グランド王国潜入 中編
「いてぇ……」
「あうぅ……」
「くそがぁ……」
酒場はあちこちが壊れ、酒瓶が散乱し砕けた椅子の木片が散乱し放題だった。
さすがの店主も肩の痛みよりも心の痛みのほうが強烈に来て茫然自失として上の空である。
「やっちまったなぁーこりゃ」
優騎は倒れた男のひとりを踏みつけながら頭を抱えた。
このまま颯爽と立ち去れればいいが情報を貰わないといけない都合上そうはいかない。
「……戦いはまだ終わってません」
ひんやりと冷たい感触が首の後ろに当たる。
徐々にそれが脊髄をなぞって心臓あたりへ突きたってる感触が分かる。
「おいおい、クリュルッハ隊長、なんでそうブチ切れてんだ?」
「……あなたが私……売るような……真似しました」
「売ってねえよ。被害妄想激しすぎやしねえか?」
押し付けられる剣。
「待てよ。まずはサクヤたちを救出するのが先だろう? 俺も彼女には世話になってるし助けたいんだ」
そう、優騎は別に国家反逆罪だとかももちろん気にかけてはいたが結局のところこれが主な気持ちである。
サクヤ・イカヤのおかげもあり、アイスグラシエルの時には無事にリリアやアリシアに殺されないですんだ。
なによりもいろいろと彼女は今後の世界で生きてく上でも重要な人材だと感じていた。
(あんないい女を死なせるわけには行かねえし、それに一番親近感を抱いてくれてる以上みすみす殺させたくもねえんだっての)
クリュルッハの殺気を全身に浴びながらもより注意深く彼女を諭す策を考える。
「俺をやりたいなら今ここで殺してもいいさ。けど、今俺たちはかなり人手が足りないのも事実じゃねえの? それにあんたはこの先一人で活動をしてできんのか? あの王城の中を」
「…………」
剣の矛先をおさめ、鞘に戻した彼女は倒れた騎士のひとりの髪を掴み上げた。
「……あなたがたに聞きます……」
「うぅ……なにをだ……クソ女」
クリュルッハの顔に血反吐を吐きつけ、男が小汚い笑いを浮かべる。
次の瞬間、クリュルッハは男の顔面を強く床に叩きつけた。
「あがぁ……ぐぅ……」
強烈に痛い。
そういうのは傍から見ても感じ取れた。
「……ここ最近……ローズ大国の騎士……捕縛しましたね?」
「ローズたいこくぅ? ……かかっ……あのくそ国家の犬かぁ……」
また、2度目の強烈な顔面強打。
さすがの男もこりたのか渋々語る。
「そうか……おめぇら潜入してきたローズ大国の騎士かぁ」
馬鹿でも状況を鑑みれば推測はできたようで男は血反吐にまみれた顔で笑う。
「なら、お仲間を助けにってか……あはは」
「……仲間……王城内の……どこですか?」
優騎にもそれは理解していた。
グランド王国で騎士を収容できる場所など、王城以外にない。
だからこそ、最初にクリュルッハは王城へ向かったわけだし優騎も無言でついていっていた。
そして、王城内への侵入口をみたらあの門しかない。
優騎がゲーム脳を働かせここで情報を聞きに来たわけであるがまあ、まさか騎士がいるのはただの偶然に近い。
「テンプレでもあるか」
偶然ではあっても勇者物語にとってはテンプレな騒動かもしれなかった。
現状、上下関係がはっきりしてる。
「騎士団は地下の牢獄だァ……へへっ、てめぇらはもうすぐ騎士団の連中に捕まる……へへ」
「地下の行き方や秘密のルートは?」
「誰が教えるかよ……」
「っ!」
クリュルッハは剣を引き抜き男の腕を突き刺した。
酒場に絶叫が滞る。
「……キジョウユウキ……この騒動を聞きつけもうすぐ騎士団が来ます……一度この場から撤退します」
「おいおい、酒場のマスターはあのまんまか? 俺らのせいで被害を被ってんだ。少しは気を使わせたらどうだ?」
「……あなた……どうにかしたら……どうですか?」
「おあいにく俺は魔法がつか――」
その時鞘に収めた剣が微弱な振動を起こした。
『我が主、治癒魔法なら軽い程度なら私ができます』
レミアスの言葉が脳内に響いてくる。
「魔法がなんですか?」
「いや、わかったよ。マスターは任せろ」
急いでカウンター内に入り倒れたマスターを介抱してやる。
「ちっ、こんな役回りはめんどいがゲームであればの考えだが……レミアス、いけるんだな」
『可能です主。私をお使いください。今のあなたのレベルならできます』
鞘から剣を引き抜きマスターの肩口に剣の鋒を向ける。
「……ちょっと! キジョウユウキ!」
「黙っておけ!」
クリュルッハを恫喝して黙らせる。
そして、呪文をつぶやいた。
「吸収する剣よ! その身に宿す聖なる加護を解放せよ!」
鋒から白い力が放出されマスターの肩口の傷が徐々に塞がっていった。
マスターが次第にどんよりした表情が普通に戻り始め困惑顔でこちらを見た。
「大丈夫か?」
「あ、ああ。わしも衰えたもんじゃ。あのくらいの攻撃を避けれんとは」
などとつぶやきながら立ち上がり酒場を見渡す。
「わるいな。この酒場はいずれ弁償するわ」
「いや、いい。最初からそこの飲んだくれどものせいじゃわい。それにせいせいしとるんじゃ。この王国の騎士団は権力を振りかざしやりたい放題。この酒場もこ奴らに無償で酒を提供して営業に問題が差し掛かっておった。こやつらが吹っ飛ばされたの見てすっきりしたわい」
などといままでの愚痴をぶちまけるように語ってくれたマスターが一枚の紙を渡した。
「これは感謝の意じゃ。わしはこれでも昔は王族の騎士団じゃった。そのときの王城の地図じゃ。昔とさほど変わっとらんから地図も使えるじゃろう。
わしが書き足した秘密のルートもある。裏口から早く出ていけ。騎士団の連中には誤魔化しとく」
気の良いマスターが裏口を親指で指し示し優騎はクリュルッハと視線を交わし合う。
「……なんでしょうか屈辱です……」
ぼやきながらも彼女は優騎のあとに続いて裏口へ向かい外へ出ていく。
数分後、騎士団が酒場の惨事を目の当たりにしローズ大国の侵入者がいることに気づくのだった。
******
優騎は裏道をクリュルッハと駆け抜けながら王城の秘密ルートを目指す。
秘密のルートは現在いるこのスラム街のような景観の裏道の王城裏にあるマンホールらしい。
つまりは――
「アクション映画だとおうどうだよな下水道って」
「……なんか言いました?」
「いいや」
そう言いながら駆け抜け一瞬足を止めた。
「……どうしましたか?」
足を止めた理由は鏡だった。
ゴミ置き場らしき所に置かれた鏡に自分の姿が映り込む。
そこには――
ユウキ HolyKnight Lv.25
攻撃 1000
防御 1200
対魔法 500
対物 1000
体力 1500
器用さ 2010
速さ 1000
才能 20010
スキル 天武の才能
いつの間にか変わっていたステータスにぎょっとしたのだ。
「さっき、レベルがどうのこうのってこういうことか」
「……はい?」
隣からクリュルッハも鏡を覗き込む。
彼女の目には鏡の中に映るステータスはもちろん見えない。
優騎のみにあたえられた力であるから。
クリュルッハの先ほどのステータスが写った。
クリュルッハ・エーベルッツ HolyKnight Lv.55
攻撃 2350
防御 2500
対魔法 2110
対物 2500
体力 1500
器用さ 5000
速さ 4000
魔法 2001
スキル ジェットスターター
ここに来るときに鞘に写りこんだ以上のステータスを確認し彼女がスピードタイプであることを認識した。
それから、才能という部分が彼女にはなくかわりに魔法という表記があった。
この違いはなんなのか。
(まあ、どうでもいいか)
と認識しつつ、先ほどのグランド王国騎士団の戦闘でクリュルッハがスピードタイプであったのは確認済みだった。
彼女の剣撃はまさに音速かよと言えるほどの速さであり打撃も同様であった。
特に器用さは剣撃と打撃のうまいコンボ技はまさにその5000という器用さのステータスにあっていたものであった。
優騎は自分自身のステータスも見てこの上がり用にも先の戦闘の結果が物語ってる。
最初の頃はムスフすら倒せなかったはずがさっきは余裕で数人もの騎士を相手に勝利をした。
「着実に成長してんのか」
「はい?」
「あ、すまん。少し身だしなみのチェックをな」
そう言った途端、クリュルッハの表情が段々と引きつっていきボソリ。
「……キモいですね」
「んなっ! そういう意味じゃねえよ! ちゃんと他国の騎士かバレない格好でいるかどうかを――」
「……行きますよ自分大好きなキモ男」
「だれがキモ男だ! くそっ! ナルシストじゃねえっての!」
****
――そそくさとクリュルッハが距離を置きながら先行をしてしばらく目的の拠点に辿りく。
「んで、ここがそうか」
蓋を持ち上げ下を確認するとはしごがあって奥は暗く何も見えない。
まさに下水道の入口だ。
「ここから行けば収監部屋にいけるらしいが」
「……先……降りてください……あとで私も行きます」
「――ったく、面倒事は全部俺かよ。その前にひとついいか?」
「はい?」
「俺ら以外に先に潜入している偵察隊は大丈夫なのか? うまくやれてるのか?」
「……先程から念話は行ってる……けど……応答なし……です」
「それって不味くね?」
「まずい?」
「ああ、危険じゃないかってこと」
日本人の若者用語はやはりこの世界では伝わらない。
やりにくくある。
「……そう……ですね……でも……ローズ大国の騎士……自分で乗り切れ……ます」
「どんな根拠だってぇーのよ」
「あなたこそ……その口の利き方……今まで黙ってたけど……直して……欲しい」
「わるいがこれは性格なもんで治すことは無理なんだわ。んじゃあ、下見してくっぞ」
「…………呆れて何も言えない」
暗闇の中をただひたすらに降りて行きながらレミアスへ語りかける。
「レミアス、起きてるか?」
『我が主なんでしょうか?』
「なんか、暗闇を照らす魔法とかねえわけ? ほんのり灯火程度がいいんだけど」
『ありません』
「はぁー、使えねえ」
『…………』
突然、鞘から剣が抜きでて優騎の手を切りつける。
「いたっ――あ」
その突然の痛みで梯から手を離してしまい――
「ぁああああああああああああああああああああ!」
暗闇を急降下。
数秒後に体全体を床に打ち付けるような強烈な痛み。
運がいいのか悪いのか骨は折れずに済んで安堵をする。
「て、てめぇレミアス! 今お前だろ!」
『なんのことでしょう?』
「…………」
この瞬間、意思を持つ剣の不憫さを自覚した。
意思があって強くとも感情もあれば主に歯向かうこともできるというわけである。
「この剣めぇ」
「……どうしましたか!」
急に頭の中にクリュルッハの声が響く。
ねんわというやつかと即座に理解した。
「ああ、なんでもねえ。少し足を踏み外しただけだ。下は異常ない。降りて来いよ」
しばらくおいて、カツンカツンという靴音が上から響いてくる。
ほんのりと輝く白い光に包まれたクリュルッハが到着。
「……なぜ……何も照らさないの……ですか?」
「光の魔法が使えねえんだっての」
「はい? ……治癒の魔法ができるのに?」
「剣の力」
「ああ」
また同じ言葉の繰り返しだった。
まるでデジャブだぜ。
「んで、どっち行くよ」
マンホールの下は地下トンネルだった。
元は地下鉄か何かを作ろうとでもしていたのか中世ヨーロッパの地下空間のような景観。
レンガで敷き詰められた壁に器用な文字があちこちに刻まれてる。
「こっちでしょう」
彼女が行き先を示したのは左側であった。
「なんでだ?」
「……王城のある方角……です……地図は確認できます」
「あ、そうか」
そういってポケットから地図を取り出し確認する。
たしかに、地下トンネル侵入後は左の行き先を示していた。
「これが確かならば左か」
「……行きましょう」
どきどきとしながら進行を開始。
心臓が脈打ち、唯一の光はクリュルッハが灯す魔法の光だけである。
この先に本当に収監部屋があるのかは期待はできない。
だが、優騎はマスターのことを信じた。
ゲームではテンプレで王道であるからだ。
マスターの助言にくれるものにはハズレはない。
「そうさ、平気に決まってる」
クリュルッハが立ち止まり頭上を見上げる。
「王城への扉ですね」
ついに優騎らは王城への侵入を決行する。




