真っ白な家
ここは、どこ?
真っ暗で何も見えないよ。
どこまで行けばたどり着くの?
あの光ってるのは何?
そこにいるの?
× × ×
小さな丘の上に建つ、真っ白い家。
そこに一人の女性がいた。
白い肌は透ける様で、染み一つない。肩を出す涼しげなデザインの萌黄色のドレスは足元まで隠すほど長く、彼女の為に作られたと言っても過言ではないほどに似合っている。が、それ以上に目を惹くのは、金に輝く長い髪だった。外から差し込む光に一部が照らされているだけだが、日の下に出ればきっと誰もが女神のようだと息を呑むことだろう。だが、彼女を美の女神と形容する者はいない。それは、その背中に真っ白く大きな翼が生えていることにある。力強く羽ばたく姿はまるで風と遊んでいるようで、どんなときでも風が彼女の味方をすることから風の娘だと、そう呼ばれることが多かった。
そんな彼女は椅子に腰掛けて、手元の本のページを一枚捲った。片手で持てる程度の軽い本を読んで瞳は横に並ぶ文字を追っているのだが、意識は先ほどから窓の方に向いている。
窓の隅からは金色のふわりとした髪の毛と、クリッとした二つの瞳が家の中を覗いていた。
彼女が目を向けるとさっと隠れてしまう。視線を本に戻すと、そーっとまた覗いてくる。先ほどから、この繰り返しだ。
窓には外と内とを仕切るものは何もない。風も入れば雨も入るが、暑くもなければ寒くもないし、人っ子一人、獣一匹いないこの場所で恐れるものもない。
やってくるのは、月に一度の配達屋と世界を放浪している気まぐれな夫くらいだ。
外と内を隔てる必要が、どこにあるだろう。
そんな場所への久々の訪問客なのだ。是非とも声をかけたい。
そう思って彼女は動かないまま、謎の小さな訪問者に声をかけた。
「隠れていないで出てらっしゃいな、怖くないから。どうしたの?」
すると、またそーっと顔の半分が現れた。目を向けても今度はさっと隠れることはなかったが、まだこちらを伺っている。彼女は微笑んで手招きした。
短く産毛のような金髪。遠目では解らなかったがサファイアのような二つの瞳。白い布を身にまとい、背には小さな羽根があった。たどたどしく羽ばたいて、窓からゆっくりとこちらに向かってやってくる。
「まぁ、可愛い天子様。お名前は?」
「サフィー」
照れたような小さな声で、可愛い訪問客は答えた。
「こんにちは、サフィー。まさかこんな素敵なお客さんだとは思わなかったわ」
「僕も、お姉さんみたいな綺麗な人に会えるとは思わなかった」
あら、嬉しいと微笑んで、本を置き立ち上がった。
「ちょうどお茶にしようと思っていたの。一緒に飲みましょうよ。ケーキもあるわ」
「ありがとう。でも、僕には体がないから物をつかむことも出来ないんだ」
そういって、テーブルの上にあるカップに触れようとするが通り抜けてしまった。言われてみれば、向こう側が透けて見えている。
「わたしったら、ごめんなさいね」
「ううん。僕たち天子は生まれる前の姿だからここにいちゃいけないんだけど、どうしても会いたい人がいて……。無理してきちゃったの。だから、気にしないで」
「優しい子ね」
そう言って、彼女はサフィーを抱きしめた。いや、抱きしめる振りをした。
「じゃあ、もしあなたが天使として生まれてきたときには……その時には、一緒にお茶しましょうね」
「……うん」
満面の笑みと言葉を残して、サフィーは光に包まれて消えていった。
× × ×
その数日後。
白い家に再び訪問者がやってきた。
彼女は、待っていましたと言わんばかりに急いで扉を開く。そこに立っていたのは、配達屋のお兄さんと……。
「こんにちは。赤ちゃんがお生まれです」
新たな家族だった。
毛布に包まれて大きな籠に入り、意味を成さない小さな声をあげている。産毛のようにふわふわした金の髪と、サファイアのような瞳。背中には小さく羽が生えているはずだ。
「ありがとう」
「お名前はどうします?」
「……サフィーよ」
優しい風のそよぐ小さな丘に、ぽつんと建つ白い家。
二人の天使がお茶を飲み交わすのは、もう少し先のこと。
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