日々、状況は悪化していく。
クラウス殿下と結婚した奴を元宰相令息ジェレミー・フライヤードも元騎士団長令息クレイグ・ロッテルダムも、ブレイヤー公爵令息アレン・アースノルドもいつまでも避けきることはできなかった。
折角、ノミナを苛めた奴らを没落させてやったのに苦労が水の泡だ。
奴の権力は親父の言う逆ハーメンバーを手中に収めたことで拡大していく。
俺はエドウィナの為に、エドウィナと約束したことを果たすべく、逆ハーメンバーを排除しなければならない。
奴との戦いは十数年に及び、俺が国王になることで収束した。
俺は奴を処刑し、奴の支配下にあった逆ハーメンバーの身体を拘束して自他傷を封じた。そうして数ヶ月後、ようやく、エドウィナの望みを叶えてやることができた。
エドウィナはクラウス殿下を取り戻した。
俺はエドウィナを手放すことが辛かったが、それでもエドウィナはクラウス殿下を愛している。
だから、俺は・・・エドウィナを手放すしかなかった。
俺はエドウィナを愛していたから、俺が彼女を苦しめたくなかった。
この空の下、庶民となったクラウス殿下に寄り添うエドウィナがいるのだろう。
孤独な玉座にいる俺を親父や弟妹たちが励ましてくれるが、俺はこれからもエドウィナを想って生きていく。
俺の子どもを産みながら、俺も子どもも捨てて行った女を忘れられずにいるのは馬鹿なことかもしれない。
それでも、俺は彼女を愛さずにはいられない。